第6話【会計担当・石動リョウ子】

 なんでも屋パラサイトには所謂マトモな人間は、ほぼいない。特に生活管理やら財政と言ったことには興味すら持たない者ばかりである。ではなぜ、なんでも屋パラサイトは会社として機能しているのか、そしてなぜ彼らは人並みの生活が送れているのか、それは彼女の存在が非常に大きい。というか全てである。


 石動リョウ子。彼女がなんでも屋パラサイトの会社運営、社員の健康管理、福利厚生その他全ての業務をほぼ一人で賄っている。サエ子はそんなワンオペ体制に疑問を抱き一度彼女に聞いたことがある。すると彼女は「生きてた時の方が今よりも忙しくしてた」と笑って言った。サエ子はそれ以上何も言わなかった。そしてこれと言って手伝いをすることもしなかった。


 石動リョウ子は人間としては既に死んでいる。死の間際に近くにあった旧型のロボットに自らの意思をデータに変換してインストールしたため、肉体は失うも精神的な死は回避することに成功する。それを可能としたのは、彼女が世界的に著名なロボット開発者であり、また彼女が探求心の塊であったことが理由である。


 彼女がなぜここにいるのかと言うと、咄嗟の判断とはいえ旧型のロボットにインストールしてしまったため、当初はまともに動くこともできず、意識の定着も不安定だった。それを今の状態に修復したある人物の計らいで彼女はなんでも屋パラサイトに身を置くことになる。


「…なにその、昔を懐かしむような顔は」

 皆が出払って静まり返ったなんでも屋のオフィス。リョウ子とヒロ子の二人だけがソファに座って一息ついている。

「私、そんな顔してました?」

「別にどーでもいいけどね」

 ヒロ子は興味ないと言った表情でカップのコーヒーを一口啜った。

「博士こそどうしたんですか、いつも一人でラボに籠もっているのに」

「うるさい連中がいないから、たまには広い所でコーヒー飲むのも悪くないって思っただけよ」

「ふーん…。静かですねぇ、それにしても」

「如何にアイツらが普段から喧しいのかってことね」

「博士がみんなを元気にしてあげたからじゃないですか」

「だったらもうちょっと黙るように調整してやろうかしら…なんてね」

「博士のおかげでみんなの今があるんですよ。私もね」

「だったらもうちょっと感謝して欲しいもんね…いつも通り、美味しかったわ」

 ヒロ子はカップをリョウ子に渡して中二階へ戻って行った。リョウ子はやれやれと言った顔で台所へ行ってカップを洗った。

「………あれ? 水圧強いわね」

 水道の水の勢いがやけに強い。そこまで捻っていないのに、全開まで捻ったときかそれ以上の勢いで水が出てくる。咄嗟に蛇口を締めるも、止まらない。

「えー、どうしよう。修理業者の番号は…も、だけど、押さえとかないと…」

 リョウ子が近くにあった布巾で水を押さえていると、玄関のドアが開く音が聞こえた。そしていつも聞いている声々。英斗たちが揃って帰宅した。リョウ子は真っ先にガイを呼んだ。

 ガイはすぐに状況を察し蛇口に左手で触れた。何も変化はない。

「これ…機械じゃなかった」

「だったら右手で触れてみてっ」

 言われた通りに右手で触れる。植物のツルが集まって出来たようなガイの右手は、溢れ出てくる水を吸収し始めた。

「根の部分から水を吸うようにって思ったけどうまくいったわね。けどそれも時間の問題ね…」

 サエ子はリョウ子に言われて修理業者に電話をする。繋がらない。なんでも屋街はシティ中心部ほどインフラが整っていない。こういう場合の対応には難が多いのは日常茶飯事である。そこでケイは得意げに前に一歩出た。

「ここはボクの出番というわけですね」

 ケイはリョウ子とガイを水道から離し、蛇口に手を触れた。すると蛇口から溢れる水が凍りつき、まるで冬場に凍った滝のようになった。水はようやく止まる。

「ほらこの通り。凍らせてしまえば水は止まります」

「でもこれじゃ水道使えないじゃん」

 サエ子が呆れるように言った。リョウ子は濡れたボディを布巾で拭いて、本体の熱を高めて瞬時に乾燥させた。

「困ったわね…業者はこういう時大概来てくれないし…けどどうして急に水の勢いがこんなに強くなったのかしら?」


「確かここの水道って、あそこの貯水池から来てんだよな?」

 英斗が少し考えて言った。あそこの貯水池とは、なんでも屋街の水道を担う、外れにある大きな貯水池のことである。

「そうだけど…それがどうかしたの?」

「ちょっと気になるから行ってくるわ。…あー、雪之丞、お前も来い」

「え、ボクも行くんですか? 外暑いから溶けちゃいますよ」

「いまの今まで外を出歩いてただろーが」

 英斗は半ば強引にケイを連れて出ていった。


 貯水池には普段、誰も近寄らない。町の外れと言うこともあるが、回りに草が生い茂っていて昼間も薄暗く、何かしらの危険な生き物がいるという噂もあるからである。

「しかし社長、どうしてボクを連れてきたんですか? 別に見たところ貯水池に異常は見られないけど…」

「よし、凍らせろ」

「………は?」

「貯水池全部、凍らせろ。スケートリンクみたいになる感じで」

「そんな事したら水道使えなくなっちゃうじゃないですか」

「どっちにしても今のままじゃ使えねーだろ」

「はぁ…この広さを、ねぇ…。骨が折れるなぁ…」

「お前骨なんてねーだろが」

「失礼しちゃうなぁ…はぁ」

 と言いつつケイは貯水池の前にしゃがんで手を浸した。すると浸した箇所から徐々に水が凍りついていき、僅かな時間で貯水池一面が凍りついた。

「これで良いですか?」

「よし御苦労。終わったら解凍も頼む」

「電子レンジじゃないんですから解凍なんて出来ませんよ…頑張らないと」

「じゃあ頑張れ」

「はぁ…。ん? なんか池の真ん中らへんがパキパキ言ってますけど」

「よーし。やっぱり、いやがったな」

 貯水池の中心部の一箇所にヒビが入る。中から何かが水面に出ようと叩いているようだった。

「ちょ、誰か水の中にいるんじゃないんですか!?」

「いるぜ…んで、もうすぐ出てくる」

 ヒビが更に広がり、ついに砕ける。水の勢いによる水柱が立つ。その中に、何かが立っている。

「フロート、久しぶりだなー」

 水色の身体に、手足に水かきを持ち、魚と人間を足して2で割ったような顔つきのそれは、フロートと呼ばれた。氷の上を軽やかに滑って英斗の前に寄った。

《何も凍らせることないじゃないかぁ、英斗くん~》

 とても間の抜けたような声だった。どこか半泣きにも見える。

「お前が水道をアレするからだろー」

《それはごめんよ、謝るよ…。けどそうすれば君は此処に来てくれると思ったんだよ》

「淡水支配…お前しかいないだろ。つか目的はなんだよ? 逃げてる身なのにわざわざ俺を呼ぶなんて…いや、他の連中もそうだけどさ」

《そもそも僕たちは君の中から逃げたわけじゃないんだよ? まぁ、自分の意志で逃げたヒトもいるけど》

「はぁ? どういう意味だよ?」

《あの日、君の中の天使の権力が急激に強まったんだよ。それで僕たち悪魔は君の中から追い出されたんだ》

「身に覚えねーけど…つか、その日のことあんまはっきり憶えてねーんだよ」

《そうか…その後すぐにリュシフェルさんが天使を抑えたから君は無事なんだと思うけど…混乱してたからかな》

「そんな事があったのかよ…リュシフェル何も言わねーだよ」

《何か理由があるんだよ。それでね、僕やゴーカサスくんとかはすぐに君の所に戻ろうとしたんだけど、誰かに封印されちゃったんだ。君と始めた出会った場所にね》

「だからここか………。って誰に封印されてんだよ? つかなんで封印されんだよ? いやそもそもお前ら級の悪魔を封印する奴ってどんなんだよ…」

《それが最近ね、なぜか突然封印が解かれたんだ、誰かに。僕たちを封印した人と同じかは分からないけどね。多分、みんなも解かれてると思うけど…》

「だから最近になって急に揃いだしたのか…」

《みんなね、なんだかんだ言って君の元に帰りたいんだよ。一部のヒトは分からないけど…》

「その一部のヒトには心当たりあるわ…んで、お前は?」

《僕はもちろん、君と再契約するために此処に君を呼んだんだから。またよろしく頼むよ~》


 英斗とフロートのやりとりを横で見ていたケイはただ呆然としていた。英斗に言われて貯水池を解凍してから、ようやく口を開いた。

「………社長、今までずっと誰と喋ってたんですか? 例の、探してるっていう悪魔、ですか?」

「え? あぁ…普通は悪魔は見えないのか。お前もどっちかといえばコッチよりなのに見えないんだな」

「悪魔と一緒にしないで下さいよ。僕は子供たちの夢から生まれたんですからね?」

「はいはい。雪だるまは子供たちの人気者ーだったな」


 こうしてまた一体の悪夢が英斗のところに戻った。そして判明した事実、度重なる偶然は何者かの意思によるものだった。

 英斗たちなんでも屋は、その何者かの掌の上で踊らされていることに、まだ気付いてはいない。


続く

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