第5話:闘技場の狂宴

「邪魔だァァァァッ!!」


 俺は獣のように叫び、バルキリアの大剣を強引に振り払った。

 膂力(パワー)なら、こちらのほうが上だ。

 クリムゾン・ロードが後方へ弾き飛ばされる。


 だが、赤い機体は空中で身を翻すと、バーニアを噴射して地面スレスレを滑空。

 まるでダンスを踊るように、変幻自在の動きで肉薄してくる。


「遅い遅い! そんな力任せの剣じゃ、アタシには掠りもしないよ!」


 セレーナの操縦は、俺の知るどんなパイロットとも違っていた。

 両手に持った双剣が、赤い軌跡を描いてバルキリアの装甲を切り裂く。

 一撃は軽いが、手数が異常だ。


「うぐっ、あぁぁぁぁ……!」


 痛み。機体が受けるダメージが、ディーバシステムを通して直接脳に突き刺さる。

 その痛みが、さらなる怒りを呼ぶ。


 *――剥き出しの魂、震わせ!*

 *――刹那の煌めき、刻め!*


 アリアの歌声が激しさを増す。

 それは戦意を高揚させる、毒の歌。

 機体の全身から噴き出す黒い炎が勢いを増し、アリーナを禍々しく染め上げる。


(壊せ。目の前の全てを。自分も含めて、全てを――)


 思考が黒く塗りつぶされそうになった、その時だ。


「……違う」


 俺の背中で、震える声がした。


「……これは、私の歌いたい歌じゃない……!」


 歌が、止まった。

 途端に、バルキリアの動きがガクンと鈍る。


「おいおい、ガス欠か!? なら、ここで幕引きだ!」


 隙を見逃さず、クリムゾン・ロードが必殺の間合いへと踏み込んでくる。

 双剣がクロスし、バルキリアのコックピット――俺とアリアの心臓を目掛けて突き出される。


 死ぬ。

 その瞬間、走馬灯のように過去の記憶が巡るかと思った。

 だが、脳裏に浮かんだのは、幼い頃の記憶ではない。


 ――アリアの歌で、心が溶けていくようだよ。


 いつか誰かが彼女に言った言葉。

 そうだ。彼女の歌は、人を傷つけるためのものじゃない。


『……守りたい』


 俺の中で、破壊衝動とは別の、小さくとも確かな願いが生まれた。


『歌ってくれ、アリア! お前の、本当の歌を!!』


 俺は叫んだ。

 その魂の叫びに呼応するように、アリアが大きく息を吸い込む。


 *――降り注げ、希望の光*

 *――心を、照らせ!*


 世界が、色を変えた。

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