第12話【巨大悪魔神殿ゴーカサス】

 村を後にした一行は次の目的地へと歩みを向けていた。

「次はゴーカサスだな。残ってるやつらの中で正攻法で見つけられるのはゴーカサスしかいねぇ」

「ねぇお兄ちゃん。私、悪夢の姿は見えないけど名前はよく聞くけどさ、あと見つかってないのってそのゴーカサスって言う悪魔とギャンザー? っていうのと、あと二体だよね?」

「そうだけど」

「その二体のうちの一体は確かクレイオスっていう悪魔だよね?」

「そうだけど」

「何その相槌…それでね、あとの一体の名前だけがね、どうしてか思い出せないの。と言うより聞いたことないような…」

「〇〇〇〇〇のことだな」

「………え、なんて?」

「だから〇〇〇〇〇だって」

「なんて言ってるのか分かんないよ」

「こいつの名前は言っちゃいけないんだよ。言ったら現れちまうから」

「え、いや、探してるんでしょ? だったらさっさと呼べばいいのに」

「今はダメなんだよ。アレは然るべきタイミングで呼ばなきゃならねぇんだ。不用意にアレが現れたら、場合によっちゃ俺たち全滅どころの騒ぎじゃなくなるから」

「そんなヤバい悪魔がいるの? それなのにギャンザーって悪魔はもっとヤバいってことでしょ?」

「ギャンザーのヤバいは…また別次元と言うか…でも場合によれば〇〇〇〇〇の方が…いや、俺的には一番敵に回したくないのはクレイオスなんだけど…」

「悪魔ってとにかくヤバいんだね」

「悪魔ってとにかくヤバいんだよ。だから探してんの」


 半日ほど歩くと、また光景は一変する。それまでは自然あふれる牧歌的な風景だったのが、まず道が舗装されて道路には車が走り、徐々に高い建物が多く見られ、いつの間にか都市の様相になっていた。馴染みある光景に、サエ子は肩を落としている。

 ここから距離はまだあるため、街にあるレンタカーショップで六人乗りの乗用車を借りることにする。運転はケイが担当する。

「ようやくボクに感謝すべき瞬間が訪れましたね皆さん」

 勝ち誇っているケイに皆は閉口した。

「それでどちらまで? ナビ入れますから」

「とにかく南下」

 英斗の素っ気ない指示に今度はケイが閉口した。

「とにかく南下。じゃわかりませんよっ」

「熱帯? っていうの? 南下してたら多分、ジャングルみたいな熱帯植物が生い茂ってる地域があんだよ。んでそこに大昔の文明の遺産みたいな神殿があるから、そこへゴー」

「多分て…しかも神殿って、また神様を名乗ってるんですか、その悪魔も?」

「いや、今度は神じゃない。王様だ」

「王様気取りですか…」

「いや、マジで王様。正確には元人間の王様。色々あって死んでから悪魔になったって感じ。けどまぁ緊張したり崇めたりする必要はねーから安心しろ」

 ケイは慣れた手つきで運転しながら、助手席に座る英斗と話している。サエ子は窓の外から代わり映えしない街の景色を虚無に見つめている。対照的にガイは目を輝かせて外を見ている。ヒロ子はアイマスクをつけて既に眠りについている。

「緊張しなくていいし崇めなくて良い…良い王様だったんですかね、そのヒト」

「そんなもん知らねーよ。悪魔になってからのやつしか知らないけど、やつは平和主義者なんだよ。恐らくかなり強い力を持ってるはずだけど、それを争いのために振るったことは一度もなかったな、と言うより何考えてるか分かんねーやつなんだよ。喋んないし。言うならガイみたいなやつだな」

「なら安心ですね」


 かれこれ三時間ほど車を飛ばしているが、一向に神殿のような建物は現れない。確かに、辺りの景色は湿度の高い、南国のような風景に変わってはいた。熱帯植物は生い茂り、まるでアマゾンのような川まで流れ出した。フラミンゴが一斉に飛び立った。

「まさか本当に南国みたいになってきたんですけど…」

 運転しているケイはその異様な光景にはじめは戸惑い、そして辟易していた。

「これこそゴーカサスが近くにいる証拠だ………お、あれだ」

 英斗が前方を指さす。何もない。いや、霧が立ちこめている。

「霧なんてなかったのに…」

「俺の認識に入ったからだ。見てろ」

 霧が晴れていく。そして徐々にそれは姿を現した。


 古代文明の神殿。まさしく、それだった。儀式を行ったり暦を司っているような、石造りの巨大な建造物。近づくにつれ存在感は増していく。

神殿から探し離れた所にある、木々が周りより少ない開けた場所に車を止め、皆は降り立つ。ヒロ子は車内で留守番を決め込んだ。


 何やら騒がしい。英斗たちは急いで神殿に向かった。

 神殿には多くの人間がいた。そしてその者たちは神殿を攻撃している。壁面や階段をメイスのような鈍器で破壊し、周辺には火を付けている。

「おいおいおいお前ら何やってんだよ」

 英斗はそのうちの一人に掴みかかった。しかしそれを簡単に振りほどき、破壊行為を続けた。よくみると、破壊行為をしている者は全て同じメイド服を着た、同じ髪型に同じ顔の少女だった。英斗は何かに気づき、辺りを見回した。やや離れた所に誰かいる。白いスーツに身を包んだサングラスの短髪の男だった。男は英斗と目が合うと手を降ってみせた。英斗はうんざりとした顔でその男の傍に行った。

「いよう、こんなところで奇遇だなぁ」

 男はニヤつき顔で英斗の肩に手を置いた。英斗は強めに振り払う。

「人形職人…てめぇこそなにやってんだ、あぁ?」

 人形職人と呼ばれた男は、今にも殴りかからんとした英斗の様子には一切気にも止めずに答えた。

「なにって、悪魔退治だよ。あの神殿って実は悪魔なんだよ。…って、君には釈迦に説法ってやつだったな」

「アレは俺んとこの悪魔なんだわ。というわけでおつかれさん、もう行っていいぜ」

「そう言われても、こっちも仕事だからねぇ」

「悪魔討伐の依頼でも受けたってのかぁ?」

「と言うよりアレの撤去だね。ここらへん一帯がこんな風になって迷惑被ってる人がいるんだよ」

「もっとマシな嘘つけよな。一体いつの話してんだよ。ここがこうなったのは何年も前だっつーの」

「えー、そうなんだ? もしかして君、外の世界に住んでたことあるのかい?」

「だったらどーなんだよ。…つかお前さ、ルギールに一枚噛んで外に出てなにするつもりなんだよ?」

「別にー。あんな辛気臭い所から抜け出せるんならなんだって良いんだ。どこへ居たってやることは変わらないからね」

「あっそ。で、これ依頼じゃないよな。だったら何のために?」

「あの神殿の中にはお宝があるんだよ。何を始めるにもまず先立つものがいるからね」

「盗賊じゃねーか………でもまぁそれだったら心は痛まねぇ」

 英斗は人形職人の前から踵を返して神殿に向かった。そして目を閉じ、意識を深い奥底に沈めた。

「人形共は操り糸を断ち切れば速い。…だったら」

 そして目を開くと、英斗の両腕は肘から先が鈍色の刃となっていた。目の下には流れる涙のような、赤いラインが引かれていた。

「この場はこのインティーダが収める」

 インティーダと共鳴した英斗は、まず一番近い所でメイスを振るうメイドもとい人形職人が操る人形に詰め寄り、刃を振るった。

 人形には傷一つ付かなかった。しかし人形はまさに糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちて動かなくなった。即座に次の人形へと距離を詰め、糸を断つ。

 目にも止まらないスピードで次々と人形を無力化していく。ケイたちもそれぞれ人形を相手取っていたが、英斗のその姿に唖然としていた。

「社長って本気出せば強いんですね~。って、あれは悪魔がやってるのか」

 ケイは手近な人形を一体凍られて、一仕事終えた感じを出して座り込んでいた。その隣でサエ子ものんびり休んでいる。

「お兄ちゃんがすごいのは丈夫さだよね、うん」

「サエ子ちゃん、なにかやった?」

「いーえ。私は緊急戦力だからこの程度なら動かなくていいの」

「ふーん…ちょっとはガイ君を見習ったらどうですか?」

 ガイは英斗に負けず劣らず人形たちを圧倒している。右腕は大木のようになり人形を薙ぎ払い、左腕は回転カッターのような刃になり人形を細切れにしている。

「まー確かにガイ君は、戦力になるよね」

「僕も凍らせたりとか一生懸命やりましたよー?」

「一体だけでしょ?」

「………まぁ、僕たちはビジュアル担当ですから、ね」

「それって喜んでいいよね、私」


 人形が次々と倒されていくにも関わらず、人形職人は否も解さずに腕を組んで立って見ている。それに違和感を持った英斗は攻撃をやめた。

「ちぇ、バレたかな」

 人形職人は両腕を下げてうなだれる仕草をした。そして手を振り上げ、まるで指揮者のように左右に大げさに手を振った。すると、倒れて動かなくなっていた人形たちが人ならざる動きで起き上がった。

「ラーニング終了。それではお返しと行こうか」

 人形たちが一斉に英斗たちに襲いかかる。その動き、速度は先ほどとはまるで違った、殺意に満ちた俊敏なものだった。

「先ほどとはーーー」

 人形たちの両腕が鈍色の刃となって英斗の身を切り刻む。一方、ガイに迫る人形の右腕は大木なように、そして左腕は回転カッターのようになっていた。


 人形たちが群がって出来た山。人形たちが一体ずつ離れる。その中心には全身に無数の切り傷を負った英斗の無残な姿があった。人形職人は英斗を上から見下すように眺めている。

「この子たちは僕の最新作で、受けた攻撃を自分のものとすることができるんだよ。残念だったね。けどおかげでこの子たちの成長に繋がったよ。実は前からずっと思っていたんだ。君たちのその力、欲しいなぁ…ってね」

「だ、から…てめぇは…キライ、なん、だよ…」

 既に英斗の共鳴は解除されていた。

「体バラされなかったことを感謝されると思ったんだけどなぁ…まぁいいや。お宝さえ手に入れば良いし。そこで楽にしていてくれよ、お仲間もね」

 ガイも動けない状態だった。ケイとサエ子も漏らさず攻撃を受けていた。

「あぁちなみに、車の中で待ってる彼女の方にも一体向かわせたんだけど…あぁ、戻ってきた」

 英斗たちの車がある方から人形が一体歩いてくる。体には赤いものがびったりとこびり付いていた。

「彼女にもラクにしてもらうことになったようだ」

「………ちっ………」

 人形職人は人形たち数体を伴って神殿に歩み寄る。しかし突然その歩みを止めた。神殿が震えている。

「建物が動いてる? お前たち、様子を見てきてくれないか」

 人形職人は人形たちを神殿に向かわせた。人形の一体が神殿の階段に足をかけようとしたとき、神殿と地面の間にすき間が生まれた。神殿はゆっくりと地面を離れ、浮遊し始める。

 そして上空数十メートルのところで停止し、神殿の各部が展開する。底面が開き足のような形に、そして側面は腕のようにそれぞれ変形し、頂上部分から大きな一つ目を持つ頭部がせり上がった。神殿は巨大な人型に変形した。

「悪魔が目覚めたのかっ!? というよりこれ巨大ロボじゃないかっ!?」

 神殿だった巨大ロボは地面に降り立つ。その衝撃で周辺の木々はなぎ倒され、人形たちは中へと巻き上げられた。巨大ロボの頭部の一つ目が光り、レーザーが照射され、空中の人形たちは一瞬にして跡形も残らぬ塵となった。次にその一つ目が捉えているのは、足元で立ち尽くす人形職人であった。

「これはマズイ展開だな…退散するとしようか。またね~、パラサイト社長~」

 人形職人はポケットから小さな犬の人形を取り出し放り投げた。するとそれは人を乗せられるほどの大きさになり、人形職人を乗せてその場から駆けて離れて行った。

 怒りが収まったのか、巨大ロボは徐々に小さくなっていき、全長が三メートルほどになった。

《刻石英斗…生きている、か?》

 その巨大ロボ、ゴーカサスは英斗に声を掛けた。その声は辿々しくも、とても優しい響きだった。

「あー…久しぶりだな、ゴーカサス…」

《目覚めるの、遅れた。すま、ない》

「気にすんな…この通り、生きてるから。…それに、もうすぐ治してもらえるから、…な」

 英斗が指差す。そこには白衣を真っ赤に染めたヒロ子が歩いて来ていた。他の皆も無事なようだった。

「ひどい目に遭ったわよ全く…。あの人形に、普通の人間は殺せない枷が掛けられていたおかげでやられずに済んだけど…死にかけよ。この通り血塗れだわ。まぁ、血糊だけどね」

「無傷ってことじゃ、ねーか…」

「私を傷付けられるなんて一億年早いって感じよ。ほら、見せなさい」


 ヒロ子の手当てで動けるようになった英斗はゴーカサスにまず謝った。

「人間のせいでひどい目に遭ったよな、代わりに謝る」

《お前、悪くない。気にする、な》

「そうか…。それで、折入って頼みがあるんだけど…」

《再契約なら、いい》

「………いい? って肯定、否定?」

《………こ、肯定》


 ゴーカサスとの再契約を済ませると、辺りの景色は一変していた。舗装されて道路が走る荒野だった。スタンドやコンビニが点々としている。

「ここって…こんな感じだったわ、そーいえば…」


 しばしの休息のあと、一行は車で街に戻ることにした。

「さーて、順調順調。順調過ぎて欠伸が出てくるぜーっ感じだな」

 英斗はやけに上機嫌だった。

「街を出てから立て続けに悪魔見つかるなんて、なんか楽勝だねお兄ちゃんっ」

「だよなぁー。なんか順調過ぎて怖い気もするけど」

 ヒロ子は柄にもなく神妙な顔で外を見ている。ガイは居眠りをしている。

「英斗…あんた、油断すんじゃないわよ?」

「なんだよ、ヒロ子? 油断って…」

 サエ子は居眠りをしている。見ると、今まで喋っていたヒロ子も眠っている。隣を見ると、ケイも眠りについている。なのに車のハンドルは動いている。外は暗い。

「ちょ、お前、居眠り運転すんなよ、あぶねぇだろっ!? あれ…ちゃんと進んでる? つか外、いつの間に暗くなったんだ…?」

 いつの間にか車内には英斗しか乗っていなかった。外は明るい。

「おまえらどこいったっ!? …今度は、明るい…?」

 運転手のいない車は走り続ける。道はどこまでも続いている。先が見えない。辺りには建物一つない。山も川も何もない。ただ、白と黒のマス目のような、縦や横、奥行きのない景色が延々と広がっていた。車は前や後ろ、手前や奥に向かって走っている。

「これって、まさか………?」

 そこで英斗の体も消えた。


続く

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