第14話 戦いの始まり

 ホームルームで役職を決めた翌日から、文化祭に向けて本格的に動き出した。

 具体的には、放課後、担当ごとに分かれて合唱やクラス展示の準備をする。


 俺の担当はピアノの演奏。

 とはいえ、学校でピアノを使って練習できる機会は多くない。なにせ体育館と音楽室に一台ずつあるのみだ。

 交代制で、数日毎に順番が回って来るが、準備を含めて三十分しか使わせてもらえない。それだけでは圧倒的に練習不足なので、どこのクラスもキーボードを持ち込んで練習しているようだ。

 もちろん俺も、家から自分のキーボードを持って来た。


 今日は初日なので、まずはソプラノ・アルト、テノール・バスにパート分けするところから。

 クラスメイトを一人ずつ呼び出し、音に合わせて声を出してもらって、どこのパートにするか決める。


 これも俺がやるのかよ、演奏するだけじゃないのか……と文句を言いたくもなったが、やってみると簡単だった。

 各パートの人数を均等にしてほしい、と鏡花ちゃんから指示があったため、真ん中さえわかれば、それより高いか低いかだけを基準に機械的に割り振ることができたからだ。

 中には花束のように、ソプラノからアルト、それどころかテノールに入れてもいいんじゃないかと思うほど音域が広い人もいたが……大半は、高いか低いかがはっきりしていて、楽に振り分けることができた。


 それが終わったら、さっそくパート練習を始めた。

 歌詞カードを見ながら歌ってもらうのを二回繰り返し、終わったら次のパートと交代。


 やる気がない人がいても、それを注意するようなことは決して言わない。

 合唱コンクールをやりたくてやっている人は、おそらくうちのクラスにはいない。

 みんなしかたなくやっているだけだ。だから、俺もそれなりの対応をする。

 俺は、中学校にたまにいる“合唱コンクールで熱くなって泣く女子”のようなタイプではないのだ。




 パート練習が終わると、俺の今日の仕事は終わり。

 クラス展示も並行して行うため、合唱の練習だけにあまり多くの時間を割けない。

 それに、各クラスだけでなく、各部活でも出し物をする。そっちの準備のために教室を離れる人も少なくないので、歌の練習時間はそれほど多くない。

 ……思ったより楽な役割かもしれないぞ、ピアノ担当。


 ヒマになったので、クラス展示の準備を見学する。

 ピアノ担当の俺は、クラス展示の準備は基本的にやらなくていいと言われている。準備後半になって手が足りなくなれば徴発されるだろうが、初日の段階では特にやることはない。

 野次馬気分で、花束たちクラス展示チームの打ち合わせに顔を出した。


「そっちはどんな感じ?」


 展示チームには、花束と男子の文化祭委員を中心に、有志が数人集まっていた。


「結構おもしろくなりそうだよ」


 花束がここまでのメモを見せてくれた。

 うちのクラスの展示は、学校周辺の地図の展示に決まった。

 クラスの中にドローンとその免許を持っている人がいるので、学校の上空でそれを飛ばし撮影。

 それを地図に描き起こす――というところまでは昨日のうちに決まっていた。


「鏡花ちゃんから校長先生に頼んでもらって、校内でドローン飛ばす許可を無事にもらえたって」


 飛ばせるかどうかは、一番懸念されていたところだ。

 ドローンは許可のないところで飛ばすことを禁止されている。離着陸地点については特にうるさいそうだ。

 こっそり飛ばそうにも、GPSが内蔵されているので警察から位置が常にバレている。通常はいちいちチェックしていないだろうが、もし墜落事故などを起こしたら、無断で飛ばしたのが必ずバレてしまう。

 そうすると逮捕される恐れもあるそうだ。

 罪はかなり重いらしく、最悪の場合は懲役刑になることもあるのだとか……。

 なので、学校の責任者である校長から許可をもらえないと、企画をゼロから練り直す必要があった。


「無事に空撮できるのはいいけど、どういう感じで地図を描くのかは決まった? わざわざリアルタッチにするくらいなら写真の方がいいよな?」


 昨日はそこまで考えなかったが、学校から付近を空撮した写真って、それはそれで展示物として十分な価値がありそうだ。

 なにか付加価値を加えないと、描き起こした地図が写真の劣化版ということになりかねない。


「うん、今その話してたんだ。それで、ちぎり絵にしたらいいんじゃないか、って」


「ちぎり絵?」


「一軒家、マンション、商業施設、学校とかの公共施設を違う色で表現するの。そうすると、そこがどういう地区なのかわかりやすいでしょ? それと、高いビルは紙を何枚も重ねて張ろうって話も出た。写真にはない立体感が出せるから」


 へぇ、それはおもしろそうだ。

 手間はかかりそうだが、できあがったら結構インパクトがあるものになるんじゃないだろうか。

 担当者に決まってしまって昨日は面倒そうにしていた花束だが、具体的に話が進んで行く今の段階では、むしろ楽しそうな顔をしている。

 翼たち軽音部との対決からクラス展示にいくらか意識を持っていかれてしまったような気がするが……まぁせっかくの文化祭だ。普通にクラス行事を楽しむのも大事だよな。




 それからしばらく脇で話を聞いていた。

 話が打ち合わせが終わりそうな雰囲気になり、時計を見ると割と遅い時刻になっていた。


「今日の打ち合わせはこれくらいにしておこうか」


 男子の実行委員がそう言い、花束が帰る準備を始めた時だった。

 数人のクラスの男子が教室に入って来た。

 部活中だったらしくジャージ姿だ。彼らは俺のところに来て、こう言った。


「軽音部との対決の詳細が決まってたなら教えてくれよ。黙ってることないじゃないか」


 と。

 ……え?


「なにも決まってないが?」


「そんなことないだろ。だって文化祭ステージでの対決のルールが書かれた紙があちこちに貼られてるぞ」


「……は?」


 どういうことだ?

 彼らがウソを言っているとは思わないが、にわかには信じられない。

 教室を出て、自分の足で確かめに行く。

 その紙はすぐに見つかった。階段の踊り場にある掲示板の一番目立つところに貼られていた。


 ――軽音部からのお報せ。


 と題されていた。

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