第6話

 その日から連日の話し合いが始まった。主に倉庫で、週に一度は音楽室で計画を練った。

 サカシタ、ヨカワ、ウッチーは快く仲間に加わった。オレはヨカワと下校中に、周りに人がいないことを確認して計画に誘った。ヨカワは即答した。他の二人も迷うそぶりはなかったらしい。

「誘おうと思えば、まだ増やせるはずだ」

 教師への反発や退屈な日常への不満は、この学校の空気として存在していた。みんなが何か面白いことを求めていた。教師の車にチンコの模型がつけられたり、図書室の棚にエロ本が入っていたり、職員室に臭い雑巾が投げこまれる事件もあった。犯人はいつも捕まらなかった。仮に犯人を知っていても、誰も口を割らない。それがこの学校の文化だった。

 だからオレは本気で誰だって味方にできると考えていた。だがナベは同意しなかった。

「人が増えれば、秘密が漏れる危険性は指数関数的に上がっていく。やめておこう」

 しすうかんすう、をオレは理解できなかったけど、要はこれ以上増やすつもりはないということだった。三人は今後も普段どおりの学校生活を送ってもらうことにした。話し合いにも参加せず、連絡が必要なときだけ接触する形になった。三人ともそれを了承した。

「校内を調べて回りたい。一人でそんなことをしていたら怪しまれるから、協力してくれ」

 ナベの発言をきっかけに、放課後、三日間にわたりオレたちは校舎を歩き回った。部活中の生徒や教師がいる中、オレたち三人はナベが調査をしているあいだの見張りをし、教師が来たら大声で挨拶することで警告を伝えた。教師は怪訝そうな顔をしたり、中には声をかけてくるヤツもいた。そのたびにオレたちは、部活の練習です、と答えた。ヤツらは納得していたが、一体なんの練習だと思ったのだろう? 生徒は通りかかっても、何も言わずにスルーした。意味ありげにニヤリと笑う人もいたけど、騒ぎ立てられることはなかった。

 調査が終了すると、ふたたび話し合いに戻った。週で唯一の音楽室が使える日だった。オレたちはホームルーム後すぐに四階の三年教室の前の音楽室へ向かった。

「よし、ここまでの調査と結論、そして今後の方針を確認しよう」

 ナベはカバンからパソコンを取り出し、画面をスクリーンに映した。オレたちは見えやすい位置に座った。キョーイチはカバンからグミを出し、三人に一つずつ配った。

「まずは籠城について」ナベはグミを噛みながら話した。「オレたちは全校舎を占拠するが、生活空間は四階に限定する。理由は屋上へのアクセスと、戦力を集中させるためだ」

「他の階は?」

「『最低限の防御』を施して、放棄する」

「放棄する?」ゴトウが訊き返した。

「そうだ。七人では校舎全体をカバーできない。最終目的が屋上ライブである以上、四階の一区画に戦力を集中させるのが最適だ」

「ということは、教師と戦うことも視野に入れないといけない?」

「むしろそれが前提だ。教師だけでなく、警察とか消防とか、最悪の場合は自衛隊が出てくる可能性もある」

 そうだ、これはそれほどの計画なのだ。オレは改めて実感した。

「どうした怖気づいたか?」ナベはオレたちの顔を見回した。

「いや、そんなことはない。続けてくれ」ゴトウは首を振る。

「話の続き、『最低限の防御』についてだ。これは窓を段ボールで覆い、内部の光を漏らさないようにする。それから各階段の防火シャッターを下ろす。中には動かしただけで警報装置が作動するタイプもあるようだが、オレたちの学校は古いから、そうではない」

 階段は踊り場をはさんで一八〇度に折り返す構造で、防火シャッターは各踊り場に二枚、上階側と下階側に設置されている。下ろされた状態を踊り場から見ると、一枚の壁のようになる。四階まで辿り着くには、計六枚のシャッターをくぐり抜けないといけない。

「シャッターは鍵を閉められるものだった。しかも上階側に鍵があるから、下階からの侵入者はシャッターを破壊しないと上まで来られない」

 防火シャッターの耐久性は凄まじい。火はもちろん、火災によって物が倒れたり飛んできても壊れることはない。それを六枚壊すのはそう易々とできることではない。

「次はドアの鍵。ここが最も重要だ。方法は模索中だが、アイデアがあれば教えてほしい」

「石でもくくりつけてドアノブを動かせなくする?」キョーイチが大量のグミをつめこんだ口を動かした。その食べ方おいしいよな、とゴトウが言った。

「それはありだが、ドア自体が壊れそうだな」

「そもそも大人の男がタックルすれば壊れてしまうんじゃないか?」オレは言った。

「そうなんだよ。そこが難しいところで、校舎への侵入はできるだけ遅らせたい」

「机バリケードはどうなった?」ゴトウが訊く。

「ええとそれは……」ナベは画面をスクロールする。液晶の光に照らされたナベの顔はやつれており、目の下のクマもひどかった。ゴトウとキョーイチと視線が合った。三人ともナベの異変に気づいていた。

「ああ、そうだ。机バリケードは建造コストが高いんだ。時間もかかるし人手も要るから、要所に絞る。要所は、えーっと——」ナベはふたたび画面をスクロールした。上に行ったり下に行ったり、ずっと見ていたら酔いそうだった。「ああこれだ。やっぱり四階かな。四階を破られたら元も子もないから。三階までは最悪破られてもいい」

「でもさっき、校舎への侵入は遅くしたいって言ってたよな? それはいいのか?」

 オレが指摘すると、ナベは黙りこんだ。しばらく考えて、たしかにと頷いた。

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