第7話 大聖女にふさわしい服

「本当にお人形さんみたい! まさかあなたみたいな子を連れてくるなんて!」


 ターラル様の家で紫色の植物──魔樹まじゅを消して、めでたく彼の偽の婚約者としてお給金が上乗せされることになってから、一時間ぐらいかしら。


 私はアルメー公爵家のお屋敷の中で、着せ替え人形になっていた。

 アルメー公爵夫人──ターラル様のお母様、ジェーン様の侍女たちが次から次へと豪華なドレスを持ってくるのだ。


 誰も私が光っていることについて驚いていないあたり、先にターラル様が説明してくれていたのかもしれない。


「アビーちゃん、決まった?」

「その、どれもこれも袖を通すのは荷が重いと言いますか……」


 私がどのドレスを選ぶのかとニコニコしているジェーン様は髪は濃い青色だけれど、瞳の色はターラル様と同じ赤。

 穏やかなのに、どことなくターラル様に雰囲気が似ている気がするのは親子だからかしら。


 それにしてもこんな豪華なドレス、私が着てもいいのかしら。

 せっかく推しが準備してくれたのだから、彼の婚約者のフリをするためにも受け入れるべきだというのは分かる。


 でも、これは昨日私が大聖堂に着ていったものよりずっと高級な素材をふんだんに使っているのが明らかなのだもの。


 汚してしまったら、数ヶ月分のお給金が飛んでいってしまうのではないかしら。

 つまりそれは推しの顔ならぬ、推しの財布に泥を塗ってしまうかもしれないということで。


 そんな失態は許されない。仮にターラル様が許してくださると言ってくれたとしても、他ならぬ私が許せない。


「ターラル。正式な発表はまだとはいえ、婚約するのでしょう? アビーちゃんが困っているみたいだし、貴方が選んであげなさい」


 ジェーン様の言葉は、明らかに善意から来ているに違いないものだった。

 でも私が汚すかもしれないものを彼に選ばさせるなんてこと、させたくない。


「……じ、自分で選べますっ」

「気に入ったものがあった? 義母様かあさまにも教えて頂戴!」


 パンと笑顔で手を叩くジェーン様。

 今日が初対面のはずなのに、どうしてここまで受け入れてくださっているのかが気になる。


 それともお母様も言っていたけれど、社交界では感情的になるのはよくないとされているから、長年の賜物たまものなのかしら。


 昔、お母様にお茶会のことを教えてもらった時は、表面上は穏やかな会話が繰り広げられているけれどその実態は情報戦……だなんて言っていたし。

 きっと、相手に好感を抱かせるのも公爵夫人のジェーン様にはお手のものということよね。


 とにかく。できればもう少しグレードの低い服がよかったけれど、状況からして私が選ぶというのが最善の方法なのは明らかだ。


 だってターラル様に選ばせたら「偽とはいえ婚約者だから」と一番高いドレスを着せられてしまいそうな気がするし。


「これですね」


 私が選んだのは、白を基調とした、ところどころに金が差し色として使用された、今回用意された中でも一番シンプルなドレスだ。


 詰襟つめえりに、袖口も金のボタンでとまったAラインの一着は、聖女様が着ていてもおかしくなさそうな印象を受ける。


 カトラ子爵家にもお母様のドレスがあったけれど、ほとんどは売り払ってしまったし、残っているのも流行遅れのものしかないので、そういう意味ではものすごく助かった。


「そうねえ、お昼だし貴女はこれから大聖女に就任する儀式を受けるのだったら、わたくしもそれがいいと思うわ」

「えっ?」


 笑顔で肯定された。

 ……のはよいのだけれど、今ジェーン様の口から衝撃的なことが聞こえたような。


「今日、就任、ですか?」

「ターラルから聞いたわ。義娘むすめが建国以来の大聖女だなんてこんなに嬉しいことはないわ。就任おめでとう」

「あ、ありがとうございますっ」


 普通、聖女の就任なんてもっと根回しがあるような一大事だったはず。

 文官のお兄様いわく、貴族社会は当日を迎える前に何をしたかがほぼすべて、らしい。


 現時点で私が光ったと知っているのはターラル様にクウェンク殿下、お兄様にジェーン様に侍女たち──あと成人の儀の時に大聖堂にいた皆さま。


 いくら目撃者がたくさんいるとはいえ、一晩でことがここまで進むなんて。

 それだけターラル様やクウェンク殿下が優秀なのかしら。ふいにそんなことを考えていると、ジェーン様が満足げな笑顔を浮かべながら、私のもとまでやって来る。


「さあさあ。今日は貴女の大切な日なのだから、着替えないと。ター君は他の部屋で待っていなさいな」


 一瞬何か聞こえたけれど気のせいよね。ええ。


 このような場合はどう対応をするのが正しいのかしら?

 まさか「偽の婚約者」だなんて言うわけにもいかないし。苦笑いみたいな表情にはなっていない、わよね?


 ──というわけでターラル様が部屋を出ていくと、侍女たちによりテキパキと着替えが進められていく。

 ピカピカに磨き上げられると、鏡の中に映っている私はまるで別人のようになっていた。


「本当によく似合っているわ。お人形さんのようでもあるけれど、光っているからおとぎ話の妖精さんのお人形かしら。わたくし、貴女のような娘が欲しかったの!」

「ありがとうございます?」


 鏡の中の私の両肩に、ジェーン様がポンと手をつく。


 これでよかったのだと思いたい。

 侍女たちが退出していくと、かわりにターラル様が入ってくる。


 彼はまっすぐ私のもとにやってくると、流れるような動作でひざまずいて、私の手の甲に口づけを落とした。


「綺麗だ」

「!」


 あまりに動作が自然すぎて、心臓がバクリと跳ねる。


 気を確かにしないと本当の婚約者だと勘違いしてしまいそう。

 そうなったら、私は推しに切り捨てられるに違いない。


 お給金や領地のためにはもちろん、彼や彼の周辺をでるためにもしっかりしないと。


「昨日の君も綺麗だったが──あれは兄君が選んだものなのだろう?」

「我が家のお金の出入りはお兄様が管理しているのでそう、ですね」


 ターラル様は何でもお見通しらしい。


 私が昨日着たドレスはお兄様が見立ててくれたもので、私は当日までどんなドレスか知らなかった。

 採寸はしていないはずなのだけれどサイズはピッタリだったので、職人さんの技術は流石さすがとしか言いようがない。


「今日の君は、昨日よりもずっと輝いて見える」

「まあ」


 ターラル様──推しに褒められたのが嬉しい。

 いけないことだと分かっているのに、そんな気持ちが沸き上がってきてしまう。


 これは演技、これは演技、これは演技──。


「一つ言っておくが」


 ターラル様のそんな前置きが、私の思考を中断させた。

 こうなったら何と言われるのかしらと続きを待つしかない。推しのお言葉は絶対なのだ。


「私は君の家から持参金を求めるつもりはない。出費させるつもりがないというのは母上は勿論、父上も知っているところだ」

「まあ」


 勿論嘘だということは分かっている。

 ターラル様が言っているのは「偽の婚約者」、つまり結婚まではしないから持参金は求めないという意味だ。


 言うまでもないことだけれど、勘違いしないように今一度教えてくださったのだ。

 ──ほんの一瞬、本気にしてしまったことがばれてしまったというだけよね。ええ。


「そろそろ行こうか、アビー。お手をどうぞ」


 ターラル様の確認に「はい」と首肯して手を差し出すと、彼は流れるような動作で私の手を取った。

 何も打ち合わせしていないのに愛称呼びなのは婚約者に見せるためなのと、昨日お兄様が呼んでいるのを聞いたから、よね?


 ずっと屋敷の中にいたはずなのに、彼の手は冷たい。

 手の温かさは優しさと反比例すると聞くから、彼は本当に優しい方なのだろう。


 今度は急ではないので、ドキドキこそしてしまうけれど、心臓が止まってしまいそうなことにはならない。

 少し鼓動が速くなって、ターラル様の手がより冷たく感じられるのも、きっと彼が全力の優しさを私に向けてくれているからね。


 手を取られたとき、ほんの一瞬だけ彼に口づけを落とされたところがちくりと痛んだ気がしてしまったので、そこはこれから慣れていきたい。


 廊下を歩きながら「もしも本当に婚約者だったらな」と思ってしまったのだけれど。

 ……これもきっとターラル様にばれているわね、ええ。

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