第16話
声優養成所での挫折と、声優志望の公表を経て、富士見大太の秘密のアイドル活動は、最大のターニングポイントを迎えていた。彼は、ガチ恋勢の侵略を退け、声優という未来へ進むために、美咲の指令である「水着コスプレ」の実行を決意した。
場所は、悠斗が確保した都内某所の、人工的な光と影が美しい廃墟ビルの屋上。
悠斗は、撮影場所の周辺のセキュリティを厳重にチェックし、カメラと照明をセッティングした。今回の水着コスプレは、静止画だけでなく、Vikvok用の短い動画、そしてYouTubeでのライブ配信という、最もリスクの高い形で実行される。
「兄ちゃん、心配せんでよか。水着は、兄ちゃんのストイックな努力の証ばい。俺のライティングと美咲姉ちゃんのメイクで、兄ちゃんの身体は完璧な『美のライン』になるけん」
美咲は、大太の頬に最後のハイライトを施しながら、冷静に指示を出す。
「ライブ配信では、絶対に声はブレさせへんこと。そして、指先を見せるタイミング。ガチ恋勢の『妄想』を、『信仰』に変える』んや。あんたは、手の届く女やない。神々しい偶像や」
大太は、呼吸を整え、水着をまとい、カメラの前に立った。彼は、高校時代から徹底して男らしさを削ぎ落とした、その細く白い身体を、照明の光に晒した。
【水着コスプレ詳細コーディネート:『水月の妖精』】
今回の水着コスプレのテーマは「水月の妖精」。コンセプトは「性別の境界線を曖昧にし、非現実的な美しさを追求した、触れられない透明感」だ。
水着本体:シースルーオフホワイトのフリルビキニ
素材とデザイン: シアー感のある極薄のオフホワイトの生地をメインに、胸元と腰回りに何層ものフリルが重ねられたビキニ。素材は水に濡れても透けすぎず、光の透過で肌のラインをより幻想的に見せる特殊な防水素材。
胸元: バスト部分は、敢えてボリュームを抑えたデザイン。フリルが視覚的に胸元のラインを曖昧にし、大太の細い胸板を「中性的な曲線美」へと昇華させている。中央には、極小のパールビーズが縫い付けられ、まるで水滴が光を反射しているかのよう。
ボトム: ハイカットに近いサイドリボンのデザインで、大太の長く引き締まった脚のラインを強調。腰のフリルは、彼の細いウェストとヒップの差を視覚的に調整し、女性的なS字ラインを演出する。サイドのリボンは、透明感のあるオーガンジー素材で、結び目がまるで水の泡のように見える。
カラーリング: オフホワイトは、彼の白い肌の透明感を最大限に引き出し、清潔感と儚さを強調する。
髪飾り:クリスタルとオーガンジーのヘッドピース
大太の長い黒髪には、透明なクリスタルビーズと、オフホワイトのオーガンジー素材でできた、小ぶりなヘッドピースが飾られている。これは、水滴や氷の結晶をイメージさせ、彼の顔周りに幻想的な光を添える。光が当たると繊細に輝き、妖精のような印象を与える。
アクセサリー:透明な雫型ピアス
耳元には、極小の雫型クリスタルピアス。揺れるたびに微かに光を反射し、水辺の妖精の雰囲気を高める。金属アレルギー対応の透明樹脂製。
メイク:『水月の輝き』
ベースメイク: 大太の白い肌の透明感を最大限に引き出すため、肌の赤みやくすみを徹底的に補正し、ワントーン明るいトーンアップ下地を使用。マットとツヤの中間の、陶器のような肌質に仕上げる。
アイメイク: 切れ長の目元を活かし、アイラインは目尻をわずかに跳ね上げる程度に細く、透明感のあるラメ入りのアイシャドウ(淡いアクアブルーとシルバー)を使用。まつ毛は、自然なセパレートタイプのつけまつげと、透明マスカラで、瞳を大きく見せつつも、あくまで「非現実的な輝き」を演出。
リップ: 血色感を抑えた、ヌーディピンクのグロスのみ。唇の輪郭をぼかし、儚げな印象を与える。
ハイライト: 頬骨、鼻筋、顎先に、ごく微細なパール入りのハイライトを「水滴」が光るようにピンポイントで乗せ、肌の潤いと透明感を強調する。
ネイルアート:『ホログラム・ドロップス』
今回の水着コスプレの目玉。彼の白い指先には、ベースにシアーなオフホワイトのジェルを施し、その上から、光の角度で虹色に輝く極小のホログラムフレークと、クリアジェルで立体的に作られた「水滴」が散りばめられている。
まるで、爪の表面に水滴が載っているかのように見え、写真や動画で指先がクローズアップされた際、『神の指先』としての美意識を最大限にアピールする。このネイルは、大太自身の美的センスと、熟練のジェルネイル技術の結晶だ。
まずは、Vikvok用の短い動画の撮影。
大太は、悠斗の指示に合わせて、人工の光の中でポーズを変える。水着の布面積が少ない分、彼の長年のダイエットと筋肉コントロールの成果が、性別を超越した、非現実的な美しさとして映像に焼き付いていく。指先には、水面を表現したホログラムネイルが輝き、露出された身体と技術的な美意識とのコントラストが、見る者を圧倒した。
そして、最もスリリングな瞬間。YouTubeライブ配信の開始だ。
視聴者数は、告知効果もあって、瞬時に過去最高を記録した。コメント欄は、『水着だ!マジで水着だ!』『風花さん、美しすぎて泣ける』という熱狂的なコメントで埋め尽くされる。
大太は、カメラを見つめ、深呼吸と共に、マイクを握りしめた。
「皆さん、こんばんは。風花です。今日は、私の『究極の自己証明』にお付き合いくださって、ありがとう」
彼の声は、一切ブレなかった。コンプレックスを乗り越えて磨き上げた女声は、不安や恐怖を完全に凌駕し、揺るぎない覚悟を伝える最強の武器となっていた。
ライブ中、悠斗はガチ恋勢からの挑発的なコメントを見つけると、即座に大太に指示を出した。
「兄ちゃん、カメラに向かって、指先を見せて!ネイルアートをクローズアップするばい!」
大太は、指示に従い、水着姿のまま、マイクを持つ手とは逆の手をカメラに向けた。彼の白い指先と、ホログラムネイルが、画面いっぱいに映し出される。
そして、大太は、優しく、しかし強烈な力を持つ声で、囁いた。
「私の全ては、この美意識でできています。誰にも、この美意識は侵せません」
その一言で、ガチ恋勢の挑発的なコメントは、一瞬で消え去った。
彼らが愛したのは、風花の「実在する女性」としての現実感ではない。彼らが屈服したのは、大太が命を懸けて作り上げた、「誰にも触れられない、絶対的な美の偶像」としての、非現実的なまでの完成度だった。
ライブ配信は、大成功に終わった。この日をもって、匿名アイドル『風花』は、ネットの海で、揺るぎない「偶像の地位」を確立した。
大太は、水着姿のまま、深く息を吐いた。彼の身体は疲労困憊だったが、心は、長年のコンプレックスから解放されたような、清々しい安堵に満たされていた。
「やったね、おおた!もう、あんたは最強や!」美咲は涙を浮かべた。
悠斗は、兄にタオルをかけながら、力強く言った。
「兄ちゃん、すごかよ。これで、声優への道が開けたばい!誰も、兄ちゃんを否定できん」
――大手声優事務所所属・桐島綾乃のモノローグ
私は、事務所の個人控室で、一人タブレットの画面を見つめていた。画面いっぱいに映し出されているのは、匿名アイドル『風花』のライブ配信。その姿は、水着をまとい、人工的な照明の中で、まさに「水月の妖精」と呼ぶにふさわしい、非現実的なまでの美しさを放っていた。
「…なんて、ストイックな」
私は、思わず息を飲んだ。私の直感は、やはり正しかった。富士見大太という青年が、コンプレックスを克服するために、どれほどの努力を重ねてきたか。彼の身体には、男性特有の強靭さではなく、徹底的な食事制限とトレーニングによって削ぎ落とされた、中性的な骨格と、精緻な筋肉のラインがあった。
プロとしての分析は、こうだ。
彼は、自らの肉体を「最高の衣装」として作り上げた。フリルやシースルーの生地は、彼の白い肌の透明感を際立たせ、性別を曖昧にする。そして、あのホログラム・ドロップスのネイル。彼の『美意識』は、公表された水着姿という最も脆い部分にも、「芸術」という名の完璧な防御壁を築いた。
視聴者が熱狂しているのは、彼の肉体そのものではない。彼が命を懸けて守り、作り上げた『侵せない美の概念』に対してだ。ガチ恋勢の侵略的な欲望を、『妄想』から『信仰』へと変える、冷徹で完璧な戦略。プロデューサー(美咲君だろう)と本人の覚悟が、結晶化した瞬間だった。
(これは、もう声優養成所の生徒のレベルではない。彼は、既に『偶像』というプロの領域で、完璧な作品を作り上げている)
そして、私自身の核となる嗜好(性癖)は、激しく共鳴した。
彼の口から発せられた「私の全ては、この美意識でできています。誰にも、この美意識は侵せません」という、あの囁き。
高音の女声でありながら、その言葉には、彼自身の「秘密とプライベートの領域」を絶対に守り抜くという、鋼のような意志が込められていた。彼の声の響きは、私の耳元で囁かれているかのような近さでありながら、同時に「あなたは、私に触れることはできない」という、絶対的な拒絶の距離感を内包していた。
声による、最高の支配(コントロール)。
私は、彼の声のニュアンスで、過去のトラウマが呼び起こされるのを感じた。公私の境界が崩れ、プライバシーを侵されたあの恐怖。彼がこの水着配信で証明したのは、「究極の露出」こそが、「究極の秘密の防衛」になり得るという、逆説的な真実だ。
(私の過去の被害、彼の現在の秘密。私たちの抱える脆さは、同じ場所にある)
私は、タブレットを静かに置いた。もう迷いはなかった。
「大太君。あんたの声は、もう『レプリカ』やない。『究極の自己証明』や」
感情が高ぶり、故郷の関西訛りがわずかに混じる。
「この才能を、公の舞台に立たせなあかん。私が、あんたの秘密と、あんた自身を守る。舞台もラジオも、完璧な『結界』を張って、誰も侵入できへん場所で表現させてあげる」
彼の才能は、私の事務所『ブライト・ヴォイス』のブランドイメージを高めるだけでなく、私自身の「声による表現の深淵」を追求する上でも、最高の相棒になるだろう。
私は、マネージャーに連絡を入れた。
「ええ、桐島です。先日お話しした、富士見大太君の件。私の専属育成枠として、すぐに動いてほしい。彼のデビューまでの全ての段取りは、私自身が責任を持つわ。まずは、非公開のボイスサンプル収録を急いで」
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