第5話 偽の婚約を

「──というわけで、これからお世話になります!」

「何となく予想はしていたが……昼間でも収まらないようだな」


 朝食を終え、お兄様が登城するために家を出ていった後。

 家で待っていると昨日の約束通り、ターラル様が馬車に乗って我が家にやってきた。


 心地よい秋風がふわりと吹き抜けていく玄関ポーチ。

 昼間でも分かりやすいぐらいに光っている私の姿を見るなり、ターラル様から飛んできたのは苦笑だった。


 でもお給金が貰えるのだ。

 そもそも推しから苦笑されるなんてもはやご褒美でしかない。


 ターラル様のリードで公爵家の馬車に乗れば、続いて彼も昨日のように向かいに座って馬車が走り出す。


 昼間だけれど、カーテンも昨日と同じように閉めたままだ。昼間でも少し暗い車内だと外から見た時に目立ってしまうものね。


 そういうわけで、今日も外の景色は見えない。

 けれど体感、庭を抜けてすぐぐらいに私は気になっていたことを早速切り出した。


「そういえば、本当に婚約するつもりですか? いくらクウェンク殿下から言われたとはいえ、女性を同乗させたら何も問題にならなかったはずですし」

「──コホン」


 よほど答えにくい事を聞いてしまったのかしら。

 それとも、ターラル様にも他のメリットがあるとか?


「君にはまず、我が家に来てもらう」

「はい?」


 聞き間違いじゃない、よね。

 これから行く先は大聖堂のはずだ。それとも、聖女としてのはじめての仕事が公爵家で待ち構えているのかしら。


 私は頭の中がはてなマークでいっぱいになりながらも、ターラル様の答えを待った。

 待っている間、馬のひづめや車輪が石畳の上を進む音だけが、やたら大きく聞こえた気がする。


「あの後どういうつもりか問いただしに大聖堂に戻ったら、殿下から言われたことに一理あってな。金はあいつが払うつもりだったらしいが、そこも俺が費用を持つことにした」

「つまりどういうことなのですか?」

「あいつに外堀を埋められていたと言うべきだろうか。もちろん君がよければ、ではあるが婚約者の話を進めていきたいのだが──」

「? 私はターラル様がそれでよろしいのであれば、どちらでも構いませんが」


 お給金が増えることは喜ばしいことだ。

 でも、昨日の彼はあまり乗り気ではなかったのに、これはどういう風の吹き回しかしら。


 そもそも本当に私が婚約者になって大丈夫なのかしら? などと頭の中が疑問で埋め尽くされていると。


「君には私の婚約者ではなく、偽の婚約者になってもらいたい」

「にせのこんやくしゃ?」


 余計に分からなくなってきてしまった。

 偽の婚約なんてしたら、それこそ社交界では大問題よ。


 少なくともお兄様がそんなことを知ってしまったら、身分の差なんて考えずにアルメー公爵家に乗り込んでいってしまいそうなぐらいには問題発言だ。


 でも、本当に私がターラル様と結婚してしまうと、それこそあちこちから顰蹙ひんしゅくを買うことは目に見えている。

 そう思うと、お金を受け取って婚約者になり、いずれ結婚するよりも「婚約者のふり」の方が一時的でよいかもしれない。


 一生嫉妬されるとか、耐えられる気がしないし。

 偽のとはいえ婚約者という立場を利用して、推しのことをより深く知る機会だし。


「アナベル嬢?」

「あっごめんなさい聞いておりますので続けてください」


 「本当に聞いているのだろうか?」という怪訝けげんそうな表情が向けられる。

 昨日から幸せ続きで、今まで「薄幸令嬢」と言われていたのが嘘のようだ。ちょっと幸せすぎて怖い。


「君は昨日着ていたようなドレスは一着しかないのだろう?」

「はい、そうですけれど」


 私の服を上から下まで一瞥いちべつしたターラル様は軽く溜息ためいきをついた。

 昨日成人の儀に着ていったドレスは、お兄様が資金を捻出ねんしゅつしてくれた一点ものなのだ。


「君の実家の資金繰りでは用意できないだろうが、聖女ともなればあのくらいの衣装がまとまって必要だ」

「ええっ⁉」


 頭の中で軽く計算してみたけれど、我が家の収入では半年に一着購入するのがやっと、といったところではないかしら。

 ただ大聖堂に行くだけなのにそんなものが何着も必要だなんて、聞いていない。


「だから、私が君と婚約したというていにすれば、私の予算から購入したところで問題はなくなる」

「でも、それだとターラル様にメリットがございませんよね?」


 あまりに私にとって都合のいい話すぎて、詐欺を疑いたくなる。

 昨日から「本当に?」と言いたくなってしまうほどの好待遇の話ばかり聞かされていて、感覚がおかしくなってしまいそうだわ。


「メリットがあるからこそ、だ。──君にも、私にも」


 どこか不敵ふてきな笑みを浮かべるターラル様。

 私がその言葉の意味を理解したのは馬車が止まりターラル様の、アルメー公爵家の屋敷に降りた時だった。




「これ、何です?」


 到着早々。

 馬車を降りた私の目の前には、奇妙な光景が広がっていた。


 私の目の前に横たわっているのは、周囲のトピアリーなどの穏やかな景観には似つかわしくない、禍々まがまがしい紫色のオーラを放つ巨大な植物だ。

 草もその周りだけ不自然に枯れていて、茶色くなっている。


 倒木になってもなお、先端は青空を目指しているし、根っこが再び地中に伸びていったかのような奇妙な曲がりぐあいなのが、不気味さを三割増しぐらいにしていた。

 上に伸びている方はいくつものツタが複雑に絡み合い、見上げれば二階建ての我が家よりも高いぐらいかしら。


 普通の倒木なら地面からうにゅんと出て地面をった後で再び空に向かって伸びるなんてことはない。

 とにかく、本当に植物なのか疑いたくなる要素が多すぎる。


「あの、これは?」

魔樹まじゅだ。見たことがないのか? これが今王国のあちこちに生えて、問題になっている」

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