第4話

 長い一日が終わり、放課後にはもうクタクタだったが、ようやく計画について話せるという喜びがあった。

 四人で部室に向かう途中、キョーイチは肩を叩いて慰めてくれた。

「今日は大変だったね」

「本当だよ。なんて一日なんだ」

 ビンタされた頬はまだ痛かった。職員室での出来事を話すと、三人は笑いながらも怒りを露にした。

「アイツら腐りきっているな」ゴトウは昇降口前の職員室を睨んだ。

 昇降口を出て、坂を下った先にある校庭の倉庫がオレたちの部室だった。二つある音楽室のうち、片方は吹奏楽部が常時占領していて、もう一方は合唱部と共同使用していた。週七日のうち、合唱部が六日、軽音楽部は一日の割り当てだった。合唱なんて河川敷にでも行けばいいのに、オレたちが倉庫を主な部室にさせられていた。

 倉庫はいくつかあり、それぞれ運動部の用具入れになっている。オレたちの倉庫は災害用備蓄庫と屋外トイレに挟まれた最も奥まった場所にあり、部員不足で活動休止中のハンドボール部よりも奥だった。校庭に隣接する民家の庭にすぐ侵入できるほど辺境だった。だがそんな環境も秘密話をするためにあったのだと今では納得できた。

 倉庫の扉を閉めると、運動部の声はほとんど聞こえない。靴を脱ぎ、砂埃の積もったゴザに座った。ここは土足厳禁だが、風が吹くとどこからか砂埃が侵入するせいで、運動部よりも靴下は真っ黒になるし、制服も汚れる。そんな環境だから、狭いこともあり楽器は置いていない。パイプ椅子五脚、ちゃぶ台、壊れかけの扇風機が一台あるだけだ。エアコンなんてあるはずもなく、夏は熱がこもって暑く、冬はひどく寒い。昨夏、あまりの暑さに顧問に頼んだら壊れかけの扇風機を渡された。動くたびに機械から聞いたことのない異音を発し、首の部分が異常に熱くなる。いつか爆発するんじゃないかと恐れているけど無いよりマシだ。とはいえ扇風機の前をキョーイチが独占するせいで、オレたちのところまで風が届かないのが常だった。今はまだ扇風機をつけなくてもやっていける時期だ。

 オレはパイプ椅子の座面に頭をもたれかけ、ゴトウは前かがみで座り、キョーイチは屋外トイレで小便をしたあと、カバンから菓子を取り出した。ナベはちゃぶ台にパソコンを置き、起動した。

「それじゃあ、例の計画の話を始めようか。ツジケンが最悪の一日を過ごした原因をね」

 ナベがキーボードを叩く。ゴトウがニヤリと笑い、キョーイチはやっとだ、と叫んだ。オレも笑みを抑えられなかった。

「昨日あの話をしてから、実現可能か徹夜で考えた。あらゆる方向から何度も検討した」

「それでどうなんだよ」キョーイチがナベの話を遮って急かした。

「落ち着け、キョーイチ。結論から言うと、かなり大変で難しいが、不可能ではない」

 ナベほどの頭脳をもった人間がムリだと判断したら、この計画は終わっていた。だがナベはそう言わなかった。オレたちは興奮していた。

「みんな落ち着け。オレは『不可能ではない』と言ったんだ。越えるべきハードルは高いし、数も多い。それがどれほどなのか、想定もできていない」ナベはオレたちを諭した。

「ナベをしても、か?」

 ナベは真剣な顔をしていた。浮かれ騒いでいる場合ではなかった。

「この計画を遂行するなかで、楽しいことより苦労することのほうが間違いなく多い。学校を乗っ取るなんて並大抵のことじゃない。それでもやるか?」

「もちろんだ」

 オレは間髪入れずに答えた。ゴトウとキョーイチも口を真一文字に結び、力強く頷いた。

「よし。じゃあもう、やるかどうかを論じることはない。やるという大前提で話を進めよう」

 興奮や昂ぶりとは違う、強い意志が沸き上がってきた。巨悪に立ち向かう弁護士はきっとこんな感じなのだろう。

「まず目的から整理しよう。どうしてオレたちは学校を乗っ取る?」

「面白いことをしたいから」オレは即答した。

「それから、オレたちのロックン・ロールを世界に伝えるため」ゴトウが言い、キョーイチも同意した。

「つまり、学校を占拠して注目を集め、そこでライブをやる、そういうことだろ?」

 ナベの問いに全員が頷いた。キョーイチはお菓子を食べるのをやめていた。

「そうなると『乗っ取り』を完了してから、いくらか時間がいる。ただ占拠するだけでは注目されないし、短時間では意味がない」

「籠城でもする必要があるってことか?」

「それも大規模に、いくらか長時間」ナベは頷いて答えた。

「どのくらい?」

「全校舎を占拠して、三日間の籠城だ」

 身体に震えが走った。これまでの震えとは訳が違った。校舎を占拠して三日間の籠城? 

「本気で言ってるの?」キョーイチがナベを窺い見た。

 冗談ではなかった。ナベは真剣だった。それは緻密に計算された本気の提案だった。

「それができなければ目的は達成できない。すくなくともオレは他に方法が浮かばない」

 大人たちを学校から追い出して三日間占拠する。教師だけではない。警察も教育委員会も、テレビも敵だ。野次馬だってたくさん来るだろう。障害は無数にあって、挙げればキリがなかった。本気で世界中を敵に回せるか、それがナベのいう覚悟だった。

 それでもオレの心は高鳴った。

「やろうぜ、絶対。オレたちの力を見せつけてやろう」

 考えていることはゴトウもキョーイチも同じだった。二人とも戦士の顔になっていた。

「よっしゃ。ここで諦めるなら、オレはバンドを抜けていたよ」ナベは嬉しそうに笑った。

「解散理由の『方向性の違い』が、特殊すぎることになっていたな」ゴトウが言った。

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