7
「えーと」
そわそわと落ち着かない様子で、ハーフアップにしていた髪をガシガシと崩した。
「……ごめん、さっきの嘘だから」
「何が?」
「普通の友達ってやつ」
「!」
先ほどの苦い気持ちを思い出して、息を呑む。
えっと、嘘なの? なんで嘘なんてついたの?
「ちゃんと大切に思っているから、莉央のこと」
「じゃあ、何であんなふうに否定したの?」
頬を膨らませる。
あれがどれだけ悲しかったか。
怒りたくなるけど、凛ちゃんのほうが死にそうな顔をしていた。
「傷付けるつもりはなかった、ごめん」
声に元気がない。
すごく反省しているのが伝わってくる。
「……ほら、莉央は凪くんのことが好きだろう。変な誤解を生まないように、だよ」
「誤解……」
「仲の良い男が周りをうろついてるとか、凪くんもいい気がしないから。俺は莉央の“王子様”に誤解されたくない。王子様と結ばれるのが夢だもんな?」
王子様とハッピーエンドを迎えることを夢見てる。
凛ちゃんは笑ったりせずに、それが叶うといいなって言ってくれる人。それに私は救われていて、信頼している人。
私は素直に首を縦に振る。
「これからも莉央の側にいるなら、俺は人畜無害と思われなきゃいけないんだよ」
「それは凪くんが凛ちゃんに嫉妬するってこと? それを心配しているの?」
「そうだよ」
「はあ……」と息を吐いて、凛ちゃんは目を細めた。
「意味分かんないだろうけど、俺もお前のことを友達以上に大切に思っていることは覚えておいて。そこに嘘はないから」
この真剣な眼差しは、絶対に嘘なんてついていない。
それは鈍い私でも分かるよ、凛ちゃん。
「あんな嘘で傷つけたままとか無理だった」
「覚えておくね」
「……うん、ありがとう」
ふにゃりと表情を崩した。
その顔と見つめ合うのが何だか恥ずかしくなって、私のほうから視線を逸らす。ずっと見てるのは無理。
凛ちゃんに大切な友達と思われていて安心したからかな、トクントクンと胸が高鳴る。
「凪くんも待ってるし、今日の特訓は無しな。さっさと着替えて行っておいで」
「うん、頑張ってくる」
「家に帰ったら連絡して」
「ん? なんか用事あったっけ?」
「莉央と話したいだけだよ」
報告会ってことかな?
“普通の友達”って嘘をついたり、私の恋を気にしてくれている凛ちゃんは、本当にいい人だと思う。
* * *
靴箱に向かっていた足を止める。
何もやましいことなんてないのに、思わず隠れてしまう。
「小笠原くん、受け取るだけでもダメ?」
凪くんが女子から手紙を差し出されていた。
華やかな美人で、夕日のコントラストと合わせて、2人はドラマの1シーンを見ているようだった。
「この子ね、入学してすぐに貴方のことが好きになったの。せめて手紙だけでも読んでくれない? 手紙を受け取ってもらえた子がいるって聞いたよ、ダメ?」
どうやら、友達の代わりに手紙を渡そうとしているらしい。
噂になっているのは私のこと?
あの日まで、凪くんは何も受け取らないことで有名だったから。
「ごめん、受け取れない」
「どうして!? 一回でも受け入れたら、二回も三回も変わらないでしょう!?」
「全然違うよ。 それは応えられない好意だから、受け取れない」
優しい口調なのに、その内容は厳しいものだった。
「……そう。あの子、頑張って書いてたのに……」
胸がズキンッと痛む。
お友達の気持ちが分かる。
私も凪くんに頑張って書いたから。読んでくれるかな、読んでくれたらいいなって思ったよね。
凪くんが受け取ってくれなきゃ、あの手紙と一緒で意味のないものになっていた。想いを伝えられなかった未練はどうすれば良いんだろう。
凪くんが深々と頭を下げた。
「気持ちは受け取った。その上で、ごめんなさい。俺が受け取るのはあの一回きりだから、今後は誰からも受け取らないようにする。期待に応えられなくて、ごめん」
真摯に対応しているのは、ここから見ても分かる。
それを見た美人も諦めることにしたみたいで、静かに去っていった。
覗き見してしまったことに、気まずさを覚える。
「莉央ちゃん、出ておいで。隠れているのは見えたよ」
「えっ!」
「柱の陰に隠れたでしょう? 気付いていたよ」
そんな風に指摘されると恥ずかしい。
「盗み聞きとかするつもりはなかったの」
「大丈夫だよ。莉央ちゃんが気にすることは何もない。それよりも、帰りながら話そうよ」
手招きをされたので、横に並ぶ。
周りには誰もいないけど、こうやって歩いていたら噂されるかも。
その想像が今はつらい。どこかであの手紙の子が見ているかもしれないんだから。
「どうしたの? 元気ないね。まさか、また誰かに絡まれた?」
凪くんの目が細められる。
私は慌てて、首を振る。
「もしかして、手紙のことが気になる?」
「うん。うまく言えないんだけど、私の手紙もあんな風に読んでもらえなかったかもって想像しちゃって、胸がキューッてなってる」
「そっか。……俺にはああする事しか出来ないんだ。何も受け取らないのが俺なりの誠意で、せっかく用意してくれたのに申し訳ないと思っているよ」
「凪くんの平等な優しさは伝わっていると思うよ」
じゃあ、どうして私の手紙は受け取ってくれたの?
そう考えてしまうのは自然なことだと思う。
でも、それをいま口にするのは違う気がして黙り込む。
「莉央ちゃんが考えていることを当ててあげようか?」
「え?」
「どうして俺が受け取ったのか気になるんだよね?」
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