五十三回目の竹取物語

haru

第1話 竹取物語

――いつか、君は僕を忘れてしまうだろう。


今となっては昔の話だが、僕は山に入り、竹を取り、竹細工を作って暮らしていた。

慎ましくも、自分の身の丈に合った生活だった。

竹だけに。


ある夜、材料を取り終えて山を下りていたところ、薄く光る節を持つ竹を見つけた。

長年この山に通ってきたが、こんな竹を見るのは初めてだった。


「最近は菜種油も高くなってきたし、明かり代わりにちょうどいいな」


僕はその光る竹の上下の節にナタを入れ、切り出して持ち帰ることにした。

不思議な竹ではあったが、なぜか怖いとか不気味だとか、そういう感情は起こらなかった。


家に持ち帰った竹は、より明かりを取るために表面を薄く削り、細工を施し、水に差して作業場に置いた。

程よい明るさで作業も捗る。

その日は夜なべして新作竹細工を製作した。


完成だ。その名も――

Seraphicセラフィック Umbraアンブラ Silentサイレント Arcaneアルケイン Nocturneノクターン Oblivionオブリビオン Hollowホロウ Dragonドラゴン

――略してSUSANOH Dragon”

熾天使の幻影のように静謐で難解な夜想曲を奏でる忘れられた虚ろな翼竜、という意味だ。

翼を広げた竜の造形。対象年齢六歳以上。

子供にも危なくないよう、角を取った安全仕様。


バイクに跨り、麓の町まで売りに行く。

愛車は「疾風しっぷう」──1200cc/V型2気筒/121ps/196Nm。

ビッグトルクが唸る。

クラッチの重さも慣れれば筋トレだ。

カウルは割れてるけど、エンジンは生きてる。


人間もそれくらいで、ちょうどいい。


ブロロロロ〜。


町に着くと子供たちがわらわらと寄ってくる。

贔屓にしてくれているのは、町の豪商・都紀ノ國屋つきのくにやの息子(八歳)。

いつも新作竹細工を心待ちにしている。

毎度ありがとうございます。


しかし、都紀ノ國屋の主人は僕を苦々しく思っているようだ。

よく分からない竹細工で家が一杯になっているからだ。

それでも、いつも店の軒先に露店を構えるのを許してくれる。

優しい。


言い忘れていたが、僕の名前は奥菜おきな 竹翔たけと

町の人は僕を“竹工房タケトリー奥菜おきな”と呼ぶ。


露店を開くと、竹細工は飛ぶように売れる。

確かな造形と心躍るギミックは、子供心を鷲掴みだ。

しかし、やはり一番人気はオーソドックスな竹とんぼ。

羽根の曲がりを絶妙に調整しているので、よく飛ぶ。

あまりに飛びすぎて失くしてしまう子も多いので、リピーター率も高い。

計算通り。


竹細工の在庫が少なくなってきたので、露店を片付け始めた。

そこへ、都紀ノ國屋の主人が覗きに来る。


「またこんな子供だましの人形を。……まぁしかし、おかげで子連れの客は集まるし、

子どもも騒がず、親もゆっくり買い物できる」


「おっ、こいつは新作か? 前より可動部が増えてるじゃないか。

まったく、仕方ないねぇ。残ったやつは貰ってくよ。また作って売りにおいで」


そうテンプレをまくし立て、いつも余った竹細工を買い上げてくれる。

素直じゃない。

実は自分の子供よりコレクションが多いんじゃないだろうか。


「毎度ありがとうございます。三つ合わせて十五文になります」


僕はいつもの笑顔でお礼を言った。

スマイルは零文、サービスで提供している。

そして都紀ノ國屋の主人は、決まってこう言う。


「べ、別に好きで買ってるわけじゃないんだからね。……まったく、こんな子供だまし」


毎度のことだが、オッサンのツンデレはキツい。


竹細工も完売したし、日用品を買い足して家に帰ろう。

今日も旨い酒が飲めそうだ。

僕はホクホクで家路についた。

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