第3話 「仏の御石の鉢」と「唐土の火鼠の皮衣」

しかし、「仏の御石の鉢」と「唐土の火鼠の皮衣」――。

どこかで聞いたような気がする。


そうだ。裏の池の女神だ。あの人が持っていた。


翌朝、僕はそのことを彼女に話した。


「そんなに近くに? これは運命ですね。さっそく譲ってもらいましょう。

 ところで、その女神とはどうしたら会えるんです?」


「いや〜、僕も昨日初めて会ったばかりでね。

 もう何年もここに住んでるのに」


「出現条件とか、なにかトリガーが?」


「そうだ、竹を池に捨て――いや、落としたときに出てきたんだ。

 もしかして、何か落とすと拾ってくれるのかも」


「なるほど。では、落としましょう」


即断即決。怖い。


僕らは身の回りのものを片っ端から池に投げ込んだ。

枕、茶碗、まな板。

……出てこない。


部屋は夜逃げ後のようにがらんとしている。


「……全然出てきませんね」


「おかしいな。条件が違うのかも」


「“とても大事なもの”じゃないと出てこないんじゃないですか?」


「うーん、竹はそんなに大事じゃなかったけどなぁ……。

 気持ち悪かっただけで……」


彼女の左上唇がわずかに歪む。


「あっ、いや、そうだよ! きっとそうだよ!」


「じゃあ、この道具箱とかどうです? とても綺麗に手入れされてて、大事そうですけど」


彼女の手が、僕の竹細工道具に伸びた。

それは駄目だ。道具は職人の命だ。

止めようとする僕、池に放ろうとする彼女。

道具箱の取っ手を取り合い、もつれる二人――。


「あっ!」


取っ手が取れた。

次の瞬間、僕は池に落ちていた。

五十三回目、早くも……完?



---


「ごぼっ!」


水を吹いて目を開けると、彼女が心配そうに覗き込んでいた。

頭は痛いし全身びしょ濡れだ。……けど、生きてる。


「……死んだかと思った」


よく見ると、彼女の腕には、宝物が二つと僕の道具箱。


「譲ってもらえたんだな、二つとも」


「はい。気づいたんですね。良かった。そして、さっきは……ごめんなさい」


「まあ、いいよ。不慮の事故だし。それで――何て言って二つとも?」


彼女は少し考えてから、照れたように答えた。


「……なんて言ったか、忘れました」


「はぁ!? さっきの話だろ!?」


僕は思わず大笑いした。

彼女も小さく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る