二冊目
第4話 緑を蘇らせる本・前編
ここは、異世界図書館『ビブリオテーク』。
ありとあらゆる書物が置かれている、不思議な図書館だ。
先日、ひょんなことから私はここで仕事をすることになったのだけれど……。
「広いなあ……」
ありとあらゆる、というのは決して誇張している訳ではなく、文字通り。
天井まで聳える本棚には、本がぎっしり詰まっている。流石に本棚の中や上も掃除するとなると日が暮れてしまいそうで——残念ながら、そこまですることはしていない。
それにしても、気になるのは先日この図書館に住む唯一の司書であるミーティスから言われた、あの言葉。
——君は、本に好かれちゃったんだよ。
「全くもって意味がわからない……」
本を好きになる、ならば分かるのだけれど。
本が意思表示をする訳でもないのに、どうやってそれを判別するのだろうか?
「やっていくうちに分かるのかなあ……?」
ちなみに、こんなにも怪しげな場所なのに働くのを決めた理由は——たった一つしかない。給料が良いからである。
当然、働くにあたり給料を提示してもらったのだけれど、その給料が破格だった。
本当にこの給料を貰えるのか? と少し不安になったぐらい。調べると、最低時給をゆうに超えていて、大学卒の初任給よりも若干上回る程度だ。
具体的な金額は未だ分からないし、言えることでもないのだけれど……この条件はあまりにも凄い。それでいて残業があるという訳でもないし、仮にあっても当然残業代は支給されるという——まあ、短期間ではあるけれど現在までに残業時間は一時間も存在しないのだけれど。
そして、ここにやってくるお客さんも滅多に居ない——というのが実情だ。
何故だか分からないけれど、図書館としての知名度が低いのかな? それはそれとして、どうなんだろう? と不安になってしまうけれど、経営まで心配する筋合いはないのかもしれない。
「あの」
そんな物思いに耽っていると——急に声をかけられた。
えっ、何事? と思って振り返ると——そこに立っていたのは、少女だった。
私よりも一回り小さいくらいの少女で、髪色は黄色く、ショートカットヘアだった。まあ、それだけなら珍しくなかったけれど——私が着目したのは、耳の形だった。
尖っているのだ、あまりにも鋭角であった。
一体全体、どういうことなのか皆目見当もつかず、しかし私の脳内をフル稼働させて、知識から導き出した答えは……。
「ええと……、もしかしてあなた、エルフ?」
「そうですけれど、何か?」
首を傾げられたエルフ。
正解なのか……。いや、それにしてもエルフ、だって? 私の住んでいる世界では当然見たこともないので、正直驚いている。何が何やら、という気分だ。そりゃあ、異世界とは言っていたけれど、こうも見たことのない存在を目の当たりにすると——。
「あの、ここって図書館ですよね?」
エルフから声をかけられ、私は我に返った。
「え、ええ……。そうですけれど」
「ちょっと見て回っても良いですか? 出来れば、おすすめの本も教えて欲しいのですが」
うーん、そうなるとミーティスしか居ないのかな?
そう思いながら、私は図書館の中心にあるカウンターへと足を運ぼうとした——その時だった。
「私に何か御用かな?」
背後から声がしたので、思わず「うわっ!」と声をあげてしまった。まるでゴキブリか幽霊でも見たようなそんな感じである……。
私がそんな大声を出すとは思って居なかったようで、ミーティスも目を丸くしていた。
「……急に話しかけた私も悪かったが、ここは図書館。静かにしてもらえないと困るなあ?」
「すいません。驚いてしまったもので……」
正直、申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちが入り混じって、何が何やらさっぱり分からない状態になっていた……。反省反省。
「ところで、おすすめの本と言ったかな?」
地獄耳だな、ミーティス。
それとも、気づかないうちに最初から近くに立っていたのだろうか? 小説だと表現されない以上は、どこに誰が居るかなんて分かりはしないのだし。
「そんなメタ発言をされても困るのだがね……。まあ、それについてはいずれ説明するとしよう。きちんと理由があるからね。別に当てずっぽうで言っている訳でもないのだから」
「あ、あの……それで、おすすめの本を教えて欲しいのですけれど?」
エルフが呆れた様子で会話に入ってきた。
「ああ、そうだったね」
あっけらかんとそう言うと、ミーティスは続けた。
「おすすめの本を教えてあげるまでに、二、三質問をしたいのだけれどどうかな? 別にそちらのプライベートを聞きたい訳ではない。ただ、本をお勧めするためには必要な情報でね、よろしく頼むよ?」
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