第4話 帰宅
推し──ターラル様についていき、クウェンク殿下から二人で帰るようにと言われたあと。
私はターラル様とともに、アルメー公爵家の馬車で大聖堂をあとにした。
そうして馬車に揺られてかなりの時間が経ったけれど、二人きりになってから一度も話していない。
とにかく沈黙が重い。私が光っているせいで、普段は降りていないであろうカーテンがきちんと閉じられているからかしら。
私を進行方向に座らせて、自分は逆向きに座ったせいで気分がすぐれなくなってしまった可能性も考えたのだけれど──聖騎士団団長の彼に限ってそのようなことはきっとないわね。
でもいちおう、身分は私の方が下なのだ。
彼が私をこちらに座らせる必要なんてないはずで。
「あの……かわりましょうか?」
「君は大聖女になるかもしれないからそのままでいい」
立ち上がろうとした瞬間に止められた。
どうやらクウェンク殿下が言っていたことは本当らしい。
今でも身体じゅうから溢れ出す光がそのままなので、仕方がないというのはわかる。
「それにしても、まさかこんな事になるとはな」
「私だって言いたいですよ。そりゃあ、お給金を貰えるというのは嬉しいですけれど!」
あと、もっと言えば推しの家紋の馬車に二人きりで乗れて役得ですけれど!
……と本人の前で言うのはさすがに
「君にとってはそうなのだろうな。だが今の状況が一般的にどう見なされるか、知らないのか? 家族か婚約者でもない男女が一緒の馬車に乗ったら」
ターラル様に言われて、頭の中で考えてみる。
……ええ、これは間違いなく
でも彼自身の意思で私を同じ馬車に乗せたのだから、これは婉曲的なプロポーズ……ってそんな都合のいいことはないわよね。
陰から愛でるならまだしも、お付き合いなんて
「理解したようだな」
「わ、私だって貴族の端くれですから」
声高にそう主張すると、ターラル様は笑いをこらえているようだった。
隣に座らないのは、彼のせめてもの
こんなに紳士な次期公爵様に婚約者の一人もいないなんてこと、ありえるのかしら?
いえ、普通に考えてないわね。
公爵家だから、さすがに婚約者がいない理由が「性格に難あり」とかではないのだろう。
などと私がターラル様にジト目を向けている間に、馬車が止まって御者が到着を告げる。
外から扉が開かれると、先に降りたターラル様が私に手を差し出した。
手を取るとやっぱり剣ダコがすごくて、男の人なのだなと思う。
そんな騎士であるターラル様も、お肌のケアは欠かさないのか水仕事をしている私よりもツヤがある。
公爵家の財力すごいと思うと同時に、羨ましくないと言ったら正直嘘になる。
それはさておき。
屋敷まで送ってくれたのだからあとは私を下ろすだけでいいはずなのに、ターラル様は婚約者にするかのように、きちんと降ろしてくれた。
ペネトレイク王国紳士コンテストがあったらぶっちぎりで優勝できてしまうのではないかしら。
「着いたぞ」
「ありがとうございます」
ターラル様の助けを借りて降車したけれど、残念ながらというか。私の身体からはいまだに光っているままだった。
それでも周囲をぐるりと見渡してみれば、当然なのだけれど広がっているのはよく見慣れた庭だ。他の誰にも気づかれることなく、無事に帰ってくることができたみたい。
暗闇の中でライトみたいに光ってしまっているけれど、誰にも見られていなさそうでほっとする。
柱にツタが絡まった馬車寄せのところまで来て、私より先に玄関先へと向かったターラル様が扉に手を伸ばそうとしたちょうどそのとき。
我が家のミシミシいう両開きの扉は、内側から勢いよく開け放たれた。
「アビー! 無事だっ……光って、もしかして死んで」
「お兄様⁉ 私を勝手に天に召させないでくださいませ⁉」
「アナベル嬢は死んでなどいない」
ぜえはあと、息を切らしながら玄関から出てきたのは私の唯一の肉親──サイラスお兄様だった。
自分が光っているせいか、夜だからかよく見えなかったけれど、お兄様はちょっと怒っているみたいだ。
私と違って髪の色は茶色だし、同じ藍色の瞳も目元がまるで武官のように険しい印象を与えるらしい。
でも剣の腕はイマイチで、本人は文官だ。
そういうわけで、髪色からして全然違うのも相まって、兄妹なのに「似ていない」とよく言われがちだった。
「お帰りアビー! 遅くてお兄ちゃん超心配しちゃったよ! 星のようにきらめいているのは、やっぱり成人の儀を受けて大人になったからかな? お兄ちゃん、これから君に悪い男がつかないか心配だよ……。おや? アビーがあアビーに
「お兄様、こちらの方はですね──」
「ターラル・アルメーだ。儀式中に彼女が光ったため、一時的に私と殿下の方で保護していた」
自己紹介してくれて助かった。
サイラスお兄様はしばらく目をこすっていたけれど、頭が回ってきたのか、驚きを隠せないといった様子で目を見張った。
そのまま固まることしばらく。そのまま私たちから身体を真横に向けると、ブツブツと何やら呪いの言葉を唱えはじめた。
「光った? アビーはもとから私には
何やら答えを導きらしたらしいお兄様は、何事もなかったかのように私たちの方に向き直ると、再び口を開いた。
「アビー、君は成人してより輝かしい光を得たということだ! 兄として誇らしい! でもすごく寂しい!」
何を言っているのかまったく理解できない。
まるで真実だと言わんばかりのお兄様に、私は思いっきり反応に
「より輝かしい光を得た」と言っているけれど、少なくとも儀式を受けるまでは私目線では光っていなかったわよ。
そう主張したかったけれど、お兄様は自分の主張一辺倒なタイプなので私の話を聞いてくれないのだ。
「だが、同時に君が悪い大人に捕まらないかも心配だ。そう、そこの見ず知らずの男のように!」
「お兄様抑えてください! 次期公爵様ですよ公爵様!」
「たとえ公爵様だろうが国王陛下だろうが認めんものは認めん! 馬車で帰ってきたようだが、それはつまりだ」
「既成事実にしようなどとは思っていなかった。というかこちらがクウェンク殿下に
そうよ。ターラル様は被害者なのよ。
……って、私はいつまで二人の話を聞いていればよいのかしら?
この場合はお兄様を止めた方が得策な気がしてきたわ。
我が家の事情をまるまる知っているクウェンク殿下と言い合っているターラル様をどうこうできるわけがないもの。
「お兄様、ほら明日になったら光が収まっているかもしれませんし、今日はこれぐらいにしましょう」
「……うーむ。アビーの言うとおり、明日になったらこれまで通りに戻るかもしれない。ターラル殿、妹を騒ぎの中心の場から無事連れ帰ってくれたこと、感謝する」
ようやく二人の言い争いが落ち着いたことに少し
けれどそう思ったのも束の間、お兄様はターラル様との身分差も考えずにとんでもないことを口走った。
「だが先走った貴殿からは、縁談の話が来ようと! 絶対に! 認めん!」
「私もこのような流れで婚約を進めるのはどうかしていると思うが──」
「何か?」
冷や汗が止まらない。
せっかく聖女としてお給金がたくさんもらえるはずなのに、このままでは「カトラ子爵家は身分を
「お兄様! 彼は私と婚約するために送ってきたわけではないのです! えっと、光ってしまいましたから建国以来の大聖女にならないかというお誘いがありまして。聖女候補を一人で帰すわけにもいかないということで、ターラル様が付き添ってくださっただけです!」
「アビーが聖女に……しかも大聖女? 皆にアビーの素晴らしさが広まるのはよい事だと思う。けれどお兄ちゃん、悪い人に利用されないか心配で心配で」
「もちろんお給金だってたくさん出るんですから! これで爵位を返上しなくて済むと思うのです」
「私のアビーが聖女すぎる……いや本当に聖女になるのか。気を確かにしろサイラス」
自身の両頬を平手で打ったお兄様は、深呼吸するとようやく本当に落ち着いてくれたみたいだった。
「本来であれば、我が家に専属の馬車があればアビーを大聖堂まで毎日送ることもできたのだが、我が家には残念ながら馬車はない」
「ですので、私が大聖堂とこちらを
「?」
そんな話していたかしら。
でも、いくらお金が貰えるとはいえピカピカと光ったまま街中を歩いていたら、目をつけられて
人の噂は何とやらと言うけれど、大聖女が生まれたなんて話、すぐに広まってしまうに決まっているもの。
何が言いたいかというと、ターラル様の申し出は渡りに船だった。
細やかな気配り。これはこの国どころか世界の貴族たちの中でも、相当に紳士なのではないかしら。
「と、とにかく私が明日の朝になっても光ったままだったら聖女になれて我が家にお金が入るという話なので、お兄様は気になさらないでください」
「そ、そうか……」
「ターラル様も、送ってくださりありがとうございました。また明日もご迷惑をおかけします」
「迷惑などとは……。まあいい、ではまた明日」
これでようやく話が終わるみたい。
──よしお風呂に入ろう! と完全に油断していた私の前に、ターラル様は突然
その瞬間、私の頭の中にあった鍋のフタは、ばふんと蒸気で勢いよく飛んでいった。
こ、これは別れの挨拶だし、手の甲に口づけするのは騎士の
玄関扉の閉まる音と共に意識を取り戻した私、いまだに固まったまま隣に立っているサイラスお兄様の姿が目に入る。
「お兄様?」
手を目の前でひらひらさせてみたけれど、反応がないわね。
というわけで私はお兄様を放置して、「ただいま」と自室に戻ったのだった。
そんなわけで久しぶりにお兄様が沸かしてくれていたお風呂に入り、いつも通りベッドに潜り込んで一夜を明かしたのだけれど。
「やっぱりどう見ても光ってる、わよね? やったわ!」
これで推しに会う口実ゲット! とあまりに都合がよすぎて、夢でも見ているのかと思ってしまったぐらいだった。
というか夢ならば覚めないでほしいという欲望に一瞬くらりと行きかけてしまったぐらいだ。……夢じゃなくて現実なのでそんな必要はなかったのだけれど。
鏡の前に立った私は、朝日が入り込む室内でもぼんやりと見えるぐらいには白い光に包まれていた。
つまり、私は聖女に任命されるということで。つまりつまり、それは我が家は火の車な危機的状況を脱することができるということにも他ならない。
「よーし、頑張らないと。でも大聖女の仕事って一体どのようなものなのかしら……? クウェンク殿下は何もしなくてよいとおっしゃっていた気がするけれど、さすがにそれはないわよね?」
その後。
着替えて食堂に向かった私を見るやいなや、先に珍しくごはんを用意してくれていたサイラスお兄様が固まってしまった。
……かと思いきや、直後廊下に駆け出してご近所さんに届きそうなぐらいの大声で叫んでいたのには正直ちょっと引いてしまったのだけれど、ターラル様が来る頃にはそんな気持ちも頭の中からすっかり消えていた。
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