第5話【嘘つき悪魔と戦闘狂】
依頼人を何とか落ち着かせたサエ子は、英斗を呼んだ。
「お話、お伺いします、どうぞ」
依頼人をソファに案内し、水を一杯差し出す。依頼人はグラスを受け取ると一気に飲み干し、一度深呼吸した。
「先ほどは取り乱しました…申し訳ありません」
依頼人はシティにある中学校の教師だった。彼が言うに、突然校舎内に化け物が現れて教室を占拠し、さらに中に生徒が数名人質になっているとのことだった。教室の窓ガラス越しに中を見ると、人間より一回りほど大きい、異様に手足が大きい化け物が見えたという。
「人質の生徒は何人か分かりますか?」
「15人です。居残りの補修を受けていた子たちで…」
「人質、と言うことはその化け物は何か要求をしているんですか?」 「はい…悪魔が見える人間を連れて来いだとかで…」
「………それで、どうしてなんでも屋に? 悪魔祓いなら教会にでも行けば早いんじゃ?」
「え、あ、いや、教師の間で、なんでも屋と言うその名の通りなんでもやってくれる稼業があるという噂話を耳に挟んだことを思い出して、それでいても立っても居られなくてここを探したんです…やっぱり難しい、ですか?」
「いいえ、むしろ専門分野です。喜んでお引き受けしましょう」
英斗はサエ子を伴って、依頼人の案内でその中学校へ向かった。
シティには中学校だけで10校近くある。その殆どが小中高一貫で、全て『街立校』となっている。このシティには、市や町といった行政区分は存在せず、そもそも国という枠組みすらあるのか怪しい。シティに住む者はシティで生まれシティで死んでいく。そしてシティから出ることもない。出ようという発想を持つ者が未だ公式には現れたことがない。このシティは揺り籠であり棺桶である。
そんな中、件の中学校は非常に珍しい、中学のみの学校であり、創立は今年で150年になる歴史ある校舎には、風情が漂っている。因みに、シティがシティとして成り立ったのは今から100年と公式ではなっている。
生徒と教職員達は校庭に避難している。そのざわつきを横目に英斗たちは校舎内に乗り込んだ。中は至って普通の雰囲気。悪魔がいるとは到底思えないような、ごくありふれた午後の学校の空気だった。しかしそこに人の気配が一切しないということが、余計に異質さを演出していた。
依頼人が立ち止まる。2階の階段横の教室前。
「こちらが…その教室です」
英斗は引き戸に手をかける。開かない。内側から物理的な鍵が掛けられている。窓ガラスから中を覗く。
「…あぁ? 誰もいないじゃねー………」
隣りにいたサエ子がいない。突如包まれる異様な雰囲気。依頼人を見る。
「騙されたねぇ…英斗くん」
依頼人の姿が変わっている。派手なシルバーの上下に真っ赤な革靴。髪を半分だけ下ろして目にはアイラインを引いた派手な出で立ちの男の姿になっていた。
「…ジェードかよ」
「ようやくボクに騙されてくれたねぇ。悪魔がいなくなっちゃって弛んでるじゃないのかい?」
「引っ掛かってやったんだ。もういいだろ」
ジェードと呼ばれた男は芝居がかった動きでその場で格好をつけている。
「そんなつまんないこと言わないでおくれよぉ。これからが楽しいんじゃないかぁ」
「お前の悪ふざけに付き合ってる暇はないけど…俺は今、割と機嫌はい良いんだぜ」
「探してた悪魔に会えたからかい?」
「そうだ。嘘つき悪魔ジェード。二度と出ていけないように閉じ込めてやるから戻ってきやがれ」
「そう言われて戻る馬鹿がいるのかい?」
「………ここにいるけどな」
英斗の雰囲気が突如変わる。近くにいる者をプレッシャーで押しつぶさんばかりの威圧感。瞳は灰色に変わり、右手には曲刀、左手にはマスケット銃が握られている。そして、右目には黒い眼帯が掛かっている。
「うわ、船長戻ってたの?」
「我を侮辱する言葉が聞こえたような気がしたが…?」
「これはマズイかもっ」
ジェードの姿が泡が弾けるように消えた。
「そう簡単に遠くへは逃げられまい…建物内にいるな。…それにしても英斗よ、70パーセントも貸し与えるなど無茶が過ぎるぞ…余り時間をかけていられんな」
英斗の体から漆黒の墨が溢れ出す。それは一瞬にしてフロア全体、そして校舎中に充満した。英斗の体はそのまま墨に溶け込み一体化する。
「どこへ逃げても無駄だ」
校舎内の一室に逃げ込んでいたジェードの目の前に英斗の姿が突然現れた。
「ほんとそれズルいってぇ。墨の中なら自由自在に移動できるとか反則でしょ」
「貴様の能力も大概であろう? 貴様のその…相手を騙し、その相手が騙されたのなら意のままに操る能力…やはり好かぬ」
「追い詰めてると思ってるんだろうけど、一度騙された以上、その体は僕の操り人形だよ?」
「体は、であろう? 我は騙されてはおらぬ」
「………そんなのあり?」
「しかし有り難い。貴様が人間に取り憑いていたら、事であった」
英斗の体を七割借りたフリードは、曲刀を振り上げながら銃の引き金をジェードに向けて引いた。弾はジェードの脇腹を貫く。
「ちょ、剣で斬ると見せかけておいて銃撃つなんて反則だってっ」
「我を義理深い武士か何かと思っておるのか?」
「あぁ、そうだった…その喋り方って、単にテレビでやってた時代劇に影響されただけだっけ…」
「我は戦闘狂の悪魔だ。殺し合いこそ至高。悶え苦しんだ敵の血こそ最上の美酒よ」
肉を断つ音、そして貫く銃声が延々と奏でられた。
暫くして英斗の意識が戻ると、体は先程の教室前で座り込んでいた。隣でサエ子も気を失って座っている。揺するとすぐに目を覚ました。依頼人の姿はなく、校舎内を満たしていた異様な雰囲気も既に取り払われていた。
「あれ? 私、寝てたの?」
「まぁそんなところだ」
「っていうか、どうなったの!? 生徒の子たちは? 先生は?」
「船長が全部解決してくれたみたいだ。共鳴率が高すぎたから俺もずっと意識なかったんでよく分からんけど…ジェードが戻ってる」
「逃げた悪魔がいたの!?」
「あぁ、ジェードだ。コイツは嘘を付いて人を操る悪性の悪魔だ。厄介なやつで、見つけられるか難儀してたが…そういえばこいつには決定的な弱点があったんだよ」
「弱点って?」
「無類のゲーム好き。それも一度負けた相手には必ずお返しをしないと気がすまない負けず嫌い。昔、こいつが仕掛けた嘘に俺が騙されなかったことを根に持ってて、わざわざ自分から姿を現してリベンジしてきたんだよ。今回も負けたみたいだけど」
「そんなんだったらなんで悪魔は逃げたんだろうね? お兄ちゃんの体から」
「何か理由があるみたいだけど何も言わねぇんだ。船長も」
二人は重い体を起こして一通り校舎内を回り、校庭に出る。生徒たちはぞろぞろと校舎に戻ってきている。生徒たちの話を何げなしに聞いてみると、避難訓練で校庭に集まっているとのことだった。
「全部嘘だったってわけかよ…」
英斗は肩を落としてその場を後にした。
「じゃあ、生徒たちが捕まってるっていうのは嘘で、校舎内に誰もいなくてみんな校庭に集まってたのは避難訓練…それに依頼人なんてはじめからいなかった、ってこと?」
サエ子の問いに英斗は無言で頷いた。
「タダ働き…でもないか、大きな目的は果たせたんだし。けど変よね、他の生徒や先生たちは普通に避難訓練してたんだよね、じゃあ私たち部外者が学校を出入りしてたのに誰も止めに来たり疑問を持ってなかったのは変じゃない?」
「あれはな…船長が俺とお前に存在隠蔽を掛けてたんだとよ。だから誰にも俺らのことは見えてなかったんだよ。ジェードは予め何らかの方法を使って学校中の人を操ってたんだよ、で、それが解けたから記憶の整合性の調整やらなにやらで避難訓練してたと思ってんだと」
「わかんないなぁ…けど船長はどうしてそんなことを? 私たちが怪しまれないように?」
「それもあるが、単に邪魔が入るのが嫌だったみたいだ。船長は学校に近づいた時に悪魔の気配を感じたから、まぁ…要するに戦いのチャンスが巡ってきたんで…ってわけで」
「分かってたのに乗り込んだの? 教えてくれずに?」
「船長はむやみに人間を傷付けないってだけで、本来は悪性の悪魔なんだよ。戦えりゃなんでもいいってタイプ。だから必要以上の助力は期待しちゃいけないんだよ。しかし船長機嫌悪いんだよなぁ…今回は戦いじゃなくて一方的だったみたいだからかね。なにせジェードは弱いし」
「弱いんだ…」
「あぁ弱い。俺の中にいた悪魔の中でも下から2番目に弱い」
「まだ下がいるんだ…」
「一番弱いやつは…平和主義者と言うか、戦闘能力を持たないやつと言うか…もしかしたら戦ったら強いのかもしれないけど…とにかく良いやつなんだよ。どこで何してんのやら…」
「それにしても最近順調だよね、立て続けに2体も戻って来たし」
「あぁ、それなんだよなぁ…順調過ぎんだよなぁ…」
英斗の胸には不安が食い込んでいた。何年探しても見つからなかった悪魔たちとの突然の邂逅。何かの意思すら感じさせるこれは果たして偶然なのか。なんでも屋の運命は否応なしに加速していく。
続く
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