第6話
高校三年生の春。富士見大太は、東京の底辺大学への進学を確定させ、匿名アイドル『風花』としてのSNS活動も順調に熱狂を増していた。しかし、彼の高校生活はまだ終わっていなかった。家政科生にとって、卒業制作は、三年間で培った技術の全てを賭ける、人生の総決算だった。
大太にとって、卒業制作は「良い成績を取る」ためではない。それは、東京での本格的な活動に踏み出す前に、風花という偶像のクオリティを、プロの領域に到達させるための最終試練だった。
彼は、提出物としては異例の、人気デスゲームアニメのヒロインが着用する戦闘服を選んだ。
選ばれた衣装は、技術的に極めて難易度が高かった。単なる制服やドレスではない。複雑なパッチワーク、特殊な機能素材の組み合わせ、そして何よりも、激しい戦闘の末にできた「破損」や「汚れ」のリアルな表現が要求される。
これは、彼のコスプレが持つ「完璧な美しさ」に、あえて「現実の過酷さ」を織り交ぜるという、新たな表現への挑戦だった。
被服室の隅にある彼の作業スペースは、もはや秘密のアトリエと化していた。
課題の時間はもちろん、放課後や休日も全てを制作に投じた。彼は、衣装の細部にまで、家政科で学んだ知識と、風花としての美意識を注ぎ込んだ。
「縫い目は見せない。しかし、破損箇所はリアルに、血と土埃の『色』を再現する」
彼は、何種類もの染料を調合し、布をわざと摩擦させ、本物の戦闘を経てきたかのような「物語」を衣装に刻み込んだ。
そして、最も力を入れたのは、やはり細部の表現だった。
衣装に合わせ、彼はいつもよりダークなメイクプランを練り、爪には、ヒロインが抱える葛藤を表現するため、極細の筆で描いた「血しぶき」のようなネイルアートを施した。普段の風花が持つ透明な美しさとは真逆の、生々しい激情を秘めたネイルだ。
それは、まるで大太自身の「デスゲーム」のメタファーだった。風花としての活動は、秘密が公になった瞬間に「富士見大太」という日常を失う、高リスクなゲームだ。この衣装は、その覚悟を表現するものだった。
親友の美咲は、大太の隣で、彼のストイックな制作過程を目の当たりにしていた。
「あんた、今回は気合の入り方が違うね。卒業制作って言うより、プロのオーディションみたいやわ」
美咲は、大太が使用する特殊なワイヤーや、入手困難な素材を手配しながら言った。
「…これは、俺の集大成だから」
大太は、低い地声で短く答えた。彼の指先は、ミシンを操る時だけ、迷いなく生き生きとしていた。
制作の最終段階、夜遅くまで残っていた大太は、完成した衣装と、それを身にまとった自分の姿を鏡で確認した。
戦闘の傷跡を持つ美しいヒロイン、風花。その目は、強烈な意志を宿していた。
大太は、誰もいない被服室で、静かに誓いを立てた。
「この衣装は、俺の卒業だ。東京では、もう決して、ただの『秘密の趣味』として終わらせない。風花は、世界と戦う、プロの偶像になる」
彼の卒業制作は、家政科の教師たちを驚愕させただけでなく、彼自身に、未来の舞台で戦い抜くための、揺るぎない表現者としての覚悟を刻み込んだのだった。
高校卒業を控えた最後の文化祭。家政科の卒業制作展は、ファッションショーの形式で発表されることになっていた。富士見大太は、この日のために、自らの三年間のすべてと、未来の「風花」の可能性を賭けた。
展示ブース裏の楽屋は、最後の緊張感に包まれていた。大太は、デスゲームアニメのヒロイン戦闘服――複雑な装甲と、生々しい破損表現が施された衣装を身にまとっていた。
美咲は、大太が何時間もかけて準備したメイクの上から、さらにリアルな「戦いの痕跡」を描き加えていく。
「あんた、なんでこんなに痛々しい衣装にしたん? でも、最高にクールやわ」
美咲の指先が、大太の白い頬に、砂埃と血のりを表現したパウダーを乗せる。美咲は、大太がこの衣装に込めた「秘密の活動というデスゲーム」のメタファーを理解していた。
「…これが、俺の覚悟だから」
大太の地声はか細く、弱々しい。だが、その瞳には、かつてないほどの強い意志が宿っていた。
今回のステージでは、大太自身が着用するが、「風花」という名前は出さない。あくまで家政科の生徒「富士見大太」が制作した衣装の「謎のモデル」という扱いだ。美咲と悠斗は、この最終発表で、風花への期待値を限界まで高めることを狙っていた。
いよいよ、大太の出番が来た。司会が卒業制作のテーマを読み上げる。
「続いては、富士見大太さんの作品です。『生存』をテーマに、デスゲームアニメのヒロインの戦闘服を再現しました!」
暗転した会場に、激しいノイズ音と共にスポットライトが当たる。
大太は、ステージの最奥から、一歩、また一歩と踏み出した。
彼の登場は、観客の度肝を抜いた。まず、衣装のクオリティ。激戦を物語るリアルな破損表現、そして血飛沫に見立てた極細のネイルアートまで、完璧に作り込まれたディテールは、まるで美術館の展示品のようだった。
そして、その衣装をまとったモデルの異質な存在感だ。
ダイエットで削ぎ落とされた彼の身体は、男性的な筋肉を感じさせず、ヒロインの衣装を完璧に着こなしていた。白い肌と、長く伸ばした地毛が、その美しさをさらに非現実的なものにしている。彼は、感情を抑え込み、ただ「生存」の意志だけを秘めたヒロインの表情を再現していた。
大太は、ステージ中央で静止した。
彼の指先が、胸元に添えられる。爪に施されたダークなネイルアートが、スポットライトを浴びて、絶望の中の美しさを際立たせる。
観客席の担任・山崎先生は、固唾を飲んだ。あの無口な生徒が、ここまで自己を表現できる技術と情熱を持っていたことに、驚きを通り越して感動していた。
パフォーマンスのクライマックス。
大太は、マイクを握りしめ、衣装のモチーフとなったヒロインの、ゲーム終盤での「誓いの言葉」を口にした。
彼は、風花の練習で磨いた女声の響きではなく、自分のコンプレックスそのものである高くて細い地声を使った。だが、その声は、もう震えていなかった。三年間の孤独な訓練によって、声帯のコントロールは完璧だ。
「…私は、生き残る」
少年のような高い声なのに、その一言には、激しい戦闘を生き抜いたヒロインの重い覚悟と、大太自身の「風花として生きる」という決意が、深く共鳴していた。声の持つ力は、単なる性別や音程を超えて、観客の心臓を鷲掴みにした。
パフォーマンスが終わり、会場は静寂の後、爆発的な拍手に包まれた。拍手は、衣装の技術だけでなく、その感情的な表現に対するものだった。
その日、大太は、誰にも「風花」という名前を呼ばれなかったが、彼が自らの手と身体と声で作り上げた「完璧な偶像」の存在は、観客の心に深く焼き付いた。
そして、客席には、卒業を祝うために来ていた弟の悠斗と、後にプロのコスプレカメラマンとなる井上翔太(当時、別の大学の写真サークルに所属)の姿があり、彼らは、風花という存在を世界に広めるための、決定的な「初陣」の目撃者となったのだった。
この成功を機に、富士見大太は、美咲と共に東京へと旅立ち、匿名アイドル『風花』としての本格的な活動を開始する。
【超衝撃】卒業制作のレベルじゃない!デスゲーム衣装の謎モデルの正体は?
スレッド作成者:名無しの技術者 (投稿日時:X年Y月Z日 21:00)
今日、家政科高校の卒業制作発表に行ってきました。正直、度肝を抜かれました。富士見大太さんという生徒さんの作品だったんですが、その衣装をまとって登場したモデルがヤバすぎた。
テーマはデスゲームアニメのヒロイン戦闘服。
衣装: 破損表現、汚れ、ディテール全てがプロの造形。特に布と装甲の質感の再現度が狂ってる。家政科でこのレベルは異常。
モデル: 細くて白い肌、中性的な顔立ちで、完全にヒロインの雰囲気を再現。何より、あの退廃的なダークネイルがエモい。
声: 最後にマイクで一言だけ誓いの言葉を言ったんですが、少年みたいに高い声なのに、意志が強すぎて震えがない。あれは訓練された声。
誰かこのモデルさん知ってますか?家政科の生徒?それとも外部のプロ?このまま埋もれさせるのは勿体ない!
寄せられたコメント (全 450 件中 一部抜粋)
ID: GodHandObserver (21:15)
私も会場で見てた!衣装を作ったのが富士見君で、モデルが誰かは伏せられてたよね。あのモデル、背筋が伸びてて、姿勢が完璧だった。ただの高校生モデルじゃなくて、表現者としての覚悟を感じた。
ID: RealDamage (21:28)
衣装のダメージ加工が芸術レベル。血の染みや土埃のリアリティがすごい。そして、モデルの指先!あのネイルチップ、戦闘服のテーマを完璧に反映してる。指先まで全てが**「物語」**になってた。
ID: VoiceAnalyst (21:40)
あの声に注目!高い声だけど、マイクを通しても響きが綺麗で、芯が通ってる。声変わりしてない男子の声質に近いけど、コンプレックスで出してる声じゃない。**徹底的に呼吸法を練習した、強い「意志の声」**ですよ。あの声で「生き残る」は鳥肌立った。
ID: AndroGeek (21:55)
モデルの美しさは、あの中性的な体躯から来てると思う。男の子なのか女の子なのか判別できない、あの危ういバランスが、デスゲームの「生存」というテーマに異様にマッチしてた。白い肌がさらに非現実感を増してる。
ID: Fuka_Is_Coming (22:10)
これ、前に家政科高校の文化祭でバズった**「風花」**さんじゃない?あの時のフリルの衣装を作った子と、モデルの雰囲気が似てる気がする。もしそうなら、衣装製作もモデルも同じ人物の可能性があるぞ!
ID: TheCameraMan (22:35)
Fuka_Is_Coming
私もそう思う。あの異常なまでのディテールへのこだわりは、素人じゃない。もしかしたら、彼は衣装製作もモデルも、全てをセルフプロデュースしているのかもしれない。もしそうなら、彼は天才だ。
ID: Teacher'sChild (23:01)
裏情報。この衣装を作った富士見大太くんは、超無口で地味な生徒らしい。でも、彼の先生が、あのモデルを見て「あの子の魂の叫びだ」って感動してたって聞いたよ。
ID: Producer_Wants (00:05)
至急、このモデルさん、もしくは衣装製作者に連絡を取りたい。この才能、イベント業界が放っておけないレベルです。誰か、連絡先を知りませんか!?
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