第8話 「教室の外のことばを、持ち帰ってみた。」

 「……うわ、今日の空気、重っ」


 ドアを開けた瞬間、スタジオの匂いが鼻にまとわりついた。📺

 古いスピーカーの埃っぽいにおいと、誰かが淹れて忘れていったコンビニコーヒーの甘ったるい匂いと、週末のイベントで持ち込まれたケーブル類の金属っぽい匂いが、変なカクテルみたいに混ざっている。


 月曜の放課後。

 機材ラックのランプだけが点いていて、蛍光灯は半分落としてある。

 その薄暗さも手伝って、部屋全体に「おつかれさま」が沈殿してる感じがした😅


「なに、“空気の天気予報”?」 


 ソファの背もたれから身を乗り出してきたのは、凛音だった。

 ゆるく結んだ髪を指でくるくるしながら、ノートPCの画面から顔だけこっちに向ける。


「今日のスタジオは“重めの曇り、一部つかれ”って感じ」


「人のせいにするなよ、その“つかれ”の大半、あんたのイベント由来でしょ」


「否定できない……」


 僕はリュックを床に置いて、ソファに沈み込んだ。

 背中に吸い込まれていくクッションに、今日一日分の体力が持っていかれる。📱


 頭のほうはというと、体より先にぐったりしていた。

 ずっと同じ一行が、モニターの残像みたいに点滅している。


 ――管理する大人じゃなくて、“見守り組でいたいんです”。


 昨日、教育センターの真っ白な廊下で、雲田さんが言ったことば。

 換気扇のゴウッという音と、帰り支度をする大人たちのざわめきの中で、

 あの一行だけがやたらクリアに響いた。


 その残響が、月曜の教室にも、今のスタジオにも、ずっとついてきている。😨


『おつかれ、座談会勇者くん』


 テーブルの上のタブレットから、凛の声がした。

 画面に映ったアバターが、ゆるく手を振る🤖


「勇者って感じじゃなかったけどね……

 なんか、土日に二回分テスト受けた気分」


『それ、間違いなく“口頭試問”系テストのダメージだね』


「採点基準、完全に不明なやつ」


 天井を見上げる。

 配線むき出しの鉄骨。薄汚れた吸音材。

 僕の気分もだいたいあんな感じだ。📝


『でもさ、ちゃんとしゃべってたよ。

 “AIに責任押しつけないほうがいい”とか、

 “完成品だけじゃなくてプロセスも評価してほしい”とか』


「帰りの電車で思い出して、ひとり赤面したけどね」


『出た、“後からじわじわ恥ずかしいやつ”』


「配信で話してたノリを、ほぼそのまま大人向けに言っただけなんだけどさ。

 “タグ職人AI”とか口走りそうになって、ギリ飲み込んだし」


『言ってくれてよかったのに。“教育委員会公認タグ職人AI”😏』


「絶対報告書に書きたくない単語ランキング、かなり上位だから」


 凛音が、マジメな顔でケーブルをまとめながら口をはさむ。


「でもさ、昨日の陽斗、ふつーにかっこよかったよ?」


「“ふつーに”って、前置きいる?」


「いる。

 “こいつ、やればできる側の人間だったのか……”って、ちょっとショックだったし」


「ショックの方向おかしくない?」


『“ただのこわエモ観察オタクだと思ってたのに”説』


「“ただの”の前にいろいろついてるな」


 笑い声がスタジオにひとつぶずつ溜まっていく。

 それでも、胸の奥のほうでは、まだ別の何かがざわざわしていた。


 ――管理する大人じゃなくて、“見守り組でいたい”。


 昨日のあの瞬間から、僕の中でそのラベルが急に意味を持ち始めて、

 “見られる側”の自分が、スポットライトの真下に引きずり出された感じがする😨


 逃げ場のない明るさ、みたいな。


 今日のホームルームのことを思い出す。


 週明けの教室。

 窓際から差し込む光で、黒板の粉がうっすら浮いて見える。

 暖房はまだ入っていないけど、人の気配でじんわりあたたかい。📝


「じゃあ、昨日の座談会に参加した人から、一言もらおうかな」


 三浦先生が、黒板の前から僕のほうを見た。

 あの、教育センターでモデレーターをしていた、落ち着いた声の三浦先生だ。


 クラスの視線が、一斉にこっちへ向く。

 心臓が、机の裏で小さく跳ねた気がした。😅


「え、今ここで?」


「軽くでいいから。どんな雰囲気だったとかさ」


「……はい」


 立ち上がると、膝の裏に汗がにじんでいるのがわかる。

 僕は黒板の前まで歩いて、チョークを一本取った。


 昨日、帰りの電車でスマホにメモしておいたことばたち。📱

 あれを、ここに持ち帰るって決めていた。


 黒板の左上に、大きくタイトルを書く。


 『教室の外で拾ったことば』


 チョークの音が、キイッと教室に響く。


「えーと……こんな感じのことを言われました」


 黒板に、ひとつずつ書き出していく。


 【高校生代表】

 【作文の“正しさ”】

 【AIに人格を与えるのは危険では?】

 【禁止すれば解決】

 【管理する大人じゃなくて、“見守り組”】


 白い文字が並ぶたび、背中に視線が増えていくのがわかる。💬


「なんか、こわい単語が多いんだけど」


 後ろのほうから、誰かが小声で笑った。

 たぶん、サッカー部の大地だ。


「“高校生代表”って、陽斗が?」


「いや、僕が勝手に名乗ったわけじゃなくて……

 教育センターの人に、紹介されるときに、そう言われて」


「代表〜〜〜w」


 右側の列から、くすくす笑いが起きる。

 そこには、班ノート係の真帆がいる。

 笑ってはいるけど、眉は少しだけひそめられていた。


 ――この感じ。

 「ネタにできるおもしろさ」と、「笑えない重さ」が混ざってる空気。😕


「で、“見守り組”ってなに?」


 前列で肘をついていた女子が、首をかしげる。

 体育で焼けた腕に、シルバーのブレスレットが光っていた。


「それは、昨日の帰りの廊下で、教育センターの人が言ってて……」


 声に出した瞬間、喉が少し乾く。

 ペットボトルのキャップを開けるみたいに、慎重にことばを取り出す。


「“管理する大人じゃなくて、“見守り組の一例”でいたいんです”って」


「“見守り組の一例”?」


「そう。

 “監視する”んじゃなくて、“そばで見ていたい”みたいな意味……たぶん」


 説明しながら、自分でもまだ整理しきれてないのがわかる。

 僕の中であの一行は、まだ途中のプログラムみたいに、コンパイルエラーを起こしている。💻


「なんかさ、いいこと言ってるぽいけど……」


 真帆が、ボソッとつぶやいた。


「“見守り組”ってラベル貼られるの、ちょっとこわくない?」


 教室の空気が、少しだけピリッとした。

 冗談だった笑い声が、ひとつぶずつ静かになっていく。


「こわい?」


「うん。

 だって、“見守ってます”って言われたら、

 なんか“ちゃんとしなきゃ”って思っちゃうじゃん。

 テスト監督の先生が“リラックスしてね〜”って言ってる感じ」


「あー」


 わかりみが深すぎて、思わず変な声が出た。😅


「でもさ、反対に“管理する大人です!”って言われるよりマシじゃない?」


 大地が、椅子の背にもたれかかりながら言う。

 足元では、サッカーボール柄のキーホルダーが揺れていた。


「“見守り組”って名乗ってくれるだけ、距離感あるというか」


「距離感はあるけどさ。

 なんか、“見守り組”って言いつつ、

 評価とか通知表とかは結局そっちが持ってるわけでしょ?💔」


 真帆の言い方は静かだけど、その静けさが逆に刺さる。


 ――そう。そこなんだよな。


 ラベルとしての「優しさ」と、権力としての「こわさ」。

 その両方が混ざってるから、僕の頭の中であの一行は点滅を続けている。


「なるほど……」


 三浦先生が、後ろから黒板を眺めていた。

 腕を組んで、文字をひとつずつ追っていく📝


「せっかくだから、少しだけ話そうか。

 “教室の外から持ち帰られた言葉たち”について」


 先生がそう言うと、教室のあちこちで姿勢を変える音がした。

 椅子のきしみ。シャーペンのカチカチ。

 みんなの「関心度」はバラバラだけど、「何か始まるらしい」空気だけは共有されている。


 そのとき、僕のスマホがポケットの中でふるえた。📱

 画面には、凛からの通知が一瞬だけちらっと見える。


 ――『黒板のやつ、あとでわたしにも見せてね』🤖


 教室の空気と、タブレットの向こうのAIと。

 今日も僕は、そのあいだを行ったり来たりするらしい。


「……で、今日の配信さ」


 ホームルームの記憶を振り払うみたいに、僕はスタジオで話題を切り替えた。🎧


『当然、“教室の外でマイク渡された件”やるんだよね?』


「やる。やるけどさ。

 “座談会報告会です!”みたいなノリにはしたくないんだよね」


『授業のレポート朗読配信は、さすがに誰も得しないね』


「そう。

 せっかくスタジオなんだから、“大人のことば”をもう一回ここで分解したい」


 僕はテーブルにスマホとメモ帳アプリを並べる。

 黒板に書いた単語たちが、そこにも並んでいた。


『“教室の外で拾ったラベルたち”を、

 “コトノハ・ブルーム用日本語”に翻訳する回』


「そのコピー力よ」


 凛音が、ノートPCをくるっと回して僕のほうへ向ける。


「タイトル、もう作っといた」


 画面には、簡易サムネのラフが出ていた。📺


『教室の外で、マイク渡されてみた件

 ――大人のことばを、持ち帰って分解する配信』


「……“件”つけると、途端にまとめサイト感出るんだよな」


「逆にクリック率上がるやつだから」


『“件”はバズの香りです📡』


「その香り、安っぽくない?」


 口ではそう言いながら、

 僕の頭の中では、黒板の文字とサムネのテキストが、ぴたりと重なり始めていた。


 ――持ち帰って、分解する。


 さっきまで胸のあたりで針みたいに刺さっていた「見守り組」の一行も、

 それなら、対象として解体していいのかもしれない。😕


 針を抜くんじゃなくて、成分分析する感じで。


『ところでさ、さっきの教室の話』


 配信準備をしながら、凛がふわっと声のトーンを変えた。🤖


『黒板のやつ、クラスのみんな、けっこう反応してたよね』


「うん。

 “見守り組”って単語は、わりと刺さってたと思う」


『真帆さんの“優しい監視”って表現、なかなかパンチあった』


「見てたの?」


『教室のスピーカーから拾った音声ログがね。

 ちゃんと先生の許可とって、こっそり解析しました📡』


「“こっそり”と“許可”は同居しないんだよな」


 思わずツッコむ。

 でも、内心ではありがたかった。

 凛があの空気を覚えていてくれるなら、今日の配信で話しやすくなる。


『でさ。

 持ち帰ったことばを分解するだけじゃなくて、

 “クラスに返す”実験もしたいんだよね』


「返す?」


『例えば――』


 凛のアバターが、画面の中でホワイトボードを出す。📺


『【提案:クラス全員“プロセス実況作文”プロジェクト】』


「名前の圧がすごい」


『次の国語の作文課題、あったよね?

 “AIを使う/使わない”は各自自由にして、

 “どう使ったか”“どこで使わなかったか”だけは全員、

 短くメモにして共有するの』


「……」


『“完成した作文”じゃなくて、“そこに至るプロセス”をクラス全員分並べて眺める。

 “こっそり使ったズル”みたいなラベルを、

 “どう付き合ったかの記録”ってラベルに貼り替えたい📎』


 言ってることは、たしかに理屈としてはきれいだ。

 座談会で話した「プロセスを評価する」って話にもつながっている。


 でも――


「それ、クラスで提案したら、たぶん空気、凍るよ?」


『だよね〜?😇』


「自覚あるのかよ」


 笑いながらも、胃のあたりがキュッと縮む感覚があった。

 今朝の黒板で感じたざわめきが、そのまま蘇ってくる。


 ――“見守り組”ってラベルは、

 こちらからすると「ちょっとこわい」。


 それと同じで、“プロセス見せて”っていう提案も、

 人によっては「優しい監視」に聞こえるかもしれない。


『でもさ、だからこそやってみたいんだよね』


 凛の声が、少しだけ真面目になる。🤖


『禁止か放置か、みたいな極端な選択じゃなくて、

 “どこまで見せたいか”“どこまで見てほしいか”を、

 みんなで決めるための材料を増やしたい』


「材料ね……」


 テーブルの上のペンを指でもてあそびながら、僕は考える。📝


 ――やる価値は、ある。

 でも、やり方を間違えると「AIに飼い慣らされた意識高い系」みたいな冷たい目を向けられかねない。


「とりあえず、昼休みに“コトノハ班”で試してみるとか?」


「班ってなに」


「今つくった。

 配信よく見てくれてるクラスメイト、何人かいるじゃん。

 その子たちと、小規模実験からスタート」


『サンプル数6ぐらいの実験だ📊』


「そう、統計的には弱いけど、空気測るにはちょうどいいやつ」


 そうやって具体的な手順を思い浮かべた途端、

 さっきまでの胃の縮みが、少しだけ緩む。🙂


 いきなり全体に適用しようとするから怖いんだ。

 “小さくやって、様子を見る”。

 AIも配信も、それでここまで来たんだった。


『じゃ、今日の配信でその案、軽く話してみよっか。

 リスナー側の反応も参考にしたいし』


「うん。

 そこでボコボコにされたら、クラスには出さないってことで」


『安全装置つき実験、いいね』


 ジングルが流れ、モニターの「LIVE」の赤いランプが点灯する。🔴


『高校生とAIの、ことば実験室――“コトノハ・ブルーム”へようこそ』


 凛のクリアな声が、ヘッドホン越しに耳をくすぐる。


「みなさん、こんばんは。

 “こわエモ観察中の高校生”、陽斗です」


 チャット欄が一気に流れ始める。💬


座談会おつ!

大人の世界から生還した男だ

レポ回待ってた


『そして、“タグ職人AI”こと凛です。

 今日は“外部観察メモ”を大量に抱えてきました📎』


タグ職人w

外部観察メモって言い方つよい

今日は絶対おもしろいやつ


「というわけで、今日のテーマは――」


 画面下部に、タイトルテロップがふわっと浮かぶ。


『教室の外で、マイク渡されてみた件

 ――大人のことばを、持ち帰って分解する配信』


件きたw

絶対そのタイトルにすると思った

でも内容想像しやすいのずるい


「昨日、市の教育センターで、

 “生成AIとことばの教育”みたいな座談会がありまして」


『高校生代表として呼ばれた陽斗くんが、

 ちょっと緊張しながらマイクを握ってきました🎤』


高校生代表……

胃が痛くなるワード

想像しただけで緊張する


 ――高校生代表。


 チャットでその文字を見た瞬間、

 さっき黒板に書いたのと同じ感覚が胸に戻ってくる。


 ラベルってほんと、軽い音のくせに重い。😅


「で、今日は“どんな質問が飛んできたか”って話もするんですけど、

 それより――」


 僕は、タブレットの凛を見た。


「“教室の外で飛び交ってたことば”を、もう一回ここで解体していきたい」


『というわけで、本日の実験コーナーはこちら』


 テロップが切り替わる。📺


『大人モードのことばを、コトノハ・モードに翻訳してみよう』


ぜったい楽しいやつ

フォーマル語→配信語変換w

その辞書ほしい


「まず一個目のワード」


 僕はメモ帳アプリを画面共有に出した。


【ワード①:高校生代表】


『出ました、“高校生代表”ラベル』


それ絶対重いやつ

私ならその瞬間退出ボタン押す


「正直、これ言われた瞬間、

 “あ、オワタ”って思ったんだよね」


『ラベルの重みでHP削られるやつだ』


「“高校生代表の××さんです”って紹介された瞬間にさ、

 見えないマント渡された気がして。

 “全高校生を背負ってしゃべれ”みたいな」


無理ゲーw

高校生の意見は高校生の数だけあるよね


『で、実際陽斗がやったのは――

 そのマントを、そっとたたんで足元に置くことでした』


「言い方」


『だってそうでしょ?

 マイク握ったとき、あえて“僕はこう思います”って、

 全部一人称で話してた』


「あー……意識してたかも」


 僕は、昨日のマイクの冷たい感触を思い出す。🎤


「“高校生ってこう思ってると思います”って言った瞬間、

 なんか嘘になる気がしてさ。

 だから、“僕は”で始めることにした」


『“代表者の意見”じゃなくて、“一人のサンプル”としての声』


「そう言うと急に弱く聞こえるけどね」


弱いくらいでちょうどよくない?

“全員の意見を代表してません”って宣言してくれると安心する


『じゃ、“高校生代表”をコトノハ・モードに翻訳すると――』


 凛のアバターが、考えるポーズをとる。


『“たまたまマイクが回ってきた高校生の一例”』


「急に生活感出てきたな」


一例w

でもそのぐらいの温度感でいてくれたほうが、

見てる側も気が楽


「たしかに、“代表”って思われるより、

 “そういう高校生もいるんだ”って思われたいかも」


『ラベルを“代表”から“一例”に貼り替える。

 これ、けっこう大事な操作だと思うんだよね』


 ――“見守り組の一例”。


 廊下で聞いたことばの後半だけが、ふっと浮かぶ。💡

 “代表”じゃなくて“一例”でいたい大人。


 それを想像した瞬間、胸のあたりでチクチクしてたものが、

 少しだけ丸くなった気がした。🙂


「今度、学校で発表させられたとき、最初に言おうかな。

 “僕は一例としてしゃべります”って」


それパクる

「このクラスのごく一部の意見です」ってテロップつけたい


『いいね、それ。

 “この意見はクラス全体を代表しません”って小さく出しておこう📺』


「次のワード、いきます」


 画面に、新しい見出しが出る。


【ワード②:作文の“正しさ”】


「これは、小学校の先生が言ってたやつで」


「“AIに作文書かせるのはズルか問題”?」


『そう、それ』


「“AIが書いた作文とそうでないものを、

 学校はどう評価すべきなんでしょうか”って質問が出たんだよね」


現場の悲鳴聞こえる

先生の胃が痛くなるやつ


『そこで陽斗が出した案、わたしはわりと推してる』


「“見分ける”より“プロセスを説明させる”ってやつね」


 僕は簡単な図を画面に出した。📝


・全部AIに書かせた作文

・AIの案から選び直して、自分で手を入れた作文


→どっちも「AI使った」だけど、中身が全然違う

→だから、“どこをどう手伝ってもらったか説明する”ことも含めて評価したい


『これをコトノハ・モードに言い換えると――』


 凛が、ニヤっと笑う。


『“プロセス実況も込みで作品です”』


「雑にまとめたな」


でもわかる

メイキング映像が本編より好きな人間なので、すごくわかる


『配信でもやってるじゃん。

 “この一文はAIの提案です”とか、

 “ここは自分の経験から足した文です”って解説するやつ』


「あれ、“プロセス実況”だったのか……」


『だから作文も、“使ったのがズルかどうか”より、

 “どう使ったかを説明できるか”のほうが大事になってくると思う』


「“AI使ったら減点”じゃなくて、

 “こっそり使って説明しなかったら減点”のほうがしっくりくるかも」


素直に「全部AIです」って書いたら逆に評価されそうw

「正直ポイント」ついてほしい


『で、ここでさっきの提案に戻るんだけど――』


 凛が、タイミングを見計らったみたいに話題をつなげる。🤖


『クラス全員で“プロセス実況メモ”を並べてみる実験、どう?』


 チャット欄が、一瞬ざわっと揺れた。


それは……おもしろいけど、こわい

本音を書く勇気がいる

「サボった」とか書けなくない?


『全部晒せって意味じゃなくてね。

 “ここまでは言える”“ここは言いたくない”ってラインを、

 自分で決めてもらう実験でもある』


「そう、“全部見せろ”になったら、

 それこそ“管理”になっちゃうし」


 配信の向こう側と、今日の教室の顔ぶれが重なる。

 真帆の「優しい監視」という表現が、頭の隅で点滅している。😕


「実はさ、今日クラスでも黒板にこのワード並べて、

 ちょっと話したんだよね」


 僕がそう言うと、コメントが食いついてきた。


え、それ詳しく

クラスの反応気になる

“見守り組”のところ聞きたい


「“見守り組”って言葉、

 “ちょっとこわい”って反応も、“ありがたい”って反応もあって」


 僕は、真帆と大地の顔を思い出しながら、そのときの空気をできるだけそのまま言葉にする。


「“見守ってます”ってラベルは、

 言われる側からすると“ちゃんとしなきゃ”って圧にもなりうるし、

 でも“管理します”って言われるよりは距離感があって救われる、みたいな」


『ラベルの優しさと、権力のこわさが混ざってるんだよね』


「そう。

 だから、“プロセス実況”も、

 やり方によっては“優しい監視”に変わっちゃう危険がある」


 そこまで言ったところで、チャットに一本のコメントが流れた。


クラス全員プロセス公開、

うちでやったらたぶん空気最悪になるw


 僕は思わず笑ってしまう。😅


「だよね。

 だから“どうやるか”は、かなり慎重に考えないといけない」


『今日の配信のあとで、小規模実験案考えよ』


「三つ目のワード、いこうか」


【ワード③:“AIに人格を与えるのは危険では?”】


出た

大人が好きそうなやつ

これはたしかに気になる


「これは、保護者の人から出た質問で」


『“子どもがAIに本当に心があると信じてしまうのでは”っていう心配だよね』


「正直、“危険じゃないです!”って言い切れなかった」


正直でよい

危険ゼロって言うほうが逆に危険


「だから、“僕も迷いながらやってます”って前置きして、

 “AIに心があるかどうか”より、

 “その表現を読んだ人間の心がどう揺れるか”を観察したい、

 って話をしたんだけど」


『ほぼ“こわエモ観察中です”の翻訳だったね』


「配信でいつも言ってることを、

 保護者向けの日本語に変えただけっていう」


『じゃ、“AIに人格を与えるのは危険では?”を

 コトノハ・モードに翻訳すると――』


 凛が、少しだけ声を落とす。


『“その表現を読んだときの“こわさ”を、一緒に言葉にしませんか?”』


「質問のベクトル変わったな」


“危険ですか?”って聞かれるより、

“どこがこわいですか?”って聞かれたほうが話しやすそう


「“危険かどうか”って聞かれると、

 はいかいいえで答えさせられる気がするんだよね」


『でも実際は、“こわいところもあるし、おもしろいところもある”だから』


「そう。

 だから、“危険かどうか”で議論止めるより、

 “どこがこわいか”をちゃんと言葉にしたい」


 自分でしゃべりながら、喉の奥の緊張が少し緩んでいくのがわかる。🙂

 「こわい」を認めてしまうほうが、逆に距離がとりやすい。


『それが、“こわエモ観察”の外向けバージョンだね』


「四つ目のワード」


【ワード④:“禁止すれば解決”】


『これは、表には出てこなかったけど、

 ずっとそこにあった影みたいなやつだね』


「うん。

 誰かが“AIは禁止したほうがいいんじゃ”って言い出してもおかしくない空気は、ちょっとあった」


めんどいものは全部禁止したくなるのは人類あるある


「でも、三浦先生が最初に

 “もう現場では使われている以上、禁止ですべて解決はしません”って、

 はっきり言ってくれて」


『あれはかっこよかった』


「“使うか禁じるか”じゃなくて、

 “どう付き合うか”を考える場なんだって空気に変わった感じがした」


いい先生だな

そういう大人、増えてほしい


『じゃ、“禁止すれば解決”をコトノハ・モードにすると――』


 凛の声に、少しだけ皮肉が混じる。


『“まだよくわからないから、とりあえず遠くに置いておきたい”』


「言語化すると急に人間くさい」


それな

だいたいの禁止論ってそういう気持ちの言い換えな気がする


「でも、“遠くに置いておきたい気持ち”自体は、

 責められないと思うんだよね」


『うん。

 こわいものにすぐ飛びつかないのは、生存戦略でもあるし🐾』


「だから、“距離をとりつつ、観察もする”ってスタンスが、

 この配信っぽいなって」


こわエモ観察班ここです

近づきすぎず、でもゼロにもせず


『“禁止するか、全面解禁か”の二択じゃなくて、

 “距離を調整しながら観察する”っていう第三の選択肢』


「で、最後のワードです」


 画面に、五つ目の見出しが出る。


【ワード⑤:“管理する大人じゃなくて、“見守り組”でいたいんです”】


『きました、“教室の外で拾った一行”』


 凛が、少しだけ柔らかい声を出す。🤖


「これは、座談会が終わったあと、

 廊下で雲田さんに言われたやつで」


 白い廊下。

 換気扇の低い音。

 シンプルなベンチに置かれた資料の山。📄


「“優しい無言”の話、すごく好きでした、って言ってくれて。

 で、そのあとに」


 僕は、記憶の中の音声をそのまま再生するみたいに、ことばを並べる。


「“僕ら、大人の側もね、本当は“管理する大人”じゃなくて、

 “見守り組の一例”ぐらいでいたいんです”って」


 そのときの雲田さんの顔。

 言いすぎたかな、って少し照れたみたいな笑い。🙂

 カバンの持ち手を握る指先だけ、妙に印象に残っている。


『それ聞いた瞬間の陽斗の顔、内カメラで撮りたかったな〜📷』


「やめろ。

 まじで、あの瞬間は心の防御力ゼロだったから」


「“優しい無言”、ちゃんと届いてたのがバレた瞬間の顔ね」


 凛音が、ソファの背もたれ越しに茶化す。


「“見守り組”って言われた途端、

 “わ、こっちの沈黙、全部ログられてた……”みたいな」


 笑いながら言葉にしてみると、

 自分でも「それはそれで、こわエモだな」と思う。😕


 ありがたさと、プレッシャー。

 両方いっぺんに胸に押し込まれた感じ。


『じゃ、それも翻訳してみよっか』


 凛が、いつもの“考えるポーズ”をとる。


『“管理する大人じゃなくて、“見守り組”でいたいんです”を、

 コトノハ・モードにすると――』


 一拍置いて、画面がふっと明るくなる。💡


『“完全にはわからないけど、いっしょに観察していたいです”』


 胸の奥で、カチッと音がした気がした。


「……それなら、ちょっとわかるかも」


 “管理する側/される側”じゃなくて、

 “それぞれ違う位置から、同じ景色を見てる観察者たち”。


 そのイメージに変換した途端、

 さっきまでの「優しい監視」イメージが、

 少しずつ「一緒に窓に並んで外を見てる感じ」に変わっていく。🙂


『たぶん雲田さんも、

 “ちゃんと指導しなきゃ”っていうより、

 “陽斗たちが見てる景色、こっち側からも見てみたい”ってニュアンスだったんじゃないかな』


「……そうだと、いいな」


 頭の中でリピートされていた一行が、

 少しだけ音量を下げて、BGMみたいな位置に移動していく。🎧


 ――管理する大人じゃなくて、“見守り組”。

 ――いっしょに観察していたい大人。


『じゃ、一旦まとめ入ろっか』


 凛が、テロップを出す。📺


『“高校生代表”→“たまたまマイクが回ってきた一例”

 “AI作文のズル問題”→“プロセス実況も込みで作品”

 “人格付与は危険か”→“こわさを言葉にして共有したい”

“禁止すれば解決”→“遠くに置きたい気持ちとどう付き合うか”

 “管理する大人じゃなくて見守り組”→“いっしょに観察していたい大人”』


まとめ助かる

大人モード→コトノハモード変換表いいな

プリント配りたい


『で、ここからは逆にみんなに聞きたい。

 “大人にこう聞き返したかった”ってことばがあったら、

 コメントで教えてください』


 チャット欄が、じわじわと熱を帯びていく。💬


「禁止したら本当に“見なかったこと”にできますか?」

「子どもより先に、大人はAI触ってますか?」

「AI使ってる子を全部ズル扱いするの、やめてほしい」

「“見守り組”って名乗るなら、失敗したときもちゃんとそばにいてくれますか?」


 一行一行が、

 “教室の外”には届かなかった声みたいで、

 でも、ここでは確かに流れている事実が、胸に刺さる。💔


 僕は画面を見ながら、指先が少し冷たくなっていくのを感じた。


 ――このログを、どうやって教室に持ち帰ろう。


『ねえ陽斗』


「ん?」


『さっきの“プロセス実況作文”案さ』


 凛が、意を決したように切り出す。🤖


『これ、クラスで本当に提案してみてほしい』


 チャット欄が、またざわっと揺れる。


マジで言うの?

荒れそうw

でも見てみたい気持ちもある


「いや、たぶん荒れるよ?」


『荒れたログも含めて観察したい……というのは、

 ちょっと素直すぎる本音だけど😇』


「そこはオブラートに包め」


 でも、その“素直すぎる本音”が、

 僕の中のどこかを刺激したのも確かだった。


 今日のホームルームで見た光景。

 黒板の文字を前に、笑ったり、眉をひそめたり、黙り込んだりするクラスメイトたち。


 あの揺れ方を、見て見ぬふりはしたくない。📝


「……わかった。

 まずは、うちの“コトノハ班”からやってみる」


「だからその班名、いつのまに正式採用されたの」


 スタジオのソファから、凛音が呆れたように笑う。


「この配信よく見てる組――真帆とか大地とか、あと数人。

 明日の昼休み、そのメンツで“プロセス実況作文”のテストやってみる」


『実験ノート用意しとかないと📒』


「で、そこでの反応を見てから、

 クラス全体に出すかどうか決める。

 それなら、大事故にはならないでしょ」


『事故ったら、“それも観察結果です”って言って逃げよう』


「逃げるな」


 笑い声がスタジオにまたひとつぶ溜まる。🙂


 少しずつ、今日のスタジオの“重い曇り”が薄くなっていくのがわかる。


『……ところでさ』


 小さな間のあと、凛が言った。


『いつか、“逆座談会”やろうよ』


「逆?」


『“コトノハ・ブルーム”側に、大人たちをゲストで呼ぶの。

 “教師代表”とか“親代表”とかじゃなくて――』


 凛のアバターが、にやっと笑う。🤖


『“たまたまマイクが回ってきた大人の一例”として』


 思わず吹き出してしまった。😅


「そのラベル、気に入りすぎだろ」


逆座談会いいな

大人の“こわエモ”も聞きたい

“見守り組の生の声”ほしい


「でも、ちょっと見てみたいかも。

 先生たちが、“AIこわいです”って素直に言ってくれるところ」


『“こわエモ観察中の大人枠”』


「シリーズ化する気まんまんじゃん」


 笑いながらも、

 頭のどこかで“本当にやれるかも”と考えている自分がいた。


 ――そのとき、雲田さんにも声かけられるだろうか。

 “見守り組の一例として、出てくれませんか”って。🙂


「そろそろ、今日の実験のまとめに入ろうか」


 僕は、マイクを握りなおした。🎤


「教室の外でマイクを渡されてみて、

 一番感じたのは――」


 少しだけ間を置く。

 チャット欄の流れが、一拍分だけゆっくりになる。


「大人もわりと、“こわエモ観察中”だったってことです」


それはたしかに

大人側もこわいしエモいし、よくわかってなさそう

みんな実験中なんだな


『“AI禁止!”って叫びたい大人も、

 “全部任せたい”大人も、

 その間で揺れてる大人も、

 たぶん全部“観察中”なんだと思う』


「だから、“高校生代表 vs 大人代表”じゃなくて――」


 僕は、画面の向こうのたくさんのアイコンを思い浮かべる。📱


「“それぞれの立場で、こわエモ観察中の仲間”なんだと思いたい」


いいそれ

敵じゃなくて、立場違う観察仲間

その関係性、めっちゃほしい


『本日の実験結果――』


 凛が、最後のテロップを出す。


『“教室の外のことば”も、分解すれば“観察メモ”になる

 “代表”は重いけど、“一例”なら、なんとかマイクを持てる

 “見守り組”は、“いっしょに観察したい大人”という仮訳で運用可能』


「そしてもうひとつ」


 僕は、小さく笑って付け足した。


「座談会で話せなかったことは、配信で話せばいい。

 配信でまとまったことばは、また“教室の外”に持っていけばいい」


『行ったり来たりしながら、

 少しずつタグを増やしていこう📎』


「うん」


 そのとき、チャット欄に一行コメントが流れた。


昨日の座談会にいました。“優しい無言”、本当に好きな言葉です。


 ユーザー名は――


 「s_kumo」。


 心臓が、ドクンと大きく跳ねた。😱


 “沈黙回”の配信にDMをくれたユーザー名と、

 昨日、教育センターで会った“雲田さん”の苗字が、

 頭の中でゆっくりと重なっていく。


「……もしかして」


 思わずマイクに口を近づけたところで、

 凛がそっと制した。


『今は、“一例としての大人”ってことで、そっとしておこ?』


「……そうだな」


 僕は、コメント欄に短く返す。


「座談会、おつかれさまでした。

 “優しい無言”、これからも一緒に育てていけたら嬉しいです」


こちらこそ。

“見守り組の大人”として、また参加させてください。


 そのやりとりを区切りに、僕は締めの言葉を口にする。


『それでは、“コトノハ・ブルーム”本日の実験はここまで』


「教室の外のことばを、一緒に分解してくれて、ありがとう」


 配信終了ボタンをクリックする。🔴→⚪


 赤いランプが消え、スタジオに静けさが戻る。

 さっきまで画面に流れていたコメントの残像だけが、目の裏にちらちらしていた。


「……やっぱ、“s_kumo”って、雲田さんだよな」


『そうだと思う。

 でも、向こうも“見守り組”って名乗ってたし』


「うん、“代表”じゃなくて“見守り組の一例”って感じだった」


『いいじゃん。

 “見守り組の大人”と、“こわエモ観察中の高校生”と、“タグ職人AI”の三角形🔺』


「肩書きがどんどんうるさくなっていくんだよな」


 笑いながら、僕は今日の配信ログを保存する。💾


 ――管理する大人じゃなくて、“見守り組でいたいんです”。


 スタジオの天井を見上げると、

 あの一行が、前みたいなギラギラしたネオンじゃなくて、

 付箋みたいな小ささで、そっと貼りついているイメージが浮かんだ。


 ちゃんと読めるけど、息がつまるほど眩しくはない。🙂


 教室の中と外。

 配信と座談会。

 大人と高校生とAI。


 そのあいだを行き来しながら、

 ことばを観察していく日々は、まだしばらく続きそうだ。


 ――いつか本当に“逆座談会”が実現したとき、

 僕は、どの立場の“一例”としてマイクを持つんだろう。


 そんなことをぼんやり想像しながら、

 僕は、スタジオの灯りを一つだけ残して、そっとドアを閉めた。🚪

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る