#8 人類の落日と■■の崩壊

こんなことなら、分裂なんてするんじゃなかった。その時期の彼らの中で、よく見られた言説である。


『偉大なる分裂』から数十年後には、人々を増やす道を選んだ人々――増産派閥の人々は、既に行き詰っていた。分裂からさほど年月が経っていない為、まだ目に見える程に社会が劣化した様子はない。むしろ、外見上、彼らの街は分裂前より多少盛り返したようにすら見える。だが、それでも人々からは、確かに未来への希望が失われつつあった。


分裂の直後、彼らが最初に取り組んだのは社会の再編成だ。元の人口の絶対数の少なさは彼らにとっていかんともしがたい問題だった。故に、少ない人員を効率よく動かさなければならない。とはいえ強制も出来ない。実際に子供を産む班、子供を育てる班、最低限社会の維持を行う班。現実的に可能な範囲で、希望を汲みつつ最大限効率的に人員は配置された。


当初、彼らが想定していた通り、子供は増え続けた。実際に子供を産む班に配置された者達は、一人が少なくとも五、六人の子供を産む。最初の二十年で、人口は当初の倍となった。やはり、我々の選んだ道は正解だったのだ。人々は大いに喜び、これから先の文明の復興に思いを馳せた。だが、すぐさま彼らは行き詰ることとなる。


問題が発覚したのは―― いや、こんなものは問題とすら呼べない。これは最初からあった、この策の構造的欠陥だった。


子供を産めるのは女性たちだ。無論、この派閥についてきたという事は、子供を産み続ける事にも合意している。社会全体で可能な限りのケアも行った。だが、彼女たちの子供は――?


「いやよ。私、そんなにたくさん子供なんて産みたくないわ。」


何故もっと早く気付く事が出来なかったのだろう、当然と言えば当然の反応である。子供は親の思想を引き継ぐわけでない。生まれた子供達が、増産派閥の思想に共感するとは限らないのだ。実際、多くの子供世代は増産に反対していた。嫌がる者に強制して、無理やり子供を産ませるなんてことは出来ない。あるいは強制できたのなら問題は無かったが、これまでの文明社会で培った倫理観が、そうする事を許さなかった。あくまでも、彼らは自由意志により子供を産む事を選び、その為に社会を適応させることを選んだ派閥なのである。自由意志で子供を産まない事を選択した者達に対して、出来る事など何一つとしてなかった。


結果、当初大幅に上昇した増産派閥の出生率は、すぐさま急速に低下することになる。手を尽くしても、子供世代に増産を受け入れさせることは出来なかった。彼女たちの親世代も、もう無理して子供を産み続ける訳にはいかない。


勿論彼らの思想に同調し、増産に協力する新たに生まれた者達もいない訳ではなかった。だがそれも、全体の一割未満でしかなかった。彼女らに頼って人口を増やし続けるなど、土台無理な話だ。かくして彼らは行き詰ったのである。


「リーダー、もう無理ですよ。今からでも進化派閥に頭下げに行きませんか。」


希望が失われていくにつれ、誰ともなくそんな提案をし始める。


増産を選んだリーダーは、それが妥当な提案だとは分かっていた。ただ、文明を分けてまで進んだ自分達の信じる道をそう簡単に曲げる訳にもいかない。


「いや、彼らも我々同様行き詰っているかもしれない。我々は我々で、やれることをやろう。」


詭弁だと分かっていつつも、そう言わずにいられなかった。


「出来る事と言っても、僕らにはお願いして子供を産んでもらう事しか出来ないのに、本人達が嫌だというならどうしようもないじゃないですか。間違っても強制しようなんて言わないですよね?」


「絶対に強制だけはしない。それをしてしまえば、我々は文明人でなくなってしまう。」


彼らは行き詰っていた。文明と崩壊のはざまで、身動きが取れなくなっていた。しかし、彼らに光明を齎したのもまた文明だった。


ある日、増産派閥のリーダーは技術部から連絡を受けた。内容を聞いた彼は、この目で成果を確かめようと、はじき出されるように飛び出し技術部の元へと向かう。


「完成したのか!よくやった!これで……これで再び人類は増加を迎えることが出来る!」


彼らが作り出したのは、球状の装置だった。それは、人の細胞から新たな命を“組み立てる”装置だった。天才が作り出した、化学の極みである。


一度複数人の細胞を取り込んでしまえば、後は自動で、効率的に子供を増やし続ける。量産されたこの装置により、増産派閥の人々は盛り返した。誰に強制する事もなく、再び人口は増加し、文明は発展する。新たな技術が生まれ、文化が生まれ、人は成長する。この時期の彼らは、分かたれた三派閥の中で最も人間らしい生き方をしていたと言えるかもしれない。既に、彼らが感じていた終末感はもはや社会のどこにも存在しない。人々は、永遠にこの発展を続けることが出来るのだと信じていた。


しかし、その中にも不安を感じる者はいた。果たして、機械から生まれたそれは、本当に人間だと言えるのだろうか。人間から生まれた者は、間違いなく人間だろう。外見上に多少の差異があったとしても、両親の存在が、その者が人間であることを保証する。例えその身が異形であっても、人間であることに疑いはない。しかし、彼らに親はいない。生殖細胞ですらない、髪の毛などからですら生まれてくる。彼らの人間性を保証するのはその見た目だけだ。もし、装置から異形が生まれてきたら、それは一体何なのだろうか。嫌な予感がしていた。


ある時、増産装置から奇妙なものが生まれた。語るだに悍ましいそれは、生きているようだった。ぐずぐずの肉塊が脈打ち、熱を持ち、這いずるように動き回っていた。それは知能を持っているようだった。『人間』の言葉に反応し、ごぽごぽと音をたてていた。


その肉塊は腐敗臭を放ち、表面には蛆が湧き、蝿が集っていた。次第に、増産装置はその肉塊ばかりを生み出すようになった。


増産装置が故障してしまったのだろうか。そう考えた人間達は、当然装置を修理しようと試みた。しかし、肉塊達は装置に触れることを許さない。膜を張るように装置に張り付き、人が触れないようにした。それでも触れようとする人々の事は、排除した。それはまるで、自身を生み出した装置を守るかのようだった。


人々は肉塊を滅ぼそうとした。こんな悍ましい存在が、存在していいはずがない。彼らはそう考えていた。しかし、倒しても倒しても、装置から肉塊は生まれてくる。本来設定していたはずの増産周期よりもはるかに早く、彼らは生まれてきた。


遂に、人々は諦めた。諦めた人々がどうなったのかは分からない。ただ、肉塊だけが生まれ続けていた。街は、肉塊に支配された。


街は廃墟となっていた。肉塊達は、建物の保守など行わない。朽ち果て、蔦が這い、およそ人の住む世界とはかけ離れた場所になっていた。そこに、一人の少女が居た。少女は泣いている。肉塊ではない、人間の少女だ。増産派閥の人々に親は居ない。あえていうなれば、装置から生まれてくる彼らの親は、装置と言うべきだろうか。しかしその装置は人の事など構わず狂ったように肉塊を生み出している。誰に頼る事も出来ない今、最早彼女に生きるすべはない。やがて、飢えて死ぬだろう。


そんな少女に、一つの肉塊が近づいていく。少女は怯えた様子を見せるが、肉塊が持っていた物を見て顔を輝かせる。花だ。肉塊は、一本の花を少女に手渡した。彼らに表情は無いはずだが、同じ親から生まれた兄弟姉妹をいつくしんでいるかのように見えた。その後も度々肉塊は少女の前に姿を現す。ある時は食料を、ある時は玩具を持って行った。少女が笑顔になると、肉塊はごぽごぽと音をたてる。喜んでいるのだ、少女はそう考えた。


ある日、肉塊が少女の元へ向かうと、彼女は倒れていた。ゆすっても、さすっても、音をたてても彼女は起きてくれない。


肉塊は理解した。彼女は死んでいるのだと。肉塊は、初めて会った時のようにどこからか花を持ってくると、彼女に添えた。ごぽごぽとたてている音は、いつもより、幾分低い調子だった。


何のことは無い。彼らは、新たな人間の形だったのだ。


産まれる事のみを目的とした人々は、それにふさわしい姿に生まれ変わった。かつての人々が居なくなった後も、彼らは人類の存続を目的に生まれ続ける。

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