第15話 反撃開始
軽音部のお報せと題された張り紙には、以下のように書かれていた。
――文化祭二日目、軽音部のステージの時間にて、スペシャル企画として、村雨奏・羽前花束によるユニットとの対決を実施します。
――対決内容ですが、お互いに三曲ずつ演奏し、お客さんからより多くの拍手をもらった側の勝利とします。
――公正な話し合いの結果、先に村雨・羽前のユニットが三曲演奏、軽音部が後から演奏します。拍手は軽音部の演奏後にまとめて測定します。
――なお、当日演奏できるのは、オリジナル楽曲のみです。
――ラップは禁止です。
………………これはどういうことだ?
「ねぇ、奏。これなに? こんなルールいつ決めたの?」
遅れてやってきた花束もこの張り紙を見て、内容に首を傾げる。
当然だ。だって、こんなこと全然知らない。寝耳に水。
軽音部は一体なんでこんなことを………………あ、そうか!
「やられた。あいつら、自分たちでルールを決めて、それを周知することでムリヤリ採用させるつもりなんだ」
「なるほど、勝手なルールを既成事実化しようってわけね。……卑怯な」
なにが卑怯って、文面に“公正な話し合い”と書いているのが一番卑怯だ。
前に花束が「そっちが一方的に決めたルールなら、わたしには一方的に無視する権利がある」というようなことを言っていたが、それに対する意趣返しだろう。
一方的に決めたわけじゃない(という幻想をみんなで共有)から、無視することは許さない――そんな理屈を通そうとしているに違いない。
「先に対策を練っておいて、それに合わせたルールに誘導しようとしていた俺たちは甘かったってことか」
「甘かったね。というより、思っていた以上に相手が陰湿だった。どうする?」
「……こっちが先にやって、後から相手がやるってルールは俺たちに不利だ。客の拍手で決めるっていうのも、演奏よりどれだけサクラを用意できるかって勝負になる可能性がある」
「うん、そうだね。サクラの動員勝負になったら、十七人もいる軽音部が圧倒的に有利だ」
各自六人動員するだけで、向こうの戦力は百人を超える。
当日のライブにサクラではない一般客がどれだけ集まるか次第だが、二~三百人程度しか集まらなかった場合。会場の三分の一から、最悪で過半数が軽音部のサクラになってしまう。
……あれ、これって思ったよりヤバいな。
実力勝負なら負けないと思ってたけど、実力と関係ないところだけで決着する可能性が高いのか?
いや、「バンドの実力って動員力のことだろ?」って言われたら否定できないんだけど……。
でも今回の対決の趣旨って、そういう商業的な意味合いじゃないよな?
「どうしよう、奏」
「敵よりたくさん動員するのはまずムリだ。このルールは絶対に受け入れるわけにはいかない。……いや、たとえこのルールで勝てる公算が高いとしても、絶対に受け入れるわけにはいかない。相手の要求をのむことは、それはそれで敗北を意味する」
「もし本当に公平なルールだとしても、あるいはこっちに有利なルールだとしても断るってことね。相手の言いなりになりたくないから」
「うん、そう」
「わたしも同じ考え。言いなりになっちゃダメだよ。ちゃんと話し合いをしないと。話し合いの結果、結局同じルールになるのならそれも良し。なにもしないで相手の言い分を受け入れるのだけは絶対にダメ」
敵対している相手と向かい合う時、妥協をしてはいけない。
なぜなら、一歩妥協すれば、すぐに二歩目の妥協を要求されるからだ。
二歩目の妥協をすれば、三歩目を。三歩目を妥協すれば、四歩目を。際限なく妥協を強いられる。
いつまでも妥協はできない、と途中で腹をくくっても手遅れ。
最初の一歩目の妥協をそもそもしないに越したことはない。
「とりあえずこのルールが広まって既成事実化するのは避けたいな。どうするか」
「この紙って他の場所にもあるのかな? 剥がしたら、なかったことにできない?」
と、花束が提案する。
だが、近くにいたクラスメイトがそれを否定する。
「一年生と三年生の間では、今日の昼にはかなり広まっていたらしいぞ。お前らがいるから二年生には意図的に情報が遅くなるようにしていたみたいだけど、たぶんもう生徒の六割か七割には広まってると思う」
すでにそこまで周知されているなら、剥がしても無意味だな。
しかし、ずいぶん手の込んだイヤがらせをするやつらだ。
「じゃあ、『話し合いはなかったし、こんなルールは認めない』って正面から抗議する?」
と、花束が次の案を出す。
「既成事実化がかなり進んでいそうだから、それで白紙撤回は難しいだろうなぁ」
「じゃあ軽音部に『これは間違いでした』って認めさせたらいいんだよ。軽音部に乗り込んで【私は偽造書類を作りました。申し訳ありません】って書類にサインをさせよう」
「それができたら完璧だけど、絶対ムリだろ」
「じゃあ、じゃあ……」
花束の声には、怒りと焦りが混じっていた。
今の提案も現実味がまったくなかったし、かなり頭に血が上っているようだ。
俺も怒りが沸いてくるが、こういう時こそ、俺くらいは冷静でいないと。
問題点を整理しよう。
今ある問題は二点。
・軽音部の方がサクラの動員力で上回っていること。
・軽音部が勝手にルールを決め、それが既成事実化していること。
この状況を変えるには……まず前者だが、全体の動員数を増やすのが一番効果的だろう。
軽音部に肩入れしない層になるべく興味を持ってもらい、浮動票を増やす。軽音部の動員力が百人として、観客の総数が三百人なら俺たちに勝利はない。だが、総数が五百人なら勝負になる。
観客を増やす方法だが……もし俺が、対決に興味を持っていない一般生徒の立場なら、一番イヤなのは出来レースだ。最初から勝負が決まっているなら、興味の持ちようがない。
逆にどっちが勝つかわからない勝負なら興味を惹かれる……いや、他人同士の勝負ではそこまでおもしろくないな。
どんな祭りも、参加者が一番楽しいに決まってる。
一般生徒を味方につけるには、彼らも参加者にしなくては。最後に拍手をする係以上の役割を持たせなくてはいけない。
もし一般生徒を祭りの一部にすることができれば、彼らは俺たちの言うことを信じてくれるだろう。
いや、信じるというよりは、「ルール決めで二転三転してる方がカオスでおもしろいぞ」と思い、俺たちを指示してくれるというべきか。
いずれにせよ、これでふたつ目の問題もクリアできる。
具体的にどうやってそういう状況を作るかだが……組織力に差があるので、軽音部がやったようにじわじわと情報を浸透させる作戦はムリだ。
一撃で状況をひっくり返せる衝撃を与える必要がある。
軽音部がマネできないような強烈な刺激を、敵の反撃を許さない短時間で、なるべく多くの生徒たちに届ける。
でも、どうすればそんなことが可能なんだ?
「……あっ」
………………ヤバい、思い付いてしまった。
昔、氷柱さんと小学校でやったことがヒントになった。
あの時は先生に死ぬほど怒られ、親を呼び出され、両親が先生に頭を下げるという見たくない光景を見せられた。ちょっとしたトラウマになった過去だが、あれを応用すればたぶん成功する。
「花束、俺に考えがある。良い考えとは言わない。効果もリスクも最大だ。花束がイヤならやらないが」
「とりあえず聞かせて」
誰かに聞かれるとまずい話なので、人がいない場所に移動して話をした。
「いいね、それ。ロックだ」
花束はにやりと笑った。
提案した俺が言うのもなんだが、これを実行する気になるって、花束もかなりヤバいやつだな。
「いつやる?」
「早い方がいい。明日、すぐにやろう」
「オッケー! これで一体どんな騒ぎが起きるか、楽しみだね」
楽しみ……。
そう、楽しみだ。
うまく行けば俺たちは学校の中心になれるかもしれない。
失敗すれば端っこになるだろう。
こういうリスクもリターンも最大化されたギャンブルは怖いが、どうしようもないほど脳を喜ばせるのだ。
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