第7話

「その点は考え直すよ。あと、籠城における懸念は二つ。一つは窓を割られて侵入されること。一階の窓は破片が飛び散らないようになっているとはいえ、ハシゴを使って二階とか三階とか、ましてや四階の窓から侵入されたら、かなり厳しくなる。その対策を打たなくてはならない。あとは暑さだ。夏は暑いから、オレたちも疲弊してしまう」

 オレとゴトウとキョーイチは顔を見合わせた。窓からの侵入は懸念点だが、暑さに関しては何の問題もない。エアコンをつければいい。それだけだ。誰ともなくそう伝えると、ナベはまたすこし黙って、あーたしかにとつぶやいた。

「すまない。考えることが多すぎて整理できてないんだ。もちろん前代未聞の計画だから当たり前なんだけどさ」

 ナベの顔はパソコンの光を浴びていなくても驚くほど青白く、明らかに徹夜を重ねていた。オレたちはナベに頼りすぎていた。

「ナベ、すまない。オレたちは計画の立案をナベに押しつけてしまっていた。これからはオレたちもちゃんと参加する。だからすこし休んでくれ」

 ナベはありがとうと言って、音楽室のベンチに横になり、すぐに眠りについた。

 とはいえナベ抜きで話し合えることは限られている。オレたちはひとまず学校の構造を一から確認することにした。

 この学校は高台に建ち、A棟とB棟の二棟構成。戦前からある古い学校だ。もともと主だったのはA棟で、生徒数の増加によりB棟が増設された。現在はB棟が主となっており、オレたちの教室もB棟にある。A棟は英語の分割授業などで使われているが、ほとんどが空き教室だ。二つの棟は直角に連結してL字型を成しており、連結部には防火扉も設置されている。これも防御に活用できるはずだ。A棟の背後は斜面で森のようになっている。斜面を真っすぐ下りれば校庭に出るが、右方向に進めば住宅街に出られる。

 二つの棟の内側は中庭があり、校門から続いている。B棟の背後には昇降口があるが、車両は通れないほどのスペースだ。教師や警察の終結は中庭になるだろう。B棟の端は体育館と接していて、屋根伝いに侵入される可能性もあるため、窓の強化が必要だ。

 校門は三つ。体育館裏から昇降口へ続く門、体育館表側から中庭に通じる門、この二つは位置が近く、出入りの動線もほぼ同じ。もう一つは校庭にある裏門だ。

 校庭は高台の下、敷地内の坂を下ったところにある。この坂は運動部の絶好の練習場になっていて、放課後は必ず誰かが走っている。坂の両脇は斜面で、木々や竹が生い茂っている。裏門の外は道路に面しており、向かいの高台には小さなお社が建っている。

 校舎の周囲は崖に囲まれており、民家の視線を大きく気にする必要はない。ただし、校門とB棟裏側の一部には民家があるため、注意が必要だ。

 校舎の一階にはA棟から順に、お悩み相談室、保健室、技術室と技術準備室、事務室、応接室、校長室、職員室と職員更衣室、給食用エレベーター、三年生の昇降口、ピロティをはさんでコンピューター室、特別支援教室、一・二年生の昇降口があり、今は使われていない宿直室、そして体育館へとつながる。階段は四ヶ所。A棟の端、事務室横の来賓玄関脇、職員室の横、B棟の端にそれぞれあり、踊り場ごとに二枚ずつ防火シャッターが設置されている。

 二階には一年生の教室、理科室と準備室が二つずつ。それから図書室がある。三階は二年生の教室、家庭科室と準備室、美術室と準備室、音楽室。四階は三年生の教室、音楽室と準備室、放送室がある。

 A棟の屋上には太陽光パネル、B棟の屋上にはプールが設置されている。A棟の屋上は施錠されており、生徒は立ち入れない。両棟の屋上間には高低差と隙間があり、高いフェンスもあるため、行き来は不可能だ。

 窓を段ボールで覆うなら膨大な量が必要になる。校内に保管場所はないため、部室倉庫に隠す以外に方法はない。だが倉庫の容量では足りず、さらに当日は段ボールを校舎まで、坂を駆けあがって運ぶ必要がある。四階までの階段も含めると、その作業は相当過酷だ。

「オレにはできない仕事だね」キョーイチが呑気に言った。ムカついたが、実際そのとおりだった。

 その日の部活中、オレたち三人は学校の構造を再確認し、現状の整理を行った。これでようやくナベと対等に話せる準備が整った。

「ねえねえ、籠城が終わったら学校から出て行くんだよね? オレたちただただ捕まるの? どこかに逃げ道が必要じゃない?」

 キョーイチは思い付きのように何気ない口調で言った。オレたちは逃走の観点を完全に見落としていた。

 現状の大きな課題は三つ。逃走ルートの設定、窓からの侵入対策、一階ドアの封鎖方法。

「それからツジケンの数学ワーク課題だね」キョーイチが言った。

 オレはひさしぶりにワーク刑の存在を思い出した。もう何日も手をつけていない。負債がどれほど膨れ上がったのか、考えたくもなかった。

「まあこれはみんなで解決していこう」オレはゴトウとキョーイチの肩に手を置いた。

「それはお前が責任もってどうにかしろ」ゴトウは冷淡だった。

 部活のあいだ、ナベは眠りつづけていた。最終下校時間が迫ってようやく起こすと、無言でむくっと起き上がり、そのまま荷物をまとめて帰っていった。ナベは寝起きが良くない。オレたちはナベの背中を黙って見送った。

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