第2話 かぐや誕生
家に帰ると、窓から煌々と光が漏れている。
なにごとかと部屋に入ると、水に差してあった竹が三倍ほどに膨らみ、カタカタ動いている。
何これ、気持ち悪い。
急に怖くなった僕は、家の裏の池へ竹を投げ捨てた。
竹なのに沈んでいく。
何か怖い。
すると、池の中からローブを着た女神が現れた。
……話が違う。
背は高く、ロングのゆる巻き髪に彫刻のような整った顔。
ノースリーブのローブから覗く白い両腕は、大理石のように滑らかで、手に何か得体の知れないものを乗せている。
池から出てきたせいか、顎や指先から水滴が落ち、水面の光に反射して輝いていた。
だが、ローブは濡れていない。
「貴方が落としたのは……」
「A. 仏の御石の鉢ですか?
それとも B. 唐土の火鼠の皮衣ですか?」
どちらもいらない。
……かと言って、さっきの竹も戻ってきてほしくない。
考えあぐねていると、女神の左上唇がかすかに歪み、舌打ちが漏れる。
「チッ……もしかして不法投棄ですか? ではお戻しします。サービスでお部屋までお届けしました。それでは」
池に帰っていく女神。
「お届けしま……した?」
慌てて家に戻ると、丈も胴回りも一メートル近い竹が鎮座していた。
デカい。デカすぎる。
しかし、あの表面の細工は――確かに僕のそれだ。
言葉を失っていると、竹の筋に沿って亀裂が入り、隙間から眩い光が漏れてきた。
光が部屋を包み、目が眩む。
思わず目を閉じ、恐る恐る開けると、そこにはうずくまった女性の影があった。
透き通るようなシルバーボディ。
硬質でありながら、流線型のラインは、僕が思い描いていた理想の造形そのもの。
関節部はボールジョイント。可動域も広そうだ。
顔立ちは少女のようで、鼻は低く、睫毛は長く、小さな唇はふっくらと艷やか。
前髪はパッツンで、黒髪がさらさらと肩に流れていた。
――まさに理想の造形美。
僕は思わず息を呑んだ。
その“造形美”が口を開いた。
「何、池に捨ててんだ。女神が引き揚げてくれなかったら池の水草になってたぞ。
てか普通、竹林にあった時点で竹を割って出してくれるところだろ?」
……実にもっともだ。返す言葉もない。
「ま、まあ、何だ。とにかく何か羽織れ」
僕はそっと着物を差し出した。
着物を羽織りながら、彼女は静かに名乗った。
「はじめまして。わたしは――
略して KAGUYA Mk-II。あなたが奥菜ね」
キャラが変わった。
しかし、何て完璧なネーミングセンスなんだ。
「わたしは遠い未来から来ました。この先の時代、巨大な彗星が月の軌道をゆがめ、月が地球に落ちてきます」
「えっ、じゃあ、月のうさぎさんは……」
思わず口を挟んだ瞬間、彼女の目が一瞬だけ死んだ。
「…………チッ」
はっきり聞こえた。
……本日、二回目の舌打ちだ。
この人、冗談の概念とかないのか?
「とにかく。それを阻止するために、わたしは“完全体”になる必要があります。
そのための素材が、この時代にあるんです」
そこから怒涛の説明が始まった。
途中で何度かウトウトして、そのたびに無言で肩を小突かれる。
まとめるとこうだ。
遠い未来、巨大彗星の接近により月の軌道が狂い、月が地球に落ちる。
彼女はそれを防ぐために造られたが、まだ出力が足りない。
その出力を補うために、この時代にある五つのロストテクノロジー――
「仏の御石の鉢」「蓬莱山の宝の枝」「唐土の火鼠の皮衣」「竜の頸の五色の玉」「燕の子安貝」
が必要だという。
そして、それらを組み込むには、僕の技術がいるらしい。
……いや、未来で組み込むこともできるが、
“SUSANOH Dragon”の作者による造形にしたい。見た目も大事、とのこと。
未来で僕の作品が評価されている!
僕は二つ返事でロストテクノロジーの組み立てを承諾した。
「ところで、その五つの宝物はどこにあんの?」
「蓬莱山の宝の枝はあの蓬莱山、竜の頸の五色の玉は暗いところ――竜の宮殿にありますね」
……アバウトすぎる。
「それって危なくない? 生きて帰れるかな……?」
「とても危険です。過去五十二回失敗し、今回が五十三回目のタイムリープですから」
「は?」
「大丈夫です。慣れてますから」
……いや、それが一番怖い。
だが、未来のキッズたちが僕の造形を求めている。
そして何より、困っている女性を放ってはおけない。
僕は五つの宝物を求めて旅立つことに合意した。
……とはいえ、今日はもう遅い。
計画は明日の朝に立てることにした。
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