第3話:風を操る貴公子

 現れたのは、中性的な顔立ちの美少年だった。

 流れるような黒髪を後ろで束ね、東洋風の豪奢な衣装を身に纏っている。

 その細い身体からは想像もつかないほどの、鋭い気迫(オーラ)が立ち昇っていた。


「お久しぶりです、フェイ」

 イザベラが目を細める。「相変わらず、いい目をしているわね」


「フェイ……?」

 俺はその名前に聞き覚えがあった。

 

 ノアⅢ代表。

 完全なる階級社会によって統治された都市の、頂点に立つ天才パイロット。


「君が、カイトか」


 フェイと呼ばれた少年が、俺の目の前で立ち止まった。

 身長は俺より頭一つ分低い。

 だが、見下ろされているような圧迫感があった。


「噂は聞いているよ。野良犬のような戦い方で、エリート機を壊して回っているとか」

「……褒め言葉として受け取っておく」


 俺が睨み返すと、彼は優雅に肩をすくめた。


「君の機体……『ベオウルフ』を見たよ。無骨で、傷だらけで、醜い。……まるで、君の心そのものだね」


「なんだと……!」

 ユキがカッとなって前に出ようとするのを、俺は手で制した。


「戦いに美しさなんて必要ない。勝つか負けるか、生きるか死ぬかだ」


「いいや、違うね」

 フェイは、憐れむように微笑んだ。


「戦いとは、洗練された芸術であるべきだ。風のように形なく、触れることすら叶わず、敵を屠る。……泥臭い暴力しか知らない君に、僕の『風』が捉えられるかな?」


 フェイが指をパチンと鳴らす。

 瞬間、ドーム内の空気が動いた。

 

 空調? いや違う。

 カマイタチのような鋭い気流が、俺の頬を浅く切り裂いた。


「……ッ!」

「カイト!?」


 頬に滲んだ血を指で拭う。

 今、こいつは何をした? 何の装置も使わずに、風を操ったのか?


「……WIND(ウインド)コア」

 背後でイザベラが小さく呟くのが聞こえた。


「今回は挨拶だけにしておこう。……アリアさん、だったかい?」


 フェイの視線が、アリアに向けられる。

 その目が、ふっと細められた。


「君の歌からは……奇妙な『ノイズ』を感じるよ。本当に、ただの人間かい?」


「え……?」

 アリアが凍りついたように立ちすくむ。


「まあいい。アリーナで会おう、黒い騎士くん。君が僕の風に追いつけることを、期待しているよ」


 フェイは踵(きびす)を返し、取り巻きたちと共に去っていった。

 後に残されたのは、俺たちの足元に渦巻く、不穏な風の余韻だけ。


「……あいつが、最初のライバルか」


 俺は血の滲んだ頬を強く拭った。

 上等だ。

 高みから見下ろす奴を引きずり下ろすのは、俺の得意分野だ。

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