EP.2 部活事変part 1
放課後、他の5人は部活があると言って各々クラブ棟の練習場所へと向かっていった。
一方の俺はこんなに部活の盛んな学校に在籍しておきながら部活には所属していない。理由は色々あるが今はこの落ち着いた毎日を過ごす方が性に合っていると感じているのでなんら気にしてはいない。
部活に所属していないからといって学校生活で不遇な扱いを受けるかと言われたらそんなことは一切なく、同じように部活をせず勉学に励んでいる生徒や校外のクラブチームで活動している生徒も少なくない。多様性と文武両道を尊重するイマドキの校風は全国的にも高い支持を受けていて俺がこの高校を選んだのもそれが理由の一つだったりする。
放課後の誰もいない教室には夕陽が差し込み、悪あがきのように1日の最後を明るく茜色に照らしている。
そろそろ帰るかとスクールバッグを手に取り踵を返して教室を出たところで丁度聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「よっす、大翔っち!今ちょっと時間ある?」
友人のような口ぶりで話しかけてきたこの人は神輿場優姫。俺たちA組の担任で国語教師だ。年齢は24歳で去年から母校であるこの学校に勤め始めたらしい。身長は178センチと高く少しクセのある亜麻色の髪にどこか幼さと大人っぽさを感じる甘いマスクが学校中の教員人気を掻っ攫っている。
「姫兄、丁度今から帰ろうと思ってたところだけどどうかした?」
「いや〜ちょっとね。君にお使いを頼みたくてさ。」
そういうと着いてこいとばかりに屋上の鍵をクルクルと回しながら歩き始めた。俺は渋々了承しながら後をついて歩き始めた。
屋上につくとさっきまで教室を照らしていた茜色の夕陽が薄暗い青に飲み込まれていくようにグラデーションを奏でている。
フェンスに寄りかかった姫兄が物憂げな横顔を覗かせながら語り始めた。
「黄昏時って知ってる?」
「黄昏るってのは良く聞くけどそんなに深くは知らないな。」
姫兄はフェンスの縁の段差に腰をかけながら続きを話し始めた。
「昼と夜の境目、夕陽が夜の青に飲み込まれていく時間。そこにいる誰かの姿や顔が霞んで誰だか分からなくなる。そう言う時間を黄昏時って言うんだよ。誰ソ彼ってのが語源さ。」
俺はそんな黄昏時の空を眺めながら姫兄の話に耳を傾けた。こう言う部分に関しては流石は国語教師だな、と常々思う。
「何それ初耳だよ。それで本題の方は?」
「実は先週の職員会議で部活動予算の話題が上がったんだけど、、、」
その先は何となく察しがついた。うちの高校は文武両道を掲げているだけあって大会で一定の成績を残せなければ部活動予算が大幅に減額される。特に文化部に関しては籍だけ置いているものの出席が芳しくない、所謂"幽霊部員"が多いと聞く。
学校としては結果も残さずに部員数も少ない部活に予算を割くのは思うところがあるのだろう。おそらくその幽霊部員たちを何とか出席させてほしいということだろうか。
「幽霊部員のやる気を引き出して部の存続をさせてほしいって所?」
姫兄は苦笑しながら続けた。
「ご名答、流石学年一位の優秀者だね。だけど今回はもうひとつ、懸念点があるんだよ。それが君に頼みたかったお使いって訳さ。」
すると姫兄は分厚めのファイルから書類を取り出して見てご覧と言わんばかりに目の前に差し出してきた。
そして差し出された紙に記載されている部活動名を見て思いがけず声が漏れた。
「えっ?」
その声を聞いた姫兄は頭を抑えながらうーんと唸っている。
「サッカー部、、、? 渓はこの間の紅白戦で活躍してレギュラーになったって、、、」
「サッカー部の過去5年間の成績が次のページに載っているから見てごらん。」
用紙のページをめくり戦績をチェックするとサッカー部が過去5年間で出場した大会の全ての結果が記されている。昨年はベスト4まで勝ち進んでいるがそれ以前は全て予選一回戦で敗退という結果に終わっている。
「前任の先生から引き継いで顧問になったのはいいけどサッカー部の予算キープと部の存続には条件があるらしいくてね。それを聞いた部員がみんな退部してクラブチームに移籍していったのさ。」
「それで去年の部員数から15人まで減ったって訳か。こりゃ参ったな。」
「条件の内容でみんな引っかかってしまったんだろうね。前任の先生がいたらまた変わっただろうけど俺はぽっと出の新人監督だからね。特に思い入れもないしって感じだろう。」
自嘲気味にポリポリと頭を掻きながら哀しそうな、情けないといった表情をしている姫兄に俺は続けて問いかける。
「それでその条件ってのは一体どんな?」
「前年度の成績を超えること、だね。」
昨年ベスト4まで行ったということを考えるとそこまで厳しい条件ではないとは思うけど、おそらく大会が終わった後に条件を聞いた部員が多数退部していった結果の今なんだろう。更にこの人数で前年度の成績を超えることは難しいと判断した部員も相次いで退部したという訳だろうか。
「文化部の幽霊部員の件は分かった、でもサッカー部はどうすれば、、、」
姫兄はいつものおちゃらけた雰囲気とはうって変わってかなり真剣な雰囲気を漂わせながら話し始めた。
「〇〇年度 全国小学生サッカー選手権大会2連覇、そして2年連続MVPと得点王の二冠を達成したとあるFWがどうやらこの学校にいるらしい。」
わざとらしくニヤリとした笑顔を貼り付けた顔はまるで悪巧みをしている子供のように無邪気にも見えた。
そして更に姫兄は続ける。
「数多くの名門Jr.ユースが目を付けているという噂があったものの進学先は地元の平凡な中学校、そして晩年予選で一回戦敗退だったその学校を1年生ながら全国大会に導き、本戦前の1年途中で退部したとある。」
どこでそんな情報を手に入れたのだろうか。ここまで姫兄が詳しいとは正直思わなかった。中学生時代の話ならまだしも小学生の頃の情報まで調査済みとは抜け目ない人だと思う。
「そんなたかが小学生の習い事レベルで終わったなら今更探す必要なんてないでしょ。中学と高校じゃフィジカルの差もあるし今更そんな昔の話を持ち出したところで付き合ってくれるかどうか。なら部員を連れ戻した方が話は早いと思うけど。」
「連れ戻せるならそうしたいけどさ、彼らも自分のキャリアと向き合って決めたことだし一公立高校の教員がそんな彼らの決断を無下にするのも酷な話だと思わないかい?」
「それならその有名なFWのキャリアはどうなるんだよ。そいつだって別に今更サッカー部に入って上を目指したいなんて思ってないだろうに。」
すると俺の言葉を聞いた姫兄は屋上の扉に向かって歩き始めた。そして振り向きざまにこう告げた。
「いいや、彼はサッカーを愛している。そして今でも後悔と理想を背負ってまたピッチで戦えるように準備をしている。その鍛えられた体を見れば一目瞭然だよ、大翔っち。いや、"日向大翔選手"。」
こちらに向かってふわりと投げられた屋上の鍵が手のひらでチャリンと音を立てる。
夜の青に飲み込まれそうな茜色にその輪郭だけが映し出されている。まるで黄昏時とはどういうものなのか体現しているようだ。
俺は静かになった屋上でしばらくの間飲み込まれていく茜をじっと眺めていた。
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