第2話 人の雰囲気を変える本・中編

「ここは、図書館だよ。見て分からない?」


 あっけらかんと少女にそう言われて、私は落胆する。

 ここが図書館であることぐらい、見れば分かるよ。

 私が言いたいのはそうではなく——。


「この図書館がどんな図書館なのかを教えていただきたいのですけれど?」


 ああ、と言って少女は頷く。

 やっとこちらの言いたいことを汲んでくれたか——と思い、私は耳を傾けた。


「ここは、様々な本が置いてある図書館だよ。ただの本ばかりではなく、魔力や呪い——その他諸々が封じ込められた本も置いている。例えば禁書と呼ばれてしまうような本だって置いてある、はずだよ。……何で分からないのかというと、ここに置いてある本があまりにも多過ぎて、把握しきれていないことではあるのだけれど」

「えっ?」


 司書であるあなたが理解できていないのなら、誰が理解できていると?


「まあまあ、良いじゃない。別にそんな危険な本をわざわざ冒険してまで読むものではないし。それに、あんまり興味を持っちゃうと、『本に好かれちゃう』よ?」


 本を好きになる、ではなく、本に好かれる?

 一体どういうことだろう。言葉のあやという訳でもなさそうだし……。


「本は、生きている。言葉を喋ることは出来ないのもいるから、感情表現や意見を言う事は難しいのかもしれないけれど……。しかし魔力や呪いは違う。純粋なエネルギーであるからね。それを持っている本に好かれてしまうと、耐性のない人間は簡単に死んでしまう。エネルギーに耐えられないからだ」

「いや、その……。なにを言っているのか、さっぱり……」


 もしかして何かオカルト系の図書館だったのかな?

 だとしたらちょっと失敗した可能性さえあるかも。


「まあまあ、そんなこと言わずに」

「聞こえていたの?」

「心の声ぐらい、少しは聞き取ることも出来るよ。何せここは、君の知っているような世界ではなく、どんな世界からも隔絶されてどんな世界とも接続することの出来る次元軸だからね」


 もう何が何やら。

 つまりは、ここは異世界ということか?

 漫画やアニメ、小説やゲームとかでしか見たことのない空間ってこと?

 正直、直ぐにこの事態を認識して噛み砕くことは出来ない……。


「まあ、私が直ぐに出来ることは……君の悩みを見て、それに対処出来る本を貸し出してあげることぐらいかな」

「悩み? 対処する?」


 お薬を処方するということなのかな?

 私の疑問だらけだった思考は完全に無視されて、少女は私の目をじっと見つめる。


「ははあ……。学校に馴染めていない……或いは何か違和感を抱いていると」

「何でそれを?」


 目を見るだけで分かるってどういうこと?

 私、一言でもそんな話したかな。


「だから言ったでしょう。心の声ぐらい聞き取ることが出来る、って。それを応用することで、内なる悩みぐらい目を見れば分かるって話。はてさて、つまりグループに馴染めないって話だから……」


 直ぐにカウンター裏に捌けて、何かを探し出す少女。

 ものの数分で戻ってきた少女の手には、一冊の本があった。

 ハードカバーだけれど、表紙に書かれている文字は少なくとも英語ではなさそう。というか、完全に読めない。


「あ、安心して。ここにある本というのは、手に取れば読めるようになるから。利用者権限というやつね。ここで働けるようになったら、ちゃんと違う方法も教えてあげるから」

「はあ……」


 そう言いながら、私は本を手に取る。

 すると、一瞬電撃が落ちたかのような衝撃を受けた。

 何が起きたのかさっぱり分からなかったが——しかし目の前の本に書かれている情報が、なぜかスラスラと読めるようになっていた。


「えっ……?」

「読めるように、なったでしょう? 貸し出しは一週間としておくけれど。効果が出たら返してもらって構わないから。本に好かれると、大変なことになるからそれだけは注意しておいてね。んじゃ、よろしく」


 そう言われて、私の対応は終了したのか、少女は奥へと消えていった。


「えっ、ちょっと……!」


 質問をしようとしたのに、しかし少女は歩みを止めることなく、完全に姿を消した。

 残されたのは、私とこの意味の分からない一冊の本だけ。


「しょうがない。帰るか……」


 そう言って、私は図書館を後にした。

 外に出て、路地裏を出ると、またいつもの喧騒である。

 それに、何だかあんまり時間も経過していないような気がする。気のせいか?


「何だか変な場所だったなあ。夢みたいだった……けれど、本はあるし、現実?」


 そして、振り返ると——扉は消えていた。


「えっ?」


 やっぱり、意味が分からない。

 そう思いながら、とにかく家に帰らなければならないと思い、私は仕方なく家路に着くのであった。

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