第3話【ビジュアル担当・雪之丞恵】

 昨日から社長の様子がおかしい。その一言を発したのはホスト風の男性、雪之丞恵だった。

 昨夜の一件から、たまに英斗は時代劇のような芝居がかった話し方をする時がある。フリードが表層に現れる時である。


 悪魔憑きとはその名の通り、悪魔に取り憑かれた人間(例外アリ)のことを指す。悪魔に取り憑かれた人間はその悪魔の性質によって様々な形で影響を受ける。人格を支配されるのが一般的だが、悪魔が特殊な固有の能力を持つ場合はそれが色濃く現れる。先日の吸血鬼に取り憑いていたのは概念変質と言う固有能力を持つ悪魔で、その影響は吸血鬼としてのアイデンティティの変化として現れた。実はフリードも形としては蓮弥本人に取り憑いていたが、固有能力である存在隠蔽が彼女の家に現れたから、彼女自身ではなく彼女の家に現れた。

 と、言うのが通常の悪魔憑きの特徴だが、英斗は他の人間とは違う、ある非常に特殊な処置を施されているため、悪魔憑きとしてのあり方が全く違ったものとなっている。

 まず、悪魔に取り憑かれても人格を支配されることはなく、悪魔の固有能力による影響も現れない。要するに普段と全く同じ状態を維持できる。この状態を悪魔に憑かれたではなく悪魔と契約したと呼ぶ場合もある。また、英斗の意思で憑かれている悪魔との意思の疎通も可能となっており、友好的な関係の悪魔とはごく普通の日常会話もこなせる。端から見れば独り言を喋っているように見えるため、基本的に英斗は悪魔とは普段から会話はしない。

 そして最も特殊なのが、悪夢との共鳴である。侵襲度を指定して自らの意思で悪魔に体を差し出す行為であり、非常に大きな危険が伴う

代わりにその悪魔の固有能力や身体能力を扱うことができるようになる。英斗はめったなことでは共鳴はしない。

 また、共鳴には悪魔毎に共鳴可能な侵襲度の最低値が決まっており、例えばフリードの場合は最低値が3パーセント。つまり共鳴するには最低でも3パーセントから共鳴しなければならない。この最低値が低いと言うことは、悪魔の性格や性質が人間に対して比較的友好的である場合や、英斗との相性が良いことを意味する。フリードの場合は前者であり、それはつまりフリードが人間に敵対的ではないということである。因みにリュシフェルの最低値は1パーセントで、理由は実は後者である。この様に最低値が低いということは単純に英斗へのリスクが少ないことを意味する。そしてあくまで最低値なので英斗の意思で共鳴率を上げることも勿論可能である。


 つまり、英斗がフリードの意識になる時があるということはつまり英斗が自らの意思でフリードと共鳴しているからである。それはなぜかというと、フリードと共鳴すると身体能力、特に腕力が強化される。さらに性格もフリード本来の生真面目なものに変わる。つまり力仕事を頼みやすくなるということである。

「ありがとねフリード船長。これ重くって…」

 サエ子が大きな家具に手を当てている。全く汗をかいていない。

「これしきのこと造作もない。また用あらば我を呼ばれよ」

 と言い残して共鳴が切れる。その度に英斗は疲れ果てている。

「あ、あのなぁ…これ、なぁ、めっちゃしんどいんだよ、なぁ?」

「だって普通に言ったって手伝ってくれないでしょ? だから船長に頼むの。船長っていい人ね」

「人じゃねぇ悪魔だ。いやお前も悪魔だ」

「けどさぁ、こうやって船長は呼んだら出てきてくれるけど、元々いるっていうリュシフェル? ってどんな悪魔なの? 出てきてるとこ見たことないんだけど」

「あーっとなぁ…多分、変わっても分かんないと思うぞ」

「どういうこと?」

「だって今、気づいてないだろ?」

「え? 今、お兄ちゃんじゃないの?」

「俺がリュシフェルだ」

「………なんか面白くないね、一緒じゃん」

 飽きたように言い捨ててサエ子は自室に戻って行った。

『だから言っただろう? 面白い遊びじゃないって』

「え、似てるってことなの、俺ら?」

『そうなんだろうな』

「『心外だな』」


 その様子を見ていた恵(ケイ)はようやく納得して英斗に近寄った。

「なんだ社長~、昨日から様子がおかしかったから心配してたんてすよ? 悪魔取り戻したんなら言ってくださいよ~」

「あぁ…言ってなかったけ。なんかもう昨日からフラフラなんだよ。

変なこきの使われ方してんだよ…今日は臨時休業ってことで、お前も今日は好きにしろよな」

 英斗は足取りおぼつかない状態で部屋に戻っていった。ケイは一人取り残される。…いや、正確には一人ではない。ケイの手にはジャムが入っていそうなサイズの瓶が握られている。中には水が入っている。

「イェーイっ!! 今日はお休みだってケイくんっ 空けて空けてーっ」

 声が聞こえる。幼い少女のような、はつらつとした声。ケイはソファに座って瓶を目の前の机の上に置いて、ゆっくりと蓋を開けた。すると瓶の中身の水があふれるように飛び出し、そして人のような形になって空中に留まっている。下半身に当たる部分は瓶の中に溜まっている。その姿はフリフリの可愛い洋服を着た幼い少女のようであった。

「スイちゃんは、いつも元気だねぇ…」

「なんでいつもケイくんは、あたちといると元気ないのー?」

「そ、そんなことないよ…あはは」

「まだあれ気にしてんのー? 昔のことだよー?」

「あぁいや、あれはまぁ…うん、気にしてるね、まだ」

「なんかつまんないなー。せっかくのお休みなのに」

「そ、そうだけど、ねぇ…」

 ガタッ。たまたま横を通りかかったヒロ子が机の角に躓き、手に持っていたカップが揺れ、中身のブラックコーヒーが僅かにこぼれ、瓶の中に混ざり込んだ。

「ごめんごめん。しかし痛かったな…もう年だろうか…」

 足を擦りながらヒロ子は部屋に戻った。

 瓶の中の水が濁っている。スイちゃんと呼ばれる、人型の部分にも、コーヒーの黒が混ざっている。

「だ、大丈夫かい、スイちゃんっ!?」

「………」

「す、スイちゃん…?」

「あら、あたしの心配してくれてるの? 意外だわ」

 口調、そして声が変わった。大人の女性。というイメージがピッタリな、そういう声色に変化した。表情も先ほどのあどけないものではなく、まさに大人の女性といった具合に変貌していた。

「スイ…さん」

「コーヒーが混ざれば大人に。ミルクが混ざれば子供に。…まったく、煩わしい体質ったらありゃしない」

「それは体質というか性質というか…」

「あんたも人のこと言えないでしょうが。しかしまぁ、あんたもまだまだ子供ね。一度あたしを凍らせちゃったからって、そのことをずっと気にしてるなんて」

「ぼ、僕はスイさんの事を傷付けたくないんです…」

「あたしはそんな事望んじゃいない。あの子だってね」

「えっ………?」

「遊んであげなさいよ、あたしと。前みたいに」

「いいんで、すか…?」

「あんたはヘラヘラしてる方が似合ってんのよ。ほらミルク」

 ケイは冷蔵庫から牛乳パックを持ってきて、中身を一匙だけ瓶の中に注いだ。すると牛乳の白とコーヒーの黒が混ざり合って、そして打ち消し合うように消えて、水は透明に戻った。

「あれ、あたち寝ちゃってたのかなぁ?」

「起きた? スイちゃん」

「うん。おはよー、ケイくんっ」

「今日はお休みだし、どこか涼しいところでも遊びに行こうか?」

「やったぁーっ 南極行きたいーっ」

「あはは、スイちゃん凍っちゃうでしょ」

 そんな二人のやり取りを中二階のドアから覗いているヒロ子は、どこか満足気だった。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る