第6話 契約成立
昨日の約束通り、ターラル様の馬車に乗せられて大聖堂に向かうのかと思っていた私が到着したのは、ターラル様のお屋敷。
庭に降りて早々目の前に植わっていた……というか、我が物顔で
「これは他の場所から運んできたのだが、見てのとおり我が家に定着してしまってな」
「それでこんな目立つ場所に」
「ああ」
私の確認に、ターラル様ははっきりと首肯した。
一般的に、植物を育てるのが趣味だという方でも見栄えのよい花以外は、裏庭で育てるものだ。
門からお屋敷までの間にこんな不気味植物を植えるなんて、よほどの物好きでもない限りしないと思う。
ここ最近、王都で彼の姿を見かけるのが少なかったのは、私がこっそり抜け出している昼間だとこの
印象としては、昔話の悪い魔王様のお城の挿絵に描かれていそうな感じというか。
ひとまず近づいて触ってみたけれど、禍々しく感じる以外は普通の植物なのかもしれない。
木のように丈夫で、それでいて表面は繊維質なツタのようにすべすべしている。
「ターラル様、色が変わっている以外はふつ──」
「はじめて見た植物に触れるなんて君は考えなしというか、怖いもの知らずというか」
「はい?」
振り返ってターラル様に同意を求めたちょうどそのとき。
地面の下からミシミシっといういやな音が響きだした。
私も突然のことにびっくりして、数歩後ずさると。
──巨大な不気味植物はキラキラと光を散らして跡形もなく消えていた。
残っている穴だけが、そこに植物がたしかにあったということを教えてくれている。
少し遅れて周囲の土も崩れだして、根があったあたりはすっかり落ち込んでしまっていた。
「まさか本当に浄化してしまうとは……。待て、君が放っていた光が」
「光? たしかに消えているような」
ターラル様に言われてふと自身の手を見てみれば、たしかに先ほどまでに比べるといくらか光が収まっている。
これくらいなら、普通に生活する分には大丈夫かもしれないわ。
直接大聖堂に行くのではなく、ターラル様のお屋敷によれたのはこの上ない幸運だった。
我が家が裕福だったら、このような奇跡は起きなかったかもしれないわ。
……これで偽の婚約が終わってもちゃんと彼を陰ながら応援できるわね。
「だがいいのか? これでは給金も減ってしまうが」
「もちろん、お給金がたくさんもらえなくなるのはちょっと悲しいけれど……。それでも儀式で光ったのだから、きっと少しぐらいはいただける、わよね?」
などと口にしたそのとき。
私の手元はぱあと再び明るくなった。
右手を視線の高さまで上げると、私の身体は先ほどまでの元気な光をしっかりと取り戻してしまっている。
私は思わず頭を抱えた。
「すまない」
「いえこれはターラル様が謝ることではないと思います……っ」
彼の責任ではないし、そもそも彼に謝る理由なんてないはずだし。
一体何に対する謝罪なのか、困惑しかない。
さすがに私が「光っているという理由で推しが送迎してくれる」ということに一抹の罪悪感を覚えながらも、ひっそり歓喜していたなんて知らないはずだし。
「……とはいえやっぱり光っていた方がお得ではある、わよね?」
「光っているだけで特別感を演出できるだろうな」
「えっ? あったしかにそうですよね言われてみれば」
心の声が思いっきり出てしまっていたみたいで焦る。
でも今の話だけなら彼の負担にはならないと思うし、推しに迷惑をかけるなんて万死に値するから、絶対にそんなことはしないと誓おう。
「俺は一般論を言ったまでだが」
「それなら大丈夫なんです。光っていないのに聖女が務まるのか少し心配になってしまったので」
「文献に残る歴代の聖女に光っていた者がいたとは聞いていない。せいぜい建国神話や
ターラル様の説明にほっとしていると、次に気がついた時には彼の手が腰に回されていた。
明らかなエスコート。婚約者や夫婦あとしいて言えば親子ぐらいでしか行われないような光景──しかも相手は推し──が目に入る。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
決意したのも束の間、私は早速万死に値した。
でも弁解させてほしい。推しの急な供給過多で心臓が飛び出してしまうかと思ったのだ。
心の中でそう自分に言い訳をしていると、ターラル様は私からそっと離れた。
私が彼のエスコートを嫌がったと思われたのだろう。
もちろん前触れがなかったので少しびっくりしてしまったというだけで、決して嫌というわけではなくて。
これでターラル様に嫌われていたら、落ち込む自信がある。というわけで私は必死に両手をあわあわさせるしかない。
「あっごめんなさいその嫌という訳ではないのですが! その……急、すぎて」
「すまなかったな。だが、この方が殿下を含め周囲の目を誤魔化せると思ったまでだ。特に殿下とかな」
言い方からして、どうやらターラル様はクウェンク殿下から相当煮え湯を飲まされているのかしら。
私が聞いた話だと、二人の仲は良好だという以上の内容が出てこなかったのだけれど。
「アナベル嬢」
名を呼ばれて、彼とまっすぐ向かい合う形になる。
宝石のように赤い瞳の中に、ほんのりと光っている私の姿が映っていた。
「金は殿下ではなく、私が出す。だから私からの仕事も引き受けてくれないか? ──もちろん、偽の婚約者だというのはクウェンク殿下にも内緒だ」
たしかに婚約者ならもちろん、そのような「設定」ならエスコートするのが自然ね。
馬車の中では話がなあなあになってしまったけれど、彼はどうやら本気らしい。
貰えるお金が増えるならそれはそれで万々歳。
こんなに役得がたくさんでよいのかしら、とちょっと不安になってしまうぐらいだ。
お兄様が知ったら「いくら責任を取らざるを得ないことをしないからと言って、婚約破棄となったらアビーの経歴に傷がつく」とか言われてしまいそう。
だから、もちろんお兄様にも秘密にしないと。領民に回るお金は、少しでも多い方がいいもの。
……それに、先ほどはターラル様へのメリットが見えなかったけれど、彼にもどうやらクウェンク殿下にどうこうしたいという魂胆があるらしい。
推しの夢の一助となれるのなら、ファンとしてこれほど光栄なことはない。
というわけで私はしっかりと、間違いなくターラル様に伝わるように。
赤い瞳をまっすぐ見つめながらこくりと頷いた。
「そのお仕事、たしかに承りました」
「契約成立だ」
私たちは互いに悪い笑みを浮かべた。
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