第3話 人の雰囲気を変える本・後編

 その日の夜。

 もうあとは寝るだけの時間——それでも大体二時間ぐらいは残っている、そんな時間。

 この時間はいつもの日課、読書タイムだ。

 勿論読む本は、昼間に謎の少女から借り受けた本である。

 タイトルは『人の雰囲気を変える本』。

 あまりにもそのまんま過ぎるな……、なんて思っていたけれど取り敢えず読み進めることとした。


「ええと、なになに。この本を読み進めれば、必ずあなたの雰囲気は変わります。変わりたい雰囲気を思い描きながら読み進めてください——何とも胡散臭い本ね。本当に変わるのかしら?」


 そもそも、雰囲気って変えたくても簡単に変わるものでもないような?

 それこそ、挨拶をはっきりすると変わるとか、髪型を変えると変わるとか、そういうことなら理解するけれど——本を読むだけで雰囲気が変わります、ってのはあまりにも突拍子すぎるし、理解出来ない。

 とはいえ、借りてきた本である。元手は全くないのだ。

 だから、読めば読むほどこちらとしてはお得である——多分。

 そんなことを思いながら、私は読み進めていくのであった。



 ◇◇◇



 翌日。私はしっかりと目の下にクマを作り、学校の校門を潜った。

 最初は面白くも何ともなかったのだけれど、気づけばあっという間に読み終えていた。ハードカバーでそれなりに分厚かった気がするけれど、四時間ぐらいかければあっという間だった。

 そんなこともあり、気づけば真夜中——削る時間といったら睡眠時間しか存在せず、致し方なく私は眠い目を擦りながら登校している。

 家族には怒られなかった。というのも、私が好きな本を読み進めるとやめ時が分からなくなり、どうしても真夜中まで読み耽ってしまうことがあったからだ。とはいえ、あんまりこういうのをし続けるのも健康に宜しくないってことぐらいは分かっているので、あまり続けたくないのだけれどね。


「流石に早いけれど……。でもまあ、返却できるなら返却するに越した事はないし」


 本は今日の放課後に返却することにしている。

 効果が出るかどうかは正直眉唾物だけれど、読みきった本をずっと借りたままにするのも何だか申し訳ない気分ではあるし。

 そう思いながら、私はクラスに入っていく。


「おはよう……」


 クラスの外から聞こえるぐらいの喋り声が、またトーンダウンするのを恐れていたが——しかしそんなことはなかった。

 皆は私が入ってきたことに気づいていなかったのか、普通に話している。

 見落としただけなのかな? と思ったけれど、ちらほらこちらを見ているクラスメートも居るから、そうではないのだろう。


「ねえ」


 そう思っていると、目の前にクラスメートが立っていた。

 もしこのクラスにカーストがあるというのなら、彼女はカースト最上位だ。取り巻きを侍らせて、自分の行動に有無を言わせない。あまりに理不尽であり、正直嫌いなタイプ。

 そして、私に対する行動も——元はと言えば、彼女が原因だ。


「どうしたの?」


 だけれど、私は萎縮することなく問いかける。


「……何か、雰囲気変わった?」

「えっ?」


 いきなり何を言い出すのだろう、と思っていたけれど、さらに話を続ける。


「何というか、前はちょっと絡みづらいオーラだったけれど、そうでもないし。全然馴染めそうな感じに見えるし……なんなら今までの行動が申し訳なくなるぐらいの聖人? オーラ発してるし」

「えっ? そ、そうかな……。何もしていないし、何も変わっていないと思うけれど……」


 どうせ『雰囲気が変わる本』を昨晩読んだといったところで、それこそ訳の分からないと言われかねないから黙っておく。

 でもまあ、これで良いのかな。

 そう思いながら、私は頷くのであった。



 ◇◇◇



 きちんと話をしたら、カースト最上位の女子生徒も悪い人間でなかった。

 全てを許すつもりはないかもしれないけれど、まあ、これで良いかなとは思う。

 さて、本を返さなければならない——そう思って、私は昨日と同じ路地裏に入った。

 扉が出ているのかどうか少しばかり不安だったけれど、扉は存在していた。

 安心して、私は扉を開ける。

 そこには昨日と変わりない図書館が広がっていた。


「おっ、昨日ぶりだね。……もしかしてもう効果が?」

「ええ。有難いことに。正直信頼していなかったけれど、まさかこうも出てしまうとね」


 そう言って、私はカウンターに本を置いた。

 少女はそれを受け取り、本をペラペラと捲っていく。


「傷はなさそうだねえ。それじゃ返却完了ってことで——おや?」

「何かありました?」


 傷つけることなど何もしていない気がするけれど。

 そう思っていた私の不安をさらに増進させるかのように——少女は笑みを浮かべた。


「こりゃあ珍しいね。もうあんた……『本に好かれた』みたいだ」

「は?」


 そういえば昨日そんなことを言っていた気がするけれど……いやいや、本当に?


「それって、実際になってしまったら……」

「呪いが届いて、死んじゃうねえ。この本は悪気がないようだけれど、しばらくぶりに人間の役に立ててとても嬉しかったみたいだ。だから好かれちゃった」

「いやいや……」


 そんなこと言っているけれど、どうすれば?


「何とかならないんですか……?」

「方法は探してみるよ。けれどどうにか良い方法は……そうだ」


 何かを思いついたかのように、少女は言った。


「君、ここで働かない? そうすれば本だって離れたとは思わない。だから呪いがかかることもないはずだよ——きっとね」


 それ、確信を持って発言してくれないと困るんですけれど?

 でも、今はそれしかないのか……?

 呪いなんて非科学的なこと、いつもだったら信じることはないけれど、今日の出来事を思い返すと実在しそうな感じに思えてくる。

 少女は笑みを浮かべ、


「それじゃ、交渉成立だね。今日は別に良いよ。明日、また同じ時間に来てくれるかな?」

「わかりました。……ところで、給料とか、この図書館の情報とか」

「話が早いね。給料は当然出すよ、働いてもらうのだから。それと、この図書館の名前は『ビブリオテーク』。どんな世界とも隔絶され、どんな世界とも干渉することの出来る異世界に村在する唯一の図書館。そして、私はこの図書館に居る唯一の司書であるミーティス。ま、よろしくね」


 こうして、私の図書館ライフが半ば強引に幕を開けるのだった……いや、未だ全然納得していないけれど……!

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