ずっと疑問だったこと、そこに触れたら関係が変わりそうな予感がする。

ゴクリと唾を飲み込む。


「君だから受け取ったんだよ。……それが答え」


はっきりとは口にしないけれど、“選ばれた”のだと言われたような気がした。


凪くんはラケットバッグを反対側に抱え直し、そっと耳元に近づいてくる。息が掛かれば、くすぐったいくらいの距離。


「今日はいろいろあったから、まだ伝えないね。ちゃんと必ず伝えるから」


至近距離でその甘い声は、ドギマギしちゃう!

真っ赤になったであろう耳を隠すように押さえる。

叫ばなかった私、偉いよ!


「体育祭のあと、時間もらえる?」

「……うん」


その時に答えをくれるんだね?

チラッと様子を伺えば、凪くんの表情は眉間に皺を寄せて、ピリッとした空気を纏っていた。


「凪くん?」

「ん?」


まるで何もなかったように、微笑みが返ってくる。

あれ? 見間違いかな?


「さっき、噂で聞いたんだけど」

「うん?」

「“凛ちゃん”がリレー出るって本当? 交換したんだってね」

「えっ、そんなことが噂に?」

「彼ってすごく足が速いみたいだね。最悪だって騒いでた男子がいたよ」

「へぇ〜」


凛ちゃんがどれくらい速いのか分からない。

噂になるほど速いなんて、その運動神経が羨ましいもんだ。

たぶん、迫力ある走りなんだろうなぁ。男子の本気の走りって盛り上がるもん。


「莉央ちゃん」

「うん?」

「先に約束したのは俺だから。応援してくれるよね?」


じっと見つめられ、首を傾げる。……あっ!


「そっか、リレーに出るなら、凪くんと対決なんだね」


気付かなかった。私のために競技を変わってくれた凛ちゃんのことは応援したいけど……。

凪くんの頭に垂れ下がった耳が見えるようだ。


「もちろん、凪くんのことを応援するよ!」


両手でガッツポーズを作る。


「良かった。 “凛ちゃん”が出るなら、莉央ちゃんはクラスの応援をするかと思ったから」

「凛ちゃん、拗ねるかなぁ」

「大丈夫だよ。莉央ちゃんの分まで、クラスの子たちが応援してくれるよ」


にこにこと笑う、凪くん。

こんなに嬉しそうにしてくれたら、仕方がないよね。きっと、凛ちゃんも分かってくれる。


「莉央ちゃんに応援してもらえるなら、絶対に勝つから。負けるわけにはいかない」


気合十分といった様子。

むむっ、これは強敵だよ、凛ちゃん!



*   *   *



あっという間に、体育祭当日。

毎日練習を頑張ってきた成果を発揮する日が来た。


アーチが設置されるなど、いつもと違う雰囲気。非日常の空気が校舎内にも漂っている。

凛ちゃんから、今日は早めに教室に来るようにと声が掛かった。動きやすいヘアアレンジをしてくれるというので楽しみ。


「おはよー」

「おはよう。莉央、ハチマキ貸して」


既に机の上にはヘアゴムやスプレーが用意されていた。

凛ちゃんのお姉さんから借りてきたというヘアアイロンまである。

ポケットに入れていた、ハチマキを手渡す。


「これなんて、どう?」


差し出されたスマホの画面には、ゆるふわの三つ編みの中に、ハチマキも一緒に編み込むものだった。


「かわいい!」

「他にもあるけど、これが莉央の可愛い雰囲気に一番似合いそうだと思って」

「うん、うん、さすがだよ!」

「だろ?」


得意げな顔で笑う。

凛ちゃんって本当に頼りになる。私の好みを熟知されてる。


大きな手が優しく髪に触れる。

手鏡でその動作を見ていたら、鏡の中で凛ちゃんと目が合う。温かい眼差しがくすぐったい。


「玉入れもだいぶ上手くなったな」

「凛ちゃんが特訓してくれたからね。目標は3個入れる!」

「もうちょっと、がんばれ」


目標の低さに苦笑いされる。

全然入らなかった初日からしたら、かなりの進歩なのに。

むくれちゃうよ?


「凪くんのリレーの順番ってアンカーなんだっけ?」

「うん、そうらしいよ。アンカー任されるなんて凄いよね!」

「……ああ」


何だか複雑そうな返事に首を傾げる。


「どうしたの?」

「いや、あー、うん。隠してもしょうがないから言うけど。急遽、アンカーを頼まれてさ」

「すっごぉい、大抜擢だね!」

「凪くんとなんて、やりづらいな」


本気で嫌そうな顔をしている。


「莉央はあっちの応援をするだろう?」


当然と言いたげな様子に、気持ちがバレバレなんだと恥ずかしい。同じチームなのに応援しないなんて申し訳ない。


「ごめん……、凛ちゃん」

「いや、謝らんでも。莉央の気持ちを考えたら当然だし」


はあ、とため息が聞こえてくる。

憂鬱そうだな。


「やるからには全力でやるけどな?」

「やる気満々じゃん」


表情と違って、闘志は燃やしているらしい。


「莉央の応援を取られちゃってるからな、駄々もこねたくなるさ。よし、出来た。出来栄えはどう?」


鏡の中には可愛さが増したように見える私が映る。

凛ちゃんの手によって、作られた髪型は魔法のよう。普通の女の子がちょっと変身しちゃう。


「素敵だよ、ありがとう」

「その顔かわいいな」

「髪型じゃなくて?」


褒めポイントがズレていて、笑ってしまう。


「体育祭、頑張ろうね!」

「ああ」













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