第9話 弱さのなかの光
2月の第一日曜日、私は前と同じように15分前に行友教会に着いた。
このときに受付をしていたのは夕香さんではなく、40歳くらいの快活そうな女性だった。
「おはようございます! 確か高辻さんですね。ようこそいらっしゃいました。私は
笑顔全開で迎え入れられ、ほっとする。
「受付表に名前だけでいいので書いていただけます? あとこちらが週報、……聖書と讃美歌はお持ちじゃないですよね、はいこちらです」
以前と同じ、週報、聖書、讃美歌と言う三点セットを渡され、お好きなところへお座りくださいと言われたので座れそうなところを探す。
塩見さんを見つけたけど、その隣には誰かが座ってたので仕方なく別の人の隣に座った。
そこに座っていたのは70代くらいの男性だった。
「すみません、こちらよろしいですか?」
私に突然声をかけられその男性は驚いたようだったけど、どうぞどうぞと座るように促してくれた。
その後男性は特に話しかけてくることなく、一心に聖書を読んでいる。
この人も礼拝に入る準備をしてるんだな……。
まだ礼拝が始まるまでに時間があったので、私も聖書を開いてみる。
分厚い聖書を最初から開いていくと、旧約聖書と書かれており、ずらっと目次が並んでいた。
創世記、出エジプト記、レビ記……。
創世記は聞いたことがあるけど他はさっぱり分からない。
旧約聖書の冒頭はまさに創世記、天地創造から始まっていた。
「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。
『光あれ。』
こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。」
このあと神様は六日かけて天と海や土地を作り、植物を生やし、昼と夜を作り、動物を作り、そして最後の日に自分をかたどって人を作った。
六日連続で働いて神さまも疲れたのか、七日目に安息を取ったらしい。
これがもしかして今の一週間の起源かもしれないな。
ところで人って神さまが自分をかたどって作ったのか。
神さまも一人で寂しかったのかな、とちょっと明後日なことを考える。
そしてその後、例のアダムとエバの話が出てきた。
聖書の3ページ目にもう出てくるんだ、と少し驚く。
エバは神さまの言いつけを破り、蛇の誘惑に乗って禁断の実を食べた。
それを知った神さまは激怒し二人を追放、特にエバに産みの苦しみと言う罰を与えた。
そこを読んで思わず顔をしかめ、下腹部に手を当てる。
産みの苦しみって、陣痛やつわりだけじゃなく生理痛やPMSも含まれるよね?
私は結構生理痛がひどくて病院にも行ったけど特に原因はないと言われ、低量ピルを処方されたけど体に合わず、今は何とか鎮痛剤でしのいでいる。
その毎月の憂鬱を思い出し思わず
「エバのせいかよ」
と呟いていた。
そしてパイプオルガンの奏楽が始まった。
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今日の聖書の朗読箇所は「コリントの信徒への手紙二 12章9節」だった。
それがどこか分からずまたあたふたしていると、隣の男性が無言でページ数を見せてきてくれた。
軽く頭を下げてお礼する。
「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」
その後の榊原牧師の説教によると、どうもパウロと言う人が自分の弱さを嘆き、その弱さを取り除いてほしいと神さまに願ったらしい。
でも神さまはそれをはねのけた。
自分の弱さを知るということは、自分の至らなさを知るということ。
そこで初めて人は神さまを頼り困難に立ち向かおうとする。
本当に強いのは、最初から強さを兼ね備えていることではなく、自分の弱さを受け入れ前を向くことを決めた人。
弱さは神さまの愛を知るための器なのだということ。
その話を聞きながら、ふっと仕事のことが浮かんだ。
私はほぼシステムのことは知らない状態で今の会社に入社した。
周りをみるとエンジニアたちの知識とスキルはすさまじいし、営業たちもそれに引けを取らない経験と人脈を武器にお客さんと渡り合っている。
その人たちに比べまだまだ私は至らないと思っていて自信もないけど、それでも必死にしがみついて今まで来た。
そんな私を神さまは本当に強いと言ってくれてるんだろうか。
そう考えると、また涙腺が緩む気がした。
私、礼拝に来るたびに泣いてる気がするけど、大丈夫だろうか。
それにしてもキリスト教の教えってもっと崇高で清らかなイメージだったけど、思ったより人間臭いと言うかこんなに心に刺さるものだったんだ。
キリストが生まれて2000年以上たつけど、人って全然変わらないのかもしれない。
だからこそ長い間、たくさんの人が信仰を重ねて続いてきたのかもしれない。
何となくそう感じた。
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