第4話【マスコット担当・水中スイ子と蔦鐵凱】

 蔦鐵凱(つたがね がい)は、なんでも屋パラサイトの力仕事担当である。暗い過去の影響から寡黙で人に意思を伝えるのが苦手な性格だが、とても真面目で心優しい彼は、曲者揃いのパラサイトにおけるリョウ子と並ぶ数少ない良心であり清涼剤のような存在だった。


 今日来た依頼は『子供の自由研究の手伝い』というものだった。具体的には『明日までに朝顔の観察を記録につけて絵日記にしないといけない。けど今だ種をプランターに植えてすらいない。助けてくれ』という内容であり、どこにも頼ることができずになんでも屋に縋ったとのことだった。

「流石に諦めろよ…なんなんだよ種すら未だ植えてないって…やる気ゼロどころじゃないだろ…つかなんで夏休みでもないのに朝顔の観察日記つけんだよ…ナメてんのかよ…そう言えば今って夏だったのかよ…」

 英斗は依頼人を応接間に残し、奥の部屋で頭を抱えてきた。

「けどあの依頼人のご両親、結構有名な会社の重役みたいだよ、報酬期待出来るね」

 サエ子は嬉々としている。というより切羽詰まっている。吸血鬼の件での報酬はオフィスの修理費と滞納している家賃とその他諸々の支払いによって泡に消えた。会社の懐事情が危機的状況なのは相変わらずだった。大口の依頼は何としても遂行したい所だった。

「しかしよくもまぁこんな非常識な依頼を言えたもんだよなぁ。ウチ以外じゃ門前払いどころじゃねーぞ」

「なんかね、たまたま依頼人のお子さんが見てたんだって。ガイ君が公園の花壇の花を咲かせてた所を」

「なるほどな、それでウチにね。おいガイ」

 座って静かにテレビを見ていたガイがスタッと立ち上がって英斗の前に立つ。

「お前の出番だ。あの子の朝顔を咲かせてやってきてくれ」

「………行ってきます」

「なんか不安だから…リョウ子も連れてけ」

 ガイはテキパキと身支度を済ませ、自室の隣の部屋のドアをノックした。出てきたのは、PCに手足の生えたロボット、リョウ子だった。ガイはリョウ子に同行を頼んだ。

「ご依頼、お受けします。今回はこちらの二名を派遣します」

 英斗は依頼人の親子にガイとリョウ子を紹介した。勿論、依頼人の父は怪訝そうな顔をしていた。

「その…隣のは、ロボット、ですよね?」

「いいえ、うちの社員です。因みにれっきとした人間です」

 リョウ子は丁寧に最高の角度でお辞儀をして、人当たりの良い笑顔を依頼人に見せた。

「このような見た目で驚かれたでしょう。けどご安心ください。今回のご依頼を担当するのはこちらの物静かな彼のほうです。私はあくまでコミュニケーションを円滑に進めるための付き添い、ですから」

 やけに丁寧で物腰の柔らかい印象に、依頼人は諸々と納得する他なかった。


 その日は暑かった。依頼人の家までは歩いていくことになった。ちょうど今朝、自家用車が故障したらしい。

 その道の途中、通りかかった公園で子供の泣き声が聞こえた。見ると、風船が高い木の上に引っ掛かっていた。その下で子供は泣きじゃくっている。

 ガイはリョウ子に耳打ちをして公園の中に入っていった。

「ちょっと待っていて下さい、とのことです。彼、子供が困っていたらほっとけない性分なんですよ」

 リョウ子は依頼人の父に言った。それを聞いて彼は少し腑に落ちたような感覚を憶えた。

 ガイは無言で風船が引っ掛かっている木の側に立ち、その木に『右手』で触れた。すると一瞬、木が脈打ったかと思えば風船が引っ掛かっている枝自らが蛇のように滑らかに動き出し、子供の手元まで風船を運んだ。子供は風船を手に取り、泣きやんだ。

「ありがと、おにいちゃんー」

 笑顔になって駆けていく子供を見送ったあと、ガイは駆け足で戻って来て、依頼人に頭を下げた。

「いや、謝らないでいい。君は心優しい人なんだね」

 ガイは無言でリョウ子の天板に手を置いた。


 依頼人の家に着くと依頼人の子供は急いで庭へ駆けていき、プランターと種が入った紙袋、そしてノートとえんぴつを手に持っていた。


 ガイは子供の言う通りに朝顔の成長を操作している。芽を出したり伸ばしたり縮めたり。その様子を依頼人の父とリョウ子は軒先から微笑ましく眺めている。

「すいません、子供の我儘に付き合わせてしまって」

「いいえ、ご依頼ですから。それに、彼は子供と遊ぶのが好きなんですよ」

「難しい事はよく分かりませんが…植物を操る、なんて…まるで夢でも見ているようだ」

「まぁ、色々あったんですよ。けどお父様も、お子さんのそんな話をよく信じられましたね、花を咲かせてる人がいる、なんて話」

「えぇ、最初は見間違いか冗談かと思いましたが、やけに真剣な顔で言うもんですから…。なんでも屋なら文字通りなんでもやる、っていう噂はありましたしね、駄目で元々という感じでした」

 1時間ほどすると、ノートには立派な観察日記が描かれ、プランターには綺麗な朝顔が咲いていた。子供は満足した顔で昼寝を始めた。

 帰ろうとする時、ガレージに車が停められているのが目にとまった。

「お送りしたいんですが、先ほど言ったように、何故か今朝突然、故障してしまって…」

「ガイ君、サービスも大事よ、ね?」

 ガイはリョウ子に言われてその壊れた車のそばに行き、『左手』で強く触れた。すると、突然車のエンジン音が激しく鳴り響いた。驚いた依頼人は車に乗り込む。

「あれ…直ってる? それになにか…調子が良くなってる?」

「彼の左手は機械を操れるんですよ。直したり壊したり色々と」

「あはは…さすがなんでも屋だ…」


 そのあと二人は車で送ってもらった。依頼人は最後までガイに謝辞を述べていた。どこかガイは照れているようにも見えた。

「ただいまー」

「お帰りなさいリョウ子さん、ガイ君」

 サエ子はすぐに台所に行ってリョウ子には機械油を、ガイにはお茶を差し出した。

「暑かったでしょ、帰り」

 リョウ子のモニターの下、フロッピーディスクを入れる部分がパカッと開いて、そこにストローを通して機械油を取り込んだ。ガイは普通に口でお茶を飲んだ。なぜか最後の一口を右手にこぼした。

「帰りはガイ君が依頼人の車を直してくれたから、送ってもらえたのよ」

「そうだったんだぁ、じゃあオイルいるね?」

「いいえ、これ余ったから。手、出して」

 ガイは左手をリョウ子の前に差し出した。するとリョウ子は自分が飲んでいた機械油の残りをガイの左手にかけた。すぐに機械油は吸収された。

「これでよし。今日はお疲れさま、ガイ君」

 ガイは無言で頷き、部屋に戻っていった。

「…こういう依頼ばかりなら良いのにね」

 リョウ子は目を細めてサエ子に呟いた。

「平和ですよねー…」

「私たちは…もう、平和に生きても良いのよ、そうでしょ?」

「そうだと良いんだけどなぁ…」

「………まぁ、そうも言っていられないわよね」


 ドアベルが鳴る。ドンドンと戸を叩く音が響く。

「また依頼人かぁ」

「今度も平和な依頼だったら良いわね」

 サエ子はドアを開ける。男が慌てた様子で中に身を乗り出した。

「こ、ここはなんでも屋なんだろっ!? なんでも、やってくれんだろっ!?」

「ちょ、落ち着いて下さいっ。そうですよ、なんでも承りますよ」

「だ、だったらアイツを…あのバケモノをなんとかしてくれっ!!」


 やはりなんでも屋には、そう簡単には平和は訪れないようだった。


続く

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