【声劇台本】公安裏部署のおしごと

澄田ゆきこ

本編

〇初日

坂井(N):ここが公安裏部署のビル……。思ったより新しいんだな。歴史が長いところだから逆に改修が入ったのかな……。あっ、尋問室1って書いてある。本当に尋問やるんだな。……結果の通達の時に一通り説明はされたし、座学研修もしたはずなのに、なんだかまだ実感がわかないな……。こんな重大な仕事をする部署に僕が抜擢されたって……。警察でもまだまだ若造でひよっこだったのに……。大丈夫かな……。

 ……いやいや、日和ってる場合じゃないぞ、坂井昴。ここは警察で手に負えない案件を請け負う部署。つまり捜査一課で今まであたったどの事件より厄介なものと日常的に向き合う。研修でどれだけ学べるかが今後の貢献度に直結する。この実地研修が、今後の仕事に関わる大勝負……! お、A班の詰め所……ここだ。


坂井:(扉をノックし)失礼します。

森:どうぞ。

尾崎:おっ、キミが新人くんだねー。いらっしゃーい。こっちこっち。

坂井:あっ……おじゃまします。(ちょっと拍子抜け)

菊池:あら、随分と若い子が来ましたねえ。お茶飲みます? クッキーもありますよ。

森:ひとまず、先に自己紹介してもらおうか。お願いできる?

坂井:あっ、はい! ……ごほん。神奈川県警捜査一課出身、坂井昴です! 本日より研修生としてお勉強させていただきます! 全力で取り組んでまいりますので、何卒よろしくお願いいたします!

森:ありがとう。よろしく。

菊池:よろしくお願いします。やっぱり警察上がりの人って礼がきれいですねえ。

尾崎:あ、ねーねー、質問いい?

坂井:はいっ、なんでしょう?

尾崎:一課の人にずっと聞いてみたかったんだけどさあ、あんぱんと牛乳ってガチであんの?

坂井:えっ!? えっと……人によります!でも菓子パンは血糖値が上がりやすくて、食後に集中力が下がりやすいので、むしろ避ける人が多かった印象です。僕はおにぎりとお茶派でした!

尾崎:ほえー、そうなんだ。坂井くんは海苔パリパリ派? しっとり派?

坂井:あ、基本は現場では海苔ナシですね。パリパリのやつは包装を剥く手間が目を離す時間の長さにつながってしまいますし、ゴミや海苔の破片が散乱しやすいので、張り込みの時は避けます。

菊池:あらー、刑事さんの裏話って面白いですね。

尾崎:具は何たべんの?

坂井:酸味で目が覚めるのと疲労回復を狙って、梅干しは必ず入れてました!

森:へえ、理にかなってるな。

坂井:えへへ、恐縮です。

森:こちらの自己紹介が遅くなったね。A班班長、森成智です。よろしく。

坂井:よろしくお願いします!

尾崎:尾崎幸輝でーす。

菊池:菊池由里子です。書記官やらせてもらってます。

坂井:森さん、尾崎さん、菊池さん……。はい、覚えました。お世話になります。

森:とりあえずこれからのプランなんだけど、坂井くんには尋問を一通り見学してレポートを出してもらうことになってます。

菊池:ちょっ、それ大丈夫なんですか……?

森:上の決定。

坂井:あの、ひととおりというと?

森:俺の単独、尾崎の単独、俺と尾崎の二人体制の三つ。ちょうど明日、明後日、金曜と入ってる。今週はぎっちりだから。

尾崎:マジだりーんだよな。尋問はいいんだけどさー、報告書が多すぎ。

森:尾崎、黙って。……ということで、今から三件分の事前資料を渡すから、尋問本番までに概要は頭に入れといて。その方が理解がスムーズだと思う。当日は、菊池さんが部屋の隅で記録とってるから、その横にいてもらおうかな。

坂井:了解です。

森:じゃあこれ、資料ね。一人でやった方が集中できるなら、会議ブースの空き部屋を使ってもいいし、そこはご自由に。わからないことがあれば遠慮なく聞いて。

坂井:はいっ。……では、お言葉に甘えて、小会議室の方、行かせてもらいます。

尾崎:お、じゃあ俺案内するよー。ついてきて!

坂井:わ、ありがとうございます。助かります。


菊池:……行っちゃった。尾崎さん、明らかにあの子気に入ってますね。いい子そうです。

森:だな。加えて、尾崎の唐突で雑な質問でも、結論から簡潔に答える。飲まれないけど合わせられる調整力がある。しかも内容が実務上きわめて合理的。一課出身はこの部署にも多いし、即戦力の保証書みたいなものだけど、及第点は超えてきたかな。

菊池:……私は、あの子がいい子過ぎて潰れないか心配ですけど。

森:むしろそれで試金石としてのうちの班なんだろう。A班で潰れなければ本物と上が判断した。だからめったに研修生の来ないこの班に送られてきた。俺が班長になってからは初めて。つまり異例の人事ってこと。

菊池:だからって初週に尋問三連続はスパルタな気がしますけどねえ……。

森:上も戸惑ってるんじゃないかな。持て余し気味な雰囲気を感じる。……ああ、そっか、口頭試験の解答は班長にだけ送られてきてるのか。だから菊池さんは見てないんだ。

菊池:……?

森:菊池さん、ここに入る前の試験、覚えてる?

菊池:ああ、確か……大企業に勤める女性の横領案件の、動機と人物像を当てるっていう……。

森:そう。プロフィールと、取り調べの冒頭の部分を渡されて、書いてない情報を考えさせられるやつ。真面目で経済的に余裕がありそうな人がどうして着服したのか、っていうのがミソだった。

尾崎:おっすー、ただいま。なんの話?

森:おかえり。裏部署の登用試験の話。

尾崎:あーはいはい、あのブランド沼った子のやつね。懐かしー。それがどうしたの?

森:坂井くん関連でね。……尾崎、お前はどうやってその答えにたどり着いたか覚えてる?

尾崎:えー? なんか記録読んでたら、刑事さんのスーツ褒めてんのが妙に距離近いなって思ってさ、経歴的にTPOはわかりそうだし、人の機嫌とらないと不安なタイプかなって。対人不安強いタイプで、たぶん根っこに愛情の欠落がある。だとしたらそういう人って自分を過剰に飾る癖あるから、その延長でブランドに手出して、VIP扱いで沼ったパターンぽいなって。ああいうのって自己肯定感低めの人ほどハマるし。

菊池:わあ、あれだけの情報でそこまでわかるんですね……。さすが尾崎さん……。

尾崎:そういや森くんはどう答えたの?

森:俺はシンプルだよ。社会的地位のある人が横領のリスクを考えられないはずがないから、目の前の誘惑に対して抑制のきかない精神状態だったんだろうと考えた。となると何らかの依存症の可能性が濃厚。ギャンブルするタイプじゃないし、日常と地続きで女性が陥りやすいのは外見への自己投資。大企業ならローンも通りやすい。その消費サイクルで経済的破綻に陥ったのではないか、と。

菊池:森さんらしい理路整然とした解答ですね……。

尾崎:菊池さんは?

菊池:私は、女性ってやっぱり美しくあれって圧がありますし、再就職のプレッシャーも強かっただろうから、セルフケアとか自己研鑽を繰り返しているうちに金銭感覚が麻痺して、いざ請求を見てパニックになったのかな、って感じでしたかね……。

尾崎:当事者目線だねえ。感情移入と俯瞰のバランス、めっちゃ菊池さんっぽいわ。

菊池:同じ問題でも考え方が分かれるものですねえ……。

森:そこで坂井くんの解答を見てみよう。これだ。

尾崎:えちょ、文字多くね!? 

森:うん。1500字ある。

菊池:わあ……。

森:加えて、坂井くんは動機と人物像だけでなく、その形成過程や思考回路まで、成育歴レベルで考察してる。愛着障害の傾向、それを形作った家庭環境、中高生の時の部活動やクラスでの立ち位置、果てには大学時代のアルバイトまで。

尾崎:そんなこと書いてあった!?

菊池:いえ、履歴書レベルの情報しかなかったような……。

森:読んだ限り、出身地の土地柄と些細な言葉選びから割り出してるね。スーツを褒める時の「チャコールグレー」って言い方から、趣味の映画鑑賞と田舎の文化圏を参照して美術部までたどり着いてる。

尾崎:バケモンじゃん!?

森:まあ、間違ってはないな。わかりやすく言うと、俺と尾崎と菊池さん全員の視点を全て足して、心理学・精神医学・社会学・経済学・教育学・地域文化全部での分析をふまえて統合したのが坂井くんの解答だった。

菊池:すごい知識量と分析力……。これはうちの部署に推薦されてしかるべきですね……。

森:人事の内藤さん曰く、坂井くん、結果通達の時に「不足があったら推薦してくれた人に申し訳が立たないところだった」って心配を吐露していたらしい。

尾崎:不足う!? ……つかさ、事前整理にいたら助かるってレベルじゃなくね? 即戦力どころじゃないっしょ。

森:だからこの班に回されてきたって話だろ。うちは少数精鋭だから噛み合う人材がなかなかいなかったし、だからこそ人手不足でもあった。研修で俺らの尋問を一巡させるよう指示があったのは、実務にそなえてA班のスタイルと空気感を実地で学ばせるため。身体で覚えるのが一番効率がいい。耐えられなければそこまで。でも耐え抜いたら……。

菊池:――化ける。

森:そう。どのくらい再現性があるかはまだわからないけど。……さて、どう転ぶかな。尾崎、お前はどう見る?

尾崎:んー? 坂井くんいい子だよ? それにあの子、わりと根性あると思う。

菊池:尾崎さんが言うなら、そうだと信じたいですね……。こちらもできる限りフォローはします。

森:ああ、よろしく。



〇見学1日目

坂井(N):とうとう今日から尋問の見学……。事前に資料は読み込んだけど……。自分がやるわけでもないのにドキドキする……。

菊池:坂井くん、準備はどう?

坂井:はいっ。たぶん大丈夫です! ……あの、森さんてどういう尋問をなさるんですか? 怖いって小耳に挟んだんですけど……。

菊池:怖いって言っても、怒鳴ったりわかりやすい脅しは一切ないよ。――まあ、見てみたらわかる。そろそろ行こうか。


(尋問開始)(Nは心の声。小声で)

森:ただいまより聴取を始めます。まずは基礎情報の確認をいたします。はじめに、お名前をどうぞ。――ありがどうございます。では、次にご年齢を。

坂井(N):森さん、脚組んで座ってる……。書類から一度も顔を上げないの、逆に威圧感あるな……。声が静かで淡々としてるからこそ、息が詰まる……。

森:続いて生年月日をお願いします。――ありがとうございます。次にご出身を。

坂井(N):これ、もしかして……。間違えようのない質問に答えさせて口をあっためてる……? 

森:では、次に学生時代について伺います。卒業した学校を順に教えてください。――ありがとうございます。

坂井(N):やっぱりそうかも……。あっ、被疑者、逆ギレした! どういうつもりだって、めっちゃ怒鳴ってるし固定用の手錠ガチャガチャいってる……。怖いな……。どうするんだ……?

森:――反省の色なし、居直りの逆上ありと追記をお願いします。(菊池の方を向き)

菊池:承知しました。

坂井(N):目の前でチクった! ひい……。無慈悲……。記録係の菊池さんも巻き込んで一室の雰囲気作ってる……。

森:……気は済みましたか? では再開します。続いて、一つ目の勤務先についてお話ください。まず応募に至った経緯から。

坂井(N):ああ……事務的すぎて怖いよお。

森:この職場で人間関係のトラブルがあったとのことですが、詳しくお願いできますか。

坂井(N):わ、ぬるっと本題に入った……。

森:――なるほど。続きをどうぞ?

坂井(N):あっ……。このなるほどは……。矛盾を見つけたやつ……。そのうえで泳がせてるんだ……。あとでまとめてめった刺しにするんだ……。

(沈黙)

森:どうしました? 考える時間が必要なら差し上げますよ。

坂井(N):ひぃ……沈黙の抵抗すら許さない……。待つという名の静かな圧……。

森::自分は悪くない。……そう考えた理由を教えていただけますか。……それは論点のすり替えですね。もう一度だけお尋ねします。次は私の質問にお答えください。

坂井(N):これ、ほぼ死刑宣告では……!?

森:――なるほど。少々確認よろしいですか。まず一つ目――

坂井(N):あああ、処刑タイムきた……。すんごい並べてる……。これは崖っぷち……。引き返そうにも戻れないやつ……。

森:――以上です。ご説明を。

坂井(N):ここで初めて目を合わせるッッ……!!


(終了後)

菊池:……お疲れ様、坂井くん。大丈夫?

坂井:(ぐったりしながら)……なんか、詰め将棋みたいでしたね……。詰みが見えても投了させてもらえない感じの……。

菊池:ああ……わかる、森さんは勝ち筋見えてからが本番だからね……。

坂井:これが尋問部署のエースですか……。

菊池:……森さんはまだ理解できる方だよ……。(遠い目)

坂井:どういうことですか……!?



〇見学2日目

尾崎:おっすおっすー。今日俺のとこかー。よろしくねー。

坂井:はい、よろしくお願いします。……尾崎さんの尋問って、なんだか想像つきませんね。

尾崎:俺はいつも通りやるだけだよー?

菊池:いつも通りだから怖いんですよねえ……。(小声)

坂井:……?

尾崎:まあ途中でちょっとキャラ変えるからびっくりはするかもー。楽しみにしといて!

坂井:は、はい……。


(尋問開始)

尾崎:お、いらっしゃーい。今日いい天気だよねー。そこの窓からも、ちょっと空見えるっしょ? そういや昨日の夕方急に雨降ったの知ってる? 俺さ、そういう日に限って洗濯物干してるタイプでさー、昨日も雨に降られたんだよねー。あ、ねえねえ、洗濯物って外干し派?

坂井(N):これは……尋問? なんかすごい雑談して……。

尾崎:やっぱお日様に当てると違うよねー! つか大家族だったっしょ、洗濯物大変じゃなかった? あー、やっぱそうなんだ。部活の汚れた服は二度漬けで手洗い!? えらっ! 石鹸なに使ってんの? へえ、ウタマロ! あれそんないいんだ! お母さんの知恵だねえ。

坂井(N):すごい褒めて……ねぎらってる……。これは、心を開かせるため……?

尾崎:お母さんってやっぱ大変だねえー。育ち盛りの男の子もいるしご飯とかも大変だったっしょ? 俺も高校生の時とかめっちゃ食ってたもん。わ、やっぱり? え、一升炊くの!? すっげえ! え、唐揚げの時はモモ肉二キロ!? やば! 一瞬でなくなんの!? マジで!?

坂井(N):いや、普通に楽しんでる……?

尾崎:へえ、一人でずっと面倒見てたんだ。旦那さん手伝ってくれないのきついねえ。育児ワンオペって地獄でしょお。あー、そうだよね、子どもが新生児の時は寝れないよねえ。俺独身だし子どもいないけどさー、同級生とかで親になった子の話とか聞くと、すげーしんどそうだなって思うもん。……うんうん、いいよー、いっぱい愚痴りな。

坂井(N):なんかすごく優しい……? 昨日の森さんとは正反対の人間的なぬくもり……。

尾崎:そっかそっかー。あー、それたぶん、多産DVってやつだね。うんうん、断れなくて……うん、そうなんだ、脅されたら怖いよね。そりゃ身体動かなくなるよ。……あー、経済的な脅しもあったんだ……うん、そうだよね、仕事復帰したくてもそれだけ子どもいたらできないしね……。しんどかったね。

坂井(N):お手本のような傾聴……。ここ尋問室ですよね? カウンセリングルームでしたっけ……。

尾崎:じゃあさ、旦那さんを殺したのも、子どもたちを使って死体を埋めさせたのも、強盗させてたのも、それが理由なのかな? ねえ、親って子どもを地獄に道連れにする権利があるんだっけ?(友達モード終了。半トーン低く、落ち着いた声)

坂井(N):流れ変わった……!? 急に、声から温度が……。

尾崎:子どもたちから見たら、お母さんだって立派な権力者だよね。逆らえない大人。自分から手伝ってくれたって……それ、加害者への適応だよ。旦那さんを前に身がすくんだあんたと一緒。抵抗できなかった、顔色伺うしかなかったって、さっき自分で言ってたじゃん。(嘲笑)

坂井(N):さっきまでの雑談を手札に、躊躇なく痛点を刺した……!?

尾崎:ん? 裏切られたみたいな顔してどうしたの? ――どうしてここに来たかも、ここがどこなのかも、自分の立場も、忘れちゃった?

坂井(N):ひっ……! 豹変が、豹変がすごい……!

尾崎:……ん? なんで謝るの? 罪悪感? 自己弁護? 今楽になりたいから?――ねえ、謝るべき相手は俺じゃないでしょ? 本当は誰に言わなきゃいけないと思う? ――うんうん、つらいね、泣きたいね。でも今のあんたに泣く資格あるかな? 自分が何したか覚えてるでしょ? 

坂井(N):えぐい、えぐい……! 寄り添うふりでぜんぶ刃物にしてる……!

尾崎:泣いて許されるラインはとうに超えてるの、わかるよね? うん、じゃあ、ちゃんとお話ししてごらんよ。今のあんたにできる罪滅ぼしは、もうそれだけだ。

坂井(N):えっ……こわ……。


(終了後)

菊池:……坂井くん、ほら、あったかいカフェオレ。うんと甘くしたよ。

坂井:ありがとうございます……。……気圧差で耳が痛い気がします……。僕、何も信じられなくなりそうです……。

菊池:初見はやられるよね……。私も初めて記録に入った時は、その日の夕飯食べれなかったよ……。

坂井:菊池さんにもそんなことが……。

菊池:……でも、一人だけならまだマシなんだなあ……。

坂井:……考えたくないけど、心の準備しないと死ぬやつですね……。



〇見学三日目

坂井(N):今日は二人体制の見学……。二日目までのレポートは昨日があいていたからどうにかまとめられた……。今日が終わってレポートが出せれば研修も終わり……。どうにか生き延びる……。

菊池:坂井くん、今日を耐え抜けたらもう本当に大丈夫。今までもよく踏ん張れてるし、ちゃんと周り見れてる。自信もって。

坂井:本当、ありがとうございます……。菊池さんがいなかったらたぶん折れてました……。


(尋問開始)

森:では聴取を始めます。最初に基本情報の確認をいたします。まずお名前を教えてください。

尾崎:緊張しないでいいよー、ただ間違ってないか確かめたいだけだからさー。(にこにこ)

坂井(N):これは……森さんが淡々と進めることで、尾崎さんに誘い込む構図……?

森:ありがとうございます。では次に、生まれ年と誕生日を。

坂井(N):生年月日って言わない……? これ、被疑者の教育的ドロップアウトが小学校なのに合わせて言葉を選んでる……? 小学校教師という人物像を演出してる……?

森:ありがとうございます。

尾崎:おっ、てことはしし座かー! 俺と一緒じゃん!

坂井(N):単純な嘘……だけど被疑者には確認しようがないし、共通項で親近感を持たせるにはうってつけ……。やっぱり誘い込んでる……。

森:では次に、出身地をお願いします。

尾崎:へえ、埼玉なんだー。あそこ夏暑いよね、40度とか行くっしょ。あれって熊谷だっけ? あれ、越谷?

坂井(N):答えやすい事実を呼び水にして雑談に誘導……。訂正させやすいようにあえて誤情報を挟んで……。

尾崎:やっぱ熊谷かー。そうだ、埼玉の人に一回聞いてみたかったことあってさー、『翔んで埼玉』って見たことある? ――お、やっぱあるんだ。あれって埼玉の人的にはどうなの?

坂井(N):地元トークに滑らかに導入した……! 森さんは黙って見てる……。あえてそうさせてるってこと……?

尾崎:へー! あの感じリアルなんだ! じゃあ池袋がほぼ埼玉ってのもマジなん? ――うんうん、中高生の休みの日とか放課後の定番なんだ! それ“めちゃくちゃ”いいねー!うらやま!

森:なるほど。ご自身も中高生の頃はよく池袋に? ――そうですか。では、中学生の時に初めて補導された経験もそこで?

坂井(N):わっ、急に切り込んだ……!? 尾崎さんの雑談からのバトンパスがスムーズすぎる……! 口ごもってるってことはかなり痛点……! えっ、なんで……? 森さんなんで受け取れた……? アクセントは特徴なし、目配せもないし、聞いてるだけだとただの雑談……。どこで意思疎通を……。

森:事実と違うことがありましたか? 警視庁の記録から補導歴が複数確認できていますが……。

尾崎:えっ、何したん? 万引きとか?(心配)――ありゃ、西口公園で遊んでただけだったんだ。友達と遊んでて時間忘れるとか“超”あるあるじゃんねえ。それで親とか先生に怒られんのだるいよねえ。――あー、いるいる、そういう頭ごなしな先生。“すげー”わかるわー。

坂井:わっ、わざと重めの「万引き」を出して、森さんの質問に対する回答のハードルを下げてる。すごい連携……。

尾崎:その時に池袋でつるんでた友達とはその後も仲良かったの? ――へえ、いいなあ。そういう友情って“ほんとに”貴重だよねー。

森:では詐欺グループの幹部となったメンバーはその頃からの知り合いですか?

坂井(N):また切り込んだ……! 黙った、この感じは図星っぽい……! えっ、なんだろう……合図になってそうなもの……そうか、強調だ! 今回は「ほんとに」を、自然に使える暗号にしてる……!

尾崎:もしそうなら、俺、ついていきたくなる気持ちわかるなー。なんかカリスマ性あるタイプだし。

坂井(N):沈黙の中で攻めにいった……! これは、被疑者の理想の自分像で自尊心をくすぐってる……!

尾崎:ん? 意外そうな顔してどした? 勉強だけができる人よりよっぽど賢いのわかるよー? わかる人はわかるタイプの頭の良さじゃない?

坂井(N):あーっ! 一番言って欲しそうなことをここで……! あっ、口開いた、心も開いてる……! 幹部たちは自分の本質を見てくれたって、ドンピシャな部分を引き出した……! 恐ろしい人心掌握……。

尾崎:うんうん、そっか。似たような境遇で尊敬する仲間に一目置いてもらえるって、それ“すっごく”嬉しかったね。

森:なるほど。知識層を狙った特殊詐欺は、相手の経済力を見ていただけでなく、あなたや仲間の私怨も根本にあったということで間違いないですか?

坂井(N):あっっっ。刺しにいった……!「すっごく」はやっぱりマーキングだ! 尾崎さんが開けた穴に的確に……! ……被疑者、黙ったぞ、ここからお二人はどうするんだろ……。

尾崎:(友達モード終了)自分を馬鹿にしてきたような人種を出し抜けるって気持ちよかったでしょ? 成功したら、自分が相手より有能だって確かめられて、スカッとするよね。

坂井(N):うわああ! 出た、豹変! 尋問官モードへの切り替えの音が聞こえましたよ……!

尾崎:でもさ、気づいてた? 職業で同類とみなしてインテリ層そのものに復讐するの、「成績が悪いからバカ」ってレッテル張りしてた先生たちと同じことしてるよ。

坂井(N):ひっ、あまりにも辛辣な自己対峙……! わ、アイコンタクトした……! あれは……「押せば行ける」的なやつ……? 二人とも目が冷静な捕食者すぎる……。

森:では、今から各事件の詳細を確認いたします。よろしいですか。

尾崎:本当に賢い人間なんだったら、今からどうすれば自分のためになるのかわかるでしょ? ね?

坂井(N):ここで被疑者の自己像を利用……。これは……逃げられない……。


(終了後)

菊池:おーい、坂井くーん。よし、まだ生きてるね。

坂井:(げっそりしながら)……はい、なんとか……。

菊池:本当にお疲れ様だったね。ほら、おやつ食べな。チョコあげる。

坂井:……ありがとうございます……っ(目が潤む)。……菊池さん、あの連携って、その場で出た情報から即興で……?

菊池:ああ……あれね、びっくりするよね。一応、合図は共有しているみたいよ。

坂井:すごいですよね……強調を合図にするって……。会話に馴染みすぎててびっくりしました……。でも確かに、有力情報って被疑者にとっても重要ですし、違和感ないんですよね……。

菊池:あれが戦術なんだよね。二人でやるときって、難易度Sの難しい案件の時だけだから……。手心なし。

坂井:被疑者、情報と一緒に魂も吐いてましたね……。僕も出そうです……。

菊池:……あれ見るとねえ……。

坂井:尾崎さんを唯一の逃げ道だと思わせて、退路を塞ぐ……。最後は論理と精神の両側から……。心を折らせる最短ルートですよね……。

菊池:わかるよ……。三日間ほんとにお疲れ様だったね。今日はもうあがりな。レポートは来週でも大丈夫だから。

坂井:はい……。では、お言葉に甘えて……。お先に失礼します……。


森:お疲れ。

尾崎:おっつー。(あくびをし)菊池さんのタイピング、今日もASMRだったわー。

菊池:お二人ともお疲れ様です。坂井くん、だいぶ消耗していたので先に帰らせましたよ。

森:ありがとう。

尾崎:ほぼ連続で三件見るのはきついよね、尋問中は休憩もできないしさー。

森:……どう、坂井くんは。

菊池:優秀です。――お二人の“合図”、見抜いてました。

尾崎:え、マジ? 事前情報ゼロで?

菊池:ええ。意図と効果まで把握してました。「論理」と「心理操作」というお二人それぞれの武器も、尾崎さんへの誘導の構図もセットで。

森:へえ。……やっぱり彼、情報の分析精度が図抜けてるな。

尾崎:緊張してそうだったのにねえ。

森:――今日の分のレポートは免除にしようか。代わりに前倒しで実戦投入したいな。早速、A班宛に、ややこしそうな案件が来てることだし。

尾崎:げっ、マジだ。

菊池:国籍と本名が不明、アジア人であることのみ特定済み。……Sランクの中でも厄介な案件ですね。これを?

森:坂井くんの分析がどのレベルなのか知るには打ってつけだろ? 上は尋問補佐の分析官として彼を置きたいという意向だろうし。今の俺たちに一番欠けてるパーツとして、彼がどのくらい機能するのか、見てみたい。

尾崎:げえ、何週間コースよ……。これさあ、俺と森くんと菊池さん三人がかりで、外のルートにも協力仰いで、事実整理だけで一週間かかるやつじゃん。

森:だからそこは同時進行で様子を見る。もとより研修生に丸投げするつもりはないよ。

菊池:手加減なしですね……。

森:俺が手加減したとして、被疑者は手加減してくれないからね。



〇週明け、火曜日

(喫煙所)

森(N):(煙草を吸いながら)……さて、火曜の業務もあと三時間か。坂井くんは大丈夫そうかな……。あとで様子を見に行ってみるか……。

菊池:(扉をノック)森さん、ちょっといいですか。(こわばった顔)

森:ん? わざわざ喫煙所まで来るなんて珍しいですね。何かトラブルでも――

菊池:いえ、終わりました。

森:……え?

菊池:終わりました。

森:いや、聞こえてる。……事実整理がもう終わった? 二日足らずで?

菊池:はい。先ほど昼休憩後に、声をかけられまして。


(回想)

坂井:すみません……お手数なんですけど、僕の話すことを今から打ってもらえませんか? なんとなく掴めたんですけど、僕が手動でアウトプットするより、菊池さんに入力してもらう方が効率いいと思うので……。

(回想終了)


菊池:と申し訳なさそうに頭を下げられ、事実整理と戦略案が出来上がりました。

森:……一応聞くけど、Sランクだったよね?

菊池:Sです。

森:ですよね。……二人体制確定の難易度でそれか……。

菊池:そのことなんですが……。坂井くんは本件の尋問を「森さんだけで対処できる」と。

森:……というと?

菊池:聴取記録の語彙や口癖から、被疑者に父権主導の教育虐待由来のエリートコンプレックスが見えるから、森さんが対面して話しているだけで父親とエリートの両方のトラウマを刺激でき、十分に心理的動揺を引き起こせると。

森:……今回、家族構成データあったっけ?

菊池:ありません。

森:だよね。国籍と本名も不明だったし……。

菊池:それが……坂井くん曰く、出身地は香港ではないかとのことです。地域的に中国の中でも受験戦争が激しい上、刺青のデザインと、喋り方の癖が特徴的だったと。

森:……刺青と喋り方で広東語圏に絞った……?

菊池:本人は「たまたま大学同期に香港からの留学生がいただけです」と手をぶんぶんしていました。

森:……今本人はどこに?

菊池:自分のデスクにいます。ガチャで爆死したとかでデスクに崩れ落ちていました。横で尾崎さんが大笑いで背中を叩いてました

森:ガチャ……?

菊池:天井を突破しても推しが出なかったそうです

森:そう、報告ありがとう……。



(その頃、A班詰所)

尾崎:なんでS案件は二日でペロリなのにSSRは出ないのぉ坂井くん!(ツボってる)

坂井:うう……今回のガチャのために石貯めてたのに……。

尾崎:ひひっ、ほんとかわいそー! もー、そんな落ち込むなよー、こっちはお前のおかげで仕事減って助かってるってぇ!(にっこにこ)

坂井:あっ、そういえば、C班の手詰まりの案件、尾崎さんなら五分で終わらせられそうでしたよ。

尾崎:え゛? 何それどこで聞いたん?(嫌そうな顔)

坂井:さっき休憩室の自販機に行った時、すれ違いざまに話が聞こえたんです。証言データの整合性がないそうで、言うことをわざと変えて撹乱(かくらん)する被疑者の可能性が高いです。

尾崎:んー……まー確かにそういうの得意だけどさー?

坂井:手伝いに行きます? 今ちょうど手があいてますし。

尾崎:やだぁーせっかく仕事減ったと思ったのにー!

坂井:あ、そうえば、こういうのってインセンティブとか出るんですか?(無垢な疑問)

尾崎:あ゛!? そうじゃん! おらっ、行くぞ!

坂井:えっ!? わあっ、引っ張らないでください!



(C班助っ人尋問)

尾崎:やあ、初めまして。よろしくねー。尋問つってもお喋りみたいなもんだと思えばいいから。俺、今日は俺もそのつもりできたんだよねー。喋るの得意なんだって? 聞かせてよ。

――うんうん、ありがと。(スイッチON)……すっごくかわいかったよ。聞いて聞いてってママに話しかける子どもみたい。やっと話を聞いてもらえて嬉しかったねえ?(甘さ=軽蔑へ )

――ほんとさ、作り話が上手だよねえ。そうやって注目を集めてるうちは寂しい気持ちもごまかせるもんね。誰もこっちを見てくれなくて、惨めで悲しい本当の自分、忘れられるもんね。

――あら、泣くんだ? 今度はよしよししてほしい? ……でもさ、「かわいそうな子ども」扱いしてもらえる年齢はもうとっくに過ぎてるよね? 今のあんたに残ってるのはもう「大人の義務」だけ。……今度は本当のことを話す番だよ。ほら、お喋り得意でしょ?



(A班詰所にて)

森:ただいま。……あれ、尾崎は?

坂井:おかえりなさい! 尾崎さんならC班の助っ人で尋問してます。

菊池:C班? よその班を手伝ってるの?(びっくり)

森:……経緯を。

坂井:えっと……虚偽撹乱系の案件で停滞して困ってるのが偶然聞こえて……尾崎さん向きかなって思って、ちょうど業務の空白だったので、相談して一緒にお手伝いを……たぶんすぐ戻ってくると思います。

森:……なるほど。

菊池:その状況で尾崎さんが管轄外の案件のために動いたの……?全力で嫌がりそうだけど。

坂井:それが……僕がインセンティブについて質問した途端に乗り気に……。(そんなつもりではの顔 )

森:あー……(察し)。……その申請するの俺か……。他班が絡むと面倒なんだよな……。

坂井:あっ、仕事増やしてすみません……。(しゅん)

森:まあ誤差だよ……業務全体で見たら減ってるし……。

尾崎:たーだいまぁーっ! いやーガチでRTAだったわ、孤独と承認欲求ついたら秒で陥落して草すぎんだけど!

坂井:わぁ、それはベタな虚言癖ですねぇ……。

森:……おかえり。(やや驚き)

尾崎:おろ? 森くんのびっくり顔だーめずらしー。

森:すぐ戻ると思うって言われた直後に戻ってきたら驚きもするだろ……。

菊池:……これ、C班に菓子折り持っていったほうがいいですかね。

森:経費で落ちるかな……。

菊池:ちょっと総務に確認しますね……。


森:……ところで坂井くん、例のS案件についてなんだけど。

坂井:はいっ……何か間違ってそうなところありました……?

森:いや、菊池さんから概要を聞いたから、少し確認をとりたいだけ。まず被疑者の心理的背景についてどう考えたのか教えて。

坂井:はい。……聴取記録のテキストデータ見てて、この人、賢さとか有能さで人をジャッジする癖があるなって思ったんです。『日本の警察はレベルが低い』って鼻で笑う時の主語の大きさも気になりました。国家システムを持ち出すあたり、権威を看破して批判できる自己像のアピールに見えました。優秀さを誇示せずにはいられないのは、強い劣等感の裏返しです。愚かさや低能さに偏った挑発は、同時に自分の語彙になるほど自分自身も言われてきた過去も示唆します。

森:なるほど。父性というのはどこから?

坂井:権威主義と儒教的な父権主義は地続きです。権威を笑い飛ばすのはそれを恐れているからでもある。……加えて、聴取の音声データも比較したんですけど、この人、相手が女性の時はより饒舌に小馬鹿にするんです。男尊女卑的な価値観が反射レベルに染みついてる。これは父権が強く母子が隷従する家族構造で育った影響かなと。

森:……そういうことね。香港のことについても説明してくれる?

坂井:はい。そもそも内容と声の大きさの乖離に違和感があったんです。テキストは理路整然としてるのに、音声だと常に怒鳴ってまくしたてているような口調で。でも、大声での威嚇は目的ではなさそうです。それは彼の重視する知的優秀さとは矛盾する。……どういうことだろうと思って確認し直しているうちに、暑がってる発言が目に留まりました。捜査一課の取調室がちゃんと適温なのは僕も知ってます。……それで、昔、留学生の子も暑がりだったのを思い出しました。香港って冷房がすごく効いてるところらしくて。芋づる式に、初対面のとき、留学生の子が怒ってるかと思ったら普通に話してただけだったっていうエピソードも思い出しました。当時気になって調べたら、母語の発声的特徴の影響らしいとわかったんです。……香港はイギリス統治時代の影響がある上、幼少期から厳しい教育的評価があり、地域的に教育意識と社会的競争の激しいところです。これは教育虐待の誘因になりえますし、儒教道徳と西洋的合理主義の両立は、被疑者の人物像とも合致します。

森:なるほど。刺青の件は?

坂井:ちょっと待ってくださいね……(PC操作)あった。この写真なんですけど、袖から見えている二の腕の刺青、中華的な龍なのに縁取りも色の使い方も西欧的ですよね。東洋的モチーフと西洋的技法……もしかしてと思って調べたら、香港はそういう刺青文化がある場所みたいです。これは無関係の香港人の一般アカウントなんですけど、このインスタの写真とか似てませんか?

森:……インスタは盲点だったな……確かに似てる。……ありがとう、助かった。

坂井:ならよかったです……。

森:菊池さんが戻ったら、協力して会議資料を用意してもらえる? 整い次第、都合を整えて会議室抑えるから。

坂井:わかりました。あの、ひとつお願いが。

森:ん?

坂井:尋問は森さんだけで大丈夫なんですけど、戦略会議には尾崎さんも参加してほしいんです。

森:……わかった。伝えておく。


〇後日、戦略会議

坂井:……以上が、本件の概要です。

森:ありがとう。

尾崎:ほえー。あの情報量でまとまるもんだねー。

坂井。えへへ……。菊池さんが事前に要点の整理を手伝ってくれましたし。

菊池:いやいや坂井くんありきだから……。

尾崎:にしてもこないだのあれおもろかったなー、坂井くんのすげーマシンガントークと菊池さんのすげータイピングの並走。

森:尾崎、話そらすな。

尾崎:つか俺なんで呼ばれたん? 森くん一人でいけるやつなんでしょ?

坂井:それは、尾崎さんのここでの協力ありきなので。

尾崎:おん?

坂井:知的優秀さをアイデンティティにする人と森さんの尋問スタイルの相性のよさは、先ほど説明した通りなんですが……そこにさりげなく差し込める揺さぶりを、尾崎さんなら思いつけるんじゃないかと……。

尾崎:あーね? 要はさ、父親へのトラウマとエリート意識をつけばいいんでしょ?フラバとプライドへし折るの同時に起こせばいいわけだ。んー……とりあえず浮かんだ方向性は、「そんな簡単なこともできないのか」。

菊池:あー尾崎さんらしい……効きますねそれ。

坂井:親からの低能ジャッジの原体験が想起できますね。

森:それなら自然に導入できるな。おそらく都合が悪くなったら黙るタイプだから、その沈黙の時に使える。

尾崎:そーね、目を合わせて森くん特有の圧かけつつ、エリコン刺激かねてあえて丁寧な言い回し使うのがいいかな。そーだなぁ、森くん風に言うなら……「どうなさいました? あなたはこの程度のことすら答えられないのですか?」かな。森くんが言うと、威圧・フラバ・プライドへの攻撃・煽り全部盛りー。

菊池:それは致死量の即効性ですねえ……。(遠い目)

尾崎:あっ……ねーねー!こないだC班の案件でやったような子供扱いも、ダメ押しで使えるくない?あの手のやつはプライドが高い相手ほど効くんだよー。

坂井:ならそこに中国語を使いたいですね、日本語の中で急に故郷の言葉が聞こえたら隙ができます。

森:……付け焼き刃の中国語は逆に相手の優越感を煽らないか?。

坂井:はい。だから長文ではなく一言がよさそうです。……小朋友(シャオポンヨウ)。

尾崎:シャオ……?

坂井:坊や、お嬢さん、という子供への呼びかけです。

尾崎:火の玉ストレートで草ぁ! コスパ最強じゃん!

森:まあ使えるものは多い方がいいか。今回の相手は抵抗が長そうだし。一語だけなら覚える負担も少ない。

坂井:この一言だけなら、非ネイティブであることも逆に有利かもしれません。発音の硬さが重々しく聞こえる。権力の象徴としての父親的威厳と重なります。

菊池:そうなると子ども時代の走馬灯は避けられませんね……。(悟り)

尾崎:尋問室がお父さんのお説教ルームになるねぇー。

森:なら説教らしく、最初は最小限の返事だけ許して事実確認を重ねるか。

坂井:効果的だと思います。その構図の蓄積が小朋友(シャオポンヨウ)の一語で固定化します。



〇尋問本番

森:この椅子に座らせてください。

菊池(N):……森さん、わざわざわかりきっていることを言った。明らかに説教前の「ここに座りなさい」の構図を意識させてるな……。

森:では聴取を開始します。最初は事実確認のみ行いますので、"はい"か"いいえ"のみでお答えください。それ以外の返答は公務への妨害とみなします。

一つ目。パスポートは偽造でお間違いないですか?

では次。中国からベトナムを経由しての入国ということでよろしいですか?

続いてお尋ねします。麻薬の密売ルートの斡旋は事実ですね?

菊池(N):余計なことは語らせない……これも説教の圧……。

森:では次。ご出身は香港でお間違いないですか? (沈黙)――いかがなさいました?どうぞ、ご返答を。

菊池(N):淡々としたトーンのまま核心に踏み込んだ……。ここで初めて目を合わせるの、完全に意図的……。――あ、否定した。ああ、自分から手中に……。

森:では、自由な発言を許可します。その刺青が香港の彫師・李浩宇(リー・ハオユー)さんの作風だとご本人から裏が取れていますが、その件についてご説明ください。

菊池(N):うう……この明らかな誤魔化し、そりゃ森さんなら看破するよね。……あっさり矛盾を並べ立てられて……。これも「親は全てお見通し」の再演みたい……。

森:では次。陳沐辰(チン・ムーチェン)は偽名ですね。本名をお答えください。

(沈黙)

森:どうなさいました?この程度のことも答えられないのですか?

菊池(N):あっ、来た……! 戦略会議で出たカード……! 本名で使うか……! 公務上も心理上も核になるところで……!

(沈黙)

森:……小朋友(シャオポンヨウ)。

菊池(N):……出た、小朋友。視線をしっかり向けたままで……。これは……。

森:――ありがとうございます。漢字表記をご説明ください。

菊池(N):……ありがとうございますで一旦緩ませてから、漢字の説明で原体験をえぐる……。教育虐待と直結するトラウマ……。

森:続いて、成育歴をうかがいます。覚えている最初の記憶からどうぞ。

菊池(N):……ああ、よりによって本人の口から。……でもこれで、事件に至る物語のつながりも見えやすくなるし、本人も重たいものを語った後だからハードルが低くなる。……もう、落ちたな。


森:もう結構です。必要事項は確認できました。以上で聴取を終わります。

菊池:ふぅ……。

森:菊池さん、お疲れ様。俺は引き渡しのあと、執務室によって帰るから、先に戻ってて。

菊池:はい、わかりました。



(A班詰所にて)

菊池:お疲れ様です。

坂井:おかえりなさい! 長時間お疲れ様です!

菊池:ありがとう。

坂井:……あの、香港でした?

菊池:香港だったよ。

尾崎:おー!(ぱちぱち)

坂井:よかったぁ……。状況証拠しかなかったから……。

尾崎:あれはどこで使ったん? 「この程度」と、シャオなんとか。

菊池:本名のところ。

尾崎:マジか! さすが森くん、わかってんなあ。

森:――ただいま。

尾崎:おー、おかえりー。

菊池:お疲れさまです。

坂井:お疲れ様です!

森:……うん、みんな揃ってるね。坂井くんもいるな。

坂井:はい……?

尾崎:おっ?

森:――皆さんご傾聴を。A班班長、森成智より、当班で研修中の坂井昴の辞令報告です。

(空気がピリッとする)

森:この度、坂井くんはA班にて尋問補佐官に正式任命、一次資料の情報整理と戦略立案の担当を任ずる、だそうです。おめでとう。

坂井:新人がそんな大役を任されていいんですか……!?

森:妥当な判断だと思うけど。良いも何も、今回実際にやってもらったし。そのまま継続ってことで。

菊池:だいぶ効率化できて助かったよー。資料作り大変だったから。

尾崎:そーそー、今までは、情報整理から戦略から実戦まで全部俺らだったからね。

坂井:ちゃんとお役に立てるといいんですけど……。

森:まあ、捜査一課からの推薦は伊達じゃなかったってことで。

坂井:……ありがとうございます! がんばります!

尾崎:おっしゃ、そうと決まれば今夜飲み行きますか! 歓迎会!

森:賛成。

菊池:うふふ、美味しいお酒になりそうですね~。

坂井:わあ、いいんですか!?

森:もちろん。何が食べたいか、退勤までに考えといて。

坂井:はいっ!

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【声劇台本】公安裏部署のおしごと 澄田ゆきこ @lakesnow

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