第11話【太陽の刃】

「…体が痛ぇ」

 フリードが共鳴を解除して英斗に意識が戻ったのは、あれから五時間後の事だった。辺りはすっかり夕焼け空に染まっていた。

 英斗の全身には切り傷と打ち身、そして筋肉痛が至る所に蔓延っていた。フリードが交代の際にやたらと詫びていた理由が分かった。


 前にはタオスが仰向けに倒れている。服がボロボロになっていが、オレンジに染める横顔は、どこか満足げに見えた。。

「ヨイタタカイダッタ。ワタシモふりーどモマンゾクシタ」

「あのさぁ…ずっと気になってたけど、なんなんだよそのカタコトの喋り方はよぉ…。前は普通に喋ってただろ?」

「………その方が達人っぽく見えると思って…………」

「随分とミーハーになったもんだよ」

「暇だったのだっ 相手になる者が誰もいなくなって…」

「誰彼構わず倒すからだろ…普通にコミュニケーション取れよ…って、なんで悪魔にこんなこと言わなきゃなんねーんだよ…」

 タオスはゆっくりと立ち上がり、英斗に面と向かった。

「これで憂いはなし。よし、約束通りお前と再契約しよう。そしてインティーダと戦うことも了承した」

「ありがとよ」

 帰りもフリードと共鳴して海を渡った。そして村へ帰ると、仲間たちの姿はなかった。村人の一人が言う。

「お連れさんがたなら、うちの民宿で夕食を召し上がっとりますよ」


 村で一番大きな日本家屋。玄関前には『民宿ザ・サン』と書かれた木のプレートが掛けられていた。中へ入ると見知った顔が囲炉裏を囲んで鍋をつついていた。

「おー、おかえりー」

 ヒロ子は一人で一杯やってる。

「………まぁ、そりゃそうだよな。うん。勝手に走り去って行ったのは俺だもんな、うん」

「お兄ちゃんも、ここ座りなよー。暑いけど鍋もアリだよー」

 英斗はサエ子の隣に腰を下ろして、手元にあるお茶を飲み干した。それからサエ子に鍋をよそってもらった。

「…あー…疲れた身体に染み渡るわぁ…。何か知らんけどめちゃくちゃ運動した気分なんだよ…」

「ここね、セルフ温泉もあるんだよ」

「なんなんだよセルフ温泉って…」

「自分で混ぜるんだよ、素を」

「それってセルフ温泉って言うのか…知らなかったわ…」

 その日は食事の後にセルフ温泉に浸かって体を休め、早めに眠りについた。


 翌朝。英斗が目を覚ますと、既に面々は囲炉裏を囲んでお粥にありついていた。

「お兄ちゃん、ここ座りなよー。暑いけどお粥もオツだよー」

「なんかつい数時間前にも聞いたような台詞だな…」

 英斗は朝食もそこそこに、一人で例の祠へ向かう準備をした。皆は食後のコーヒータイムに勤しんでいる。

「お兄ちゃん一人で行くの? ちょっと待って」

「いいから、お前も、みんなも休んでろよ。条件は揃ってんだ。サクッと済ませてくるからよ」

 誰もそれ以上は動こうとしなかった。最早、微睡んでいる者さえいる。

「社長、いってらっしゃーい…」

「ていうか雪之丞…おまえ雪だるまなのに、熱いのとか平気なんだな…知らなかったわ」

「実際の所ね、解けるとかってないんですよ…」

「なんなんだよ…」


 英斗が祠にたどり着くと、村人が揃って朝の祈りを捧げていた。その光景に英斗は少し面食らった。

 祈りが終わるのを待ち祠へ近づこうとすると、村人の一人がコソッと声をかけてきた。

「あ、あの…もしかして、太陽神…様を連れて行かれるおつもり、ですか?」

「あぁ…そうだけど…。やっぱり村人的には反対だよな」

「いいえっ!! 早くどこへでも連れて行ってくださいっ!!」

 村人は英斗に掴みかかって、いや、縋るように続けた。

「私たちはもう嫌なんです。こんな不便な暮らしは…かと言って生まれ育った故郷から離れるのも…。前はこの村…いや、町もこうじゃなかったんです。あの神様が来てから、なんかこう、わざわざ原始的な暮らし? みたいな感じになってしまって…。で、でも別にあの神様が何か災いを齎すわけでもないんですが…」

「要するに爺さん婆さんがたが御執心になり過ぎてるってわけだな」

「はい…。うちのおじいちゃんは逆に利用して民宿とかやってるんですけど…そんな事利用しなくても観光客とか来ると思うんですよね…この町には素晴らしいものが沢山ありましたし」

「あー………。まぁ、神が去ったあとのことは、それこそ神のみぞ知るってやつだな」


 祠に手を合わせる。前回のような滲み出る現れ方ではなく、即座に姿を現した。

「よう、昨日ぶりだな、インティーダ」

 インティーダと呼ばれた悪魔は、両腕の刃をかち合わせている。

《その気配…タオスを連れてきたようだな…》

「約束通り、タオスと手合わせしたら戻ってくんだろうな?」

《神に二言はない》

「あとから、オレ神じゃなくて悪魔だもーん。とか言い出したら滅するからなマジで」

《………悪魔に二言はない》

「悪魔と言ったら二言だろーが。…まぁいいや。じゃタオス頼むわ。つかなんでどいつもこいつもタオスタオスって…。まぁいいや」


 英斗の雰囲気が変わる。そして姿形も変わる。完全にタオスの姿に変貌した。

「ワタシトノキョウメイジョウケンハ、サイテイ75ぱーせんとカラ。…ワタシモズイブントツミブカイオンナダナ…」

《タオス…しばらく見ない間に随分と奇妙な話し方をするようになったな》

「やっぱり不評かぁ…やめよ」

《では、手合わせ願おうか》

「いいけどさ、その腕で切られたら英斗バラバラになっちゃわない?」

《何をほざく…私の刃に一度たりとも、かすりさえもしたことがない癖に…》

「あんたは確かに強いけど、こだわりが強すぎるの。フリードみたいに情け容赦も見境いもない訳では無いし、私みたいに自分の力を信じてる訳でもない…まぁ、上から数えたら強い方には入るけどさ、本当は」

《人々の信仰を力に変えた私をあまり侮らない方が良いぞ…》

「だからダメなのよ」


 戦いは一瞬で決した。タオスは一度の踏み込みでインティーダの懐に介入し、残像が残るほどの蹴りと拳による高速連打を全て同じ箇所に打ち込み、流れるような動作でインティーダの両腕を捻り上げ、その二対の刃を無力化した。

「本気出せばこんなもんよ。ていうかあんた、前より弱くなってない?」

《くっ…やはり、貴様には届かないのか…》

「約束覚えてるわね?」

《神にも…悪魔にも二言はない。再契約しよう。その方が私はもっと強くなれる気がするからな》

 タオスの覇気が薄れていく。そして体は英斗のものに戻っていた。

「つかインティーダよ、お前…村の人達に信仰を強要するってのは如何なもんだよ?」

『私は強要などしたことはない。私がここに戻ってくると、彼らが自発的に祠を建てて崇めだしたのだ』

「信仰傍受。何かに縋りたいという気持ちを増幅させてその対象を自分にする…お前の力は自動発動型だったな、そう言えば…」

『私も悪魔だ。私は自分の欲求のために彼らの思いを利用した。それは否定しない。また、反省も出来ない。悪魔だからな』

「神を名乗るなんて肩が凝るだけだって、ようやく気付いたってか」


 民宿に戻ると全員、昼寝に御執心だった。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る