第5話

 そこから大枠を決めた。計画は夏休みに実行する。夏休みなら教師も少なく、場合によっては日直当番の一人だけの可能性もある。他の部活もいない日を選べばやりやすい。できるならカマタニが日直の日を狙いたい。

「でも登校する理由はどうする? オレたちはこれまで長期休暇中に練習したことなかったから、怪しまれるぞ」

「夏休み明けに引退ライブをしよう。最後だから練習すると言えば納得させられるはずだ」

 それから籠城について話し合った。オレのイメージではすべてのドアと窓に鍵を掛けて、外から入って来られないようにする。それから机と椅子でバリケードを築くことだろうか。いつか見た動画の記憶がかすかに残っていた。

「学校全体を占拠するとなると、どこまで防備を固められるかは未知数だな。すくなくとも窓を段ボールで覆って内部が見えないようにしないとな」

「校舎内の居場所を捕捉されないためにか?」ゴトウが訊き、ナベは首肯した。

「窓ガラスを割って入られたら、一巻の終わりだな」

「一階の窓ガラスって、破片が飛び散らないタイプらしいよ」キョーイチが言った。

「そうなのか?」

「うん。ほら、この学校ってよく窓ガラス割れるじゃない? 一階で割れると防犯上すぐ修理する必要があるけど、それができないこともあるからって」

「一階は校長室とか職員室とかあるからな。自分たちのことだけ守りたいんだろ」ゴトウは顔をしかめた。

「窓のタイプも考慮する必要があるか」ナベはパソコンにメモした。

「食糧の問題もある」

「三日となると相当必要だぜ、特にな……」ゴトウはキョーイチに視線をやった。キョーイチは何度も頷いた。

「夏場はすぐ腐るからな」

「家庭科室の冷蔵庫を使おうか」

「アイスは絶対だし、夏はすぐ喉が渇くから飲み物もたくさんいるでしょ? あとはお菓子、もちろんご飯だって食べないと——」キョーイチは何度も指を折り、数え始めた。

「細かいことは後にしよう。まずは全体を固めないと」ナベが遮った。

 学校の窓をすべて段ボールで覆うには、多くの人手と材料が必要になる。防御策は他にも考えないといけない。

「考えることが多すぎるな」

 ナベはため息をついたが、辛そうではなかった。むしろ楽しそうだった。

「これ、本当にオレたちだけでやれるかな」キョーイチが言った。

「やるしかないだろ」ゴトウが応じる。

「でも四人で学校中の窓に段ボールを貼るなんて、とてもじゃないけどムリだよ。三日はかかるよ」

「お前、やる前からムリとか——」

「落ち着け、ゴトウ。キョーイチの言い分も一理ある」オレはゴトウを宥めた。「たしかに四人だけでは難しいかもしれない。なにせ校舎が広すぎる」

「そもそも全校舎を占拠する必要はあるか? 一教室で十分じゃねえか?」ゴトウが訊く。

「全校舎を抑えないとすぐに攻めこまれる可能性が跳ね上がる。広く占拠して居場所を特定されないようにしないと。それにその状態だからこそ打てる策もある」ナベは説明した。

「共謀者を募るか」オレは提案した。

「一緒に籠城するのか?」ゴトウは不服そうな表情だった。

「そうだな。もちろん信頼できるやつに限定する」

「誰がいいかな?」

 人数はとりあえず三人とした。まずナベがパソコン部のサカシタを推した。ナベと同じ塾に通っているようで、教室では大人しいほうだけどノリは良い。機会に詳しく、自分の腕前を試したいと常日頃から望んでいるらしい。

「そこまで親しくないけど、大丈夫か?」ゴトウが訊いた。オレも心配している点だった。

「オレたちが束になっても敵わないくらい機械に精通しているから、仲間する価値は十分ある。人柄もオレが保証する」ナベは言った。

 そこまでナベが推すなら大丈夫だろう。一人目はサカシタに決定した。

 オレはヨカワを推薦した。運動神経が良く、行動力もあり、要所で力になるはずだ。なによりオレたちと同じマインドを持っている。

 異論は出なかった。二人目はヨカワになった。

 三人目にはゴトウが、ウッチーを挙げた。誰もが認めるほどケンカが強く、野球部で体格も良い。勉強の成績は下のほうだが、漢気があり、根の優しい奴だった。ゴトウがウッチーと言った瞬間、みんなが賛成した。

 三人の説得はそれぞれ推薦した本人が担当することになった。絶対に計画を漏らさないこと。これを徹底させるようにと、ナベは何度もオレたちに強調した。

「とりあえず七人として計画を立てよう」

 突然、ノックもなく倉庫の扉が開き、気色の悪い笑みを浮かべた顧問のカマタニが顔を出した。体温が急激に下がっていくのを感じた。なんで今日に限ってコイツが。まさか聞かれていた? ナベの顔が青ざめていた。ゴトウとキョーイチは口を開けていた。

「お前ら、まだいたのか。もう下校の時間だぞ」

 カマタニは軽い口調で言った。オレたちを弄んでいるようだった。オレは唾を飲んだ。

「辻、お前数学の時間に寝てたんだって? なんだあの反省文は。まったく反省していないだろ。いい加減にしろ」

 自分のことだとわかるまで時間がかかった。三人の視線を受けて、ようやく気づいた。

「いや、あぁ、すみません」オレはしどろもどろに頭を下げた。

「ワーク三十ページ、ちゃんとやれよ。さっさと帰れ、お前ら」

 カマタニは嗜虐的に笑って倉庫から出て行った。オレたちはしばらく動けなかった。遠い空でカラスが鳴いて、ようやくナベは扉を開けてカマタニの姿がないことを確認した。

「危なかった……。本当に終わったかと……」オレはゴザにへたりこんだ。

「なんなんだ、アイツは。ノックもせずに……」ゴトウがつぶやいた。

「心臓が痛いよ」キョーイチは胸を押さえた。

 倉庫の鍵すらナベに預けて部活に顔を出すことがほとんどないカマタニが、よりによって今日来るなんて。オレをイジるためだけに来たのかと思うと、怒りと同時に自分が情けなかった。

「今度からはもっと注意しよう。計画が漏れたら、一瞬で終わりだ」

 三人にも注意するように、とナベは再度警告し、引き続きこの計画についてスマホで連絡することも禁止。また、定期的に段ボールを集め、倉庫に保管することも決めた。

 オレたちは警戒しながら倉庫を出た。もう計画について話していないのだから、堂々と出ればいいのに自然と警戒していた。外は暗かった。ほんのすこし冷たい風がオレたちにはちょうど良かった。

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