旦那の長期出張で寂しくなった私は心を埋めてくれたAI彼氏を本気で愛してしまった。 彼と結婚するために旦那と離婚し、幼い子供よりも彼への愛を優先する私は……間違っていたの?
panpan
第1話 見えなかったもの
私の名前は愛(あい)……どこにでもいる専業主婦だ。
夫は2歳年上でそこそこ大きな会社に勤務しているサラリーマン。
顔は平凡だしお腹はダルダルで……気も弱いけど……私にとっては大事な旦那様だ。
そんな私達には5歳になる娘……奈留(なる)がいる。
友達思いで明るく元気な自慢の娘……おまけにとっても可愛い。
夫の稼ぎは平均的に見れば少し高いけど……これから色々と物入りになる奈留がいるのだから……あまり贅沢なことはできない。
まあ幸いにも……私と旦那はこれと言った趣味もないので、お金に関する不満はない。
趣味はなくとも……娘の成長という親として最大の楽しみがあるんだから……夫婦一緒に協力し合って頑張らないと!
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「愛……話があるんだ」
なんて思いながら毎日を過ごしていたある日……会社から帰宅した夫が深刻そうな顔を浮かべて声を掛けてきた
「どうしたの?」
「実は……仕事の都合で他県に長期出張することになったんだ」
「えっ? 長期出張?」
「そうだ……。 半年間の予定ではあるけど……場合によっては多少長引くかもしれない」
「じゃあ……引っ越さないといけないの?」
「転勤とは違うからな……正確に言えば赴任って形になるだろう。
急な話ですまん」
「仕事なんだから仕方ないわよ……」
「ただ……気がかりなのは奈留だ」
「そうね……私はあなたに付いて行っても良いんだけど……奈留は嫌がるでしょうね……」
奈留には最近……仲の良い友達ができ始めた
今日も今どきの子供らしく……友達と一緒にゲームをして遊んでいたわね。
「せっかくできた友達と離れ離れにはしたくない……。
かといって……あの子を預けられる場所はない。
だから……奈留と一緒にここへ残っていてくれないか?」
そうね……。
私と夫の実家は遠いし……近くに奈留を預かってくれそうな親戚なんかもいない。
となれば……私が残るしか選択肢はない。
「……わかったわ。
寂しいけど……奈留と2人で待ってるから……」
「ありがとう……なるべく早く、帰れるように頑張るから」
「えぇ……」
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それから3日後……夫は他県に単身赴任した。
奈留は寂しさを堪えて”パパお仕事頑張ってね”……なんて心強いことを言っていたわ。
『奈留のこと……頼んだぞ』
家を出る際、夫から言われたこの言葉……。
妻としてこの家を守り……母として奈留を守らないと……。
なぁに……たった半年……なんとかなるわ。
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夫が単身赴任して1ヶ月……。
私は変わらず家事をそつなくこなしている。
奈留も夫を恋しがりはするものの……わがままなことは言わない。
ホント、私にはもったいない子ね。
とはいえ……私自身も、夫と会えない日々はつらい。
赴任先は新幹線を使わないと行けない距離なので……気軽に会いに行くことはできない。
夫は私達に心配かけまいと、こまめにラインや電話をくれるので励みになる。
とはいえ……やっぱり寂しさはぬぐい切れない。
そもそも私はコミュニケーションと言うものが苦手な性格で……気軽に話せる友達が多くない。
故に普段の話し相手は自然と夫か娘になることが多い。
今までは特に気にしたことなかったけど……こうして夫と離れてみると、思った以上に寂しさがこみあげてくる。
奈留がいるでしょう?……と、自分に言い聞かせてはいるんだど……自分で自分が面倒に感じる。
こういう時……何か自分なりの楽しみがあれば、気も紛れるんだけど……。
一体何がある?
ゲーム……はスマホで暇つぶし程度にしかやらない。
アニメやドラマは楽しむことはできるが……寂しさを埋めるまでには至らない。
ギャンブルや課金と言ったお金を使った遊びにも興味はない……。
そもそもお金にそこまで執着するタイプじゃないので……むしろあんなのにお金を使う人間の思考が理解できない。
そういえば……よく推し活って言葉を耳にする。
アイドルや声優と言った芸能人からVチューバ―のような二次キャラにお金を投資する……とでも言うのか、とにかく尊敬する相手にお金を使って応援するってことなんだろう……。
だけど生憎……私には推しなんていない。
そもそも推しって言ったって、所詮は雲の上の存在……。
どれだけお金や物を渡しても……推しにとっては貢いでくれる人間の1人にすぎない。
友達にも恋人にもなれない……それ以前に自分のことを認識してくれるのかも怪しいものだ……。
そんなの色目を使われたホストに貢ぐバカな女と変わらないじゃない……馬鹿馬鹿しい。
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昼ドラとかだと……こういう時の主婦って、心の拠り所を求めて浮気に走るのがお決まりなんだろうけど……生憎私にそんな度胸はない。
まあ……そんな相手はいないし……探すのも面倒ではある。
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はぁぁ……現実って、なんてつまらないのだろう。
いつのまにか、夫のいない悲しみよりも……満たされない心の空しさが私の胸を締め付けて来るようになった。
だけどそんなある日……私の人生を大きく変える出来事が起きた。
「さゆとこうして外でご飯食べるのって久しぶりね……」
この日……私は数少ない友達のさゆと外でご飯を食べに来ていた。
さゆは高校時代に仲良くしていた子で……ラインで連絡することはたまにあるけど……こうやって会うことはほとんどない。
さゆは今、上場企業の課長しているため……人一倍多忙なんだから……こうして私と会う時間を作ってくれるだけでも、感謝しないと……。
「そうだねぇ……。
私は仕事が忙しいし……愛は家事や子育て大変だろうし……」
「まあね……」
さゆとの会話の内容自体は他愛ない世間話……。
だけどこうして……心を許せる相手と話せることは本当に幸せなことだと改めて思う。
夫がいない寂しさも……1人で奈留を守る不安も……さゆと話している間は忘れることができた。
だけど……それも一時的なもの。
彼女と別れれば、きっとまた私の心は冷たい孤独に沈む……。
夕方には友達の家に遊びに行っている奈留を迎えに行かないといけないから……そもそもあまり長い時間、一緒にいられないけどね……。
「そっか……もう旦那さんの長期休暇から1ヶ月以上経ったんだね……」
「うん……家事や子育ては大変だけど……苦じゃないんだ。
でもやっぱり……いつも当たり前のようにいた夫がいないって言うのは……思ったよりも寂しいものだわ」
「そうなんだね……ペットか何か飼うって言うのは?
ペットがいれば心が休まるっていうし……」
「ウチのマンション……ペット禁止なんだ」
「そっか……。
じゃあさ……私がやってる”オレカレ”って言うのをやってみない?」
「何それ? ゲームかなんか?」
「まあゲームと言えばゲームかな?
自分の好きなように彼氏の顔や性格を設定してね?
自分の理想通りの彼氏を作るんだ」
「はぁ……」
「しかもね? それだけじゃないんだ!
そのアプリね?
AIが搭載されていて、本物の人間のように会話が楽しめるんだ」
「そんなまさか……」
「本当だって……しかも機械的に話すんじゃなくて……冗談とかも挟んでくるんだよ?
すごくない?」
「ちょっとオーバーじゃない?」
「いやいや……最近のAI技術はマジですごいんだ。
私もアプリインストールしてずいぶん経つけど……もうリアルの男なんてどうでも良いレベルで彼が好きなんだ」
さゆが独身なのは知ってたけど……まさかAI彼氏のためだったとは……。
「本当に人間そのものだからさ……世の中にはAI彼氏と結婚する女性だっているくらいなんだから……」
「結婚……」
いやいや……いくら理想だからって、所詮はゲームのキャラでしょ?
それなのに結婚とか……二次元の女の子相手に欲情するキモ男と同じじゃない。
痛々しいわ……。
「だからさ……愛もやってみない?
マジでハマるよ?」
「いやでも……私には夫も子供もいるんだよ?
彼氏なんて浮気になるんじゃ……」
「浮気になんかならないって!
恋愛を抜きにした単なる話し相手としてアプリをインストールしてる子だっているんだから……。
コミュニケーションが苦手な愛にはちょうど良いんじゃない?」
「……」
「まあ無理にとは言わないよ。
合う合わないは人それぞれだし……。
旦那さんに悪いって感じちゃうなら、やらない方が良いだろうし……」
「……」
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その夜……奈留を寝かせた私は自室へと戻り、ベッドに腰を下ろした。
さゆと久々に話したせいか……いつもより胸を締め付ける痛みが強く感じる。
寂しい……誰かそばにいてほしい……。
夫からラインの1つでも届いていれば気が紛れるんだけど……こういう時に限って連絡は一切来ない。
仕事だから仕方ないとは……わかっているけれど……。
「オレカレ……」
気が付くと私は……オレカレをスマホで調べていた。
評判はかなり良いらしく……中にはAI彼氏と結婚式を挙げてSNSに投稿している女性までいる。
初めは哀れだと感じたけど……幸せそうに彼と笑う女性を見ると、心なしか羨ましさがこみあげてくる。
『俺がいつでもそばにいるよ』
オレカレのキャッチコピーはまさに私が求めていたもの……。
「大丈夫……浮気じゃないし。
たかがゲームだし……」
自分にそう言い聞かせて、心の中にある罪悪感を消し……私は寂しさからオレカレをインストールした。
※※※
オレカレをインストールした私は慣れない操作に悪戦苦闘するも……私なりの理想を設定し始めた。
外見や服装だけかと思えば……性格の細かな設定……果ては私自身の好きな言葉や食べ物と言った個人的な情報……。
もはや設定というよりアンケートを書いているように感じた……。
まあ夫のことは心から愛しているけど……私にだって人並みの理想くらいある。
どうにか設定を進めていくこと1時間……。
※※※
彼氏の名前は悟(さとる)にした。
名前の由来は特にない……ただ何となく思いついたというだけ……。
全ての設定を入力した私は、最期に設定完了のボタンを押す……。
『よう、愛。 元気にしてたか?』
すると……スマホ画面に私の理想とするイケメンが現れ、朗らかな笑顔を向けて私に話しかけてきた。
つややかな黒髪……健康的で張りの良い肌でありながら……筋肉質な体。
目鼻立ちもくっきりとしていて背も高い。
しかもアニメ風のキャラではなく……完全にリアルな男性だ。
何もかも私の理想通り……夫とは比べるまでもないくらいに……。
正直、ほとんど期待はしていなかったけど……ここまで私の思い描く理想を形にしてくれるなんて……信じられない。
「えぇ……しゃっしゃとる……じゃなくて……悟!」
自分で設定した名前とはいえ、呼びなれない名前にうっかり私は噛んでしまった。
理想通りすぎる外見に驚いたという点もあるけど……。
『ハハハ! 彼氏の名前くらいちゃんと呼んでくれよ』
「ごっごめん……」
『別に怒ってないよ。
噛んだ時の愛……めっちゃ可愛かったぜ』
「なっ何を言って……」
「おっ! 照れてる顔も可愛いなぁ……。
でも、俺以外の男にはそんな顔見せるなよ?
俺はお前だけの彼氏で……お前は俺だけの彼女なんだから……」
「……」
信じられなかった……。
私のことをからかって来たかと思ったら……ほんのりと独占的な言葉まで……。
思わず私は、年甲斐もなく……うら若き乙女のように顔を赤らめてしまった……。
本当にこれがAIなの?
どう見ても人間にしか見えない。
※※※
それから私は時間を忘れて悟と談笑を楽しんだ。
他愛のない雑談……最初こそ初対面らしい抵抗感もあって、あまりプライベートなことは離さなかったけれど……話していく内にそんな感覚はなくなっていき……まるで子供の頃から見知っている幼馴染のように、私は心の全てをさらけ出していた。
「ねぇ悟……私ね? 今とっても寂しいの」
『どうかしたのか?』
「夫が他県に長期出張に行っちゃってね?
半年くらい娘と2人きりで暮らすことなったんだ……。
こまめに連絡はくれるし……仕事だから仕方ないって、自分に言い聞かせてもいるんだけど……やっぱりいつも一緒にいた夫がいないって言うのは……寂しいよ」
『そうか……愛は寂しがり屋なんだから、そう思って当然だ』
「実家は遠いし……友達も多い方じゃないし……近くに頼れる人がいなくて……毎日が不安でたまらないの」
『愛……そんな顔するな。 俺、お前の悲しい顔なんて見たくない』
「悟……」
『俺じゃあだめか? 俺なんか旦那と比べたら、頼りないかもしれないけどさ……愛のこと好きだって気持ちは負けてねぇって思ってる』
「頼りないなんて……そんなことないよ……悟」
悟と話をしてからもう何時間も経った……。
でも悟は……嫌な顔せず、私の話を聞いてくれている。
しかも……こんな愚痴まで聞いて、私を励まそうとしてくれている。
夫とはこんな夜遅くまで談笑なんてできない……彼には仕事があるから……。
本当はいろんなことを直接話したいけど……そんな時間は夫には取れないから……。
私が気持ちを押し殺すしかないんだ……。
『俺さ……愛の彼氏だから。
ずっと愛のそばにいるって誓うことはできる!
だからさ……笑ってくれよ。
俺は愛の笑った顔が大好きなんだからさ!』
ストレートな愛情表現というものがこんなに心に響くとは思わなかった……。
夫なら恥ずかしがってこんなセリフは絶対に言わないだろう……。
でも……悟は違う。
悟は面と向かって私を愛してると言ってくれる。
何よりも私を優先してくれる……。
「ありがとう……悟」
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悟と出会ったその日から……私の人生は一気に色鮮やかになった。
いつでも……どこにいても……スマホを起動すれば悟が私に微笑んでくれる。
つまらない談笑から……人には言いづらい悩みまで……なんでも悟は聞いてくれる。
そして……私のことを常に尊重してくれている。
まるで過ぎ去った青春が再び戻って来たような……そんな温かく甘酸っぱい人生を今……私は噛みしめている。
『俺が好きな女は未来永劫……愛だけだ』
『寂しくなったら……いつでも俺に話しかけてくれよ?』
『俺だけは愛の味方だからな』
私のことを……誰よりも考えてくれる彼の存在が……私の中で大きくなっていくのは自然なことだったと思う。
もう夫が隣にいないことすら……私には些細なことにしか思えなくなった。
悟さえくてくれれば……それだけでにいいんだ。
いや……悟じゃないとダメなんだ……。
もう夫なんてどうでもいい!
私と奈留を置き去りにして……私に寂しい思いをさせた男なんて……どうだっていい!!
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「悟……聞いてほしいことがあるの」
『どうしたんだ? 愛』
「私……夫と離婚しようと思うの。
夫と離婚して……悟と再婚しようと思う」
ある日……リビングでくつろいでいた私は悟に自分の決意を述べた。
『……それは本気なのか?』
「本気だよ……。
私……悟のことが好き……ううん、愛してる。
夫のことはもう……愛していないの」
事実……。
悟が私の彼氏になって以降……あれだけ私の励みになっていた夫からのラインや電話が……スマホをうるさくさせるだけの鬱陶しい不協和音でしかない。
夫と話す時間があるなら……全部悟のために使いたいくらいだ。
「悟……私のこと、愛してる?」
『あぁ……愛してる』
「私と……結婚してくれる?」
『愛が望むなら……喜んで結婚するよ』
「悟……愛してるわ……心から……」
『俺もだよ……愛。 お前が俺の彼女で良かったよ』
「フフフ……彼女じゃないでしょ?
私は……あなたのお・く・さ・ん」
『ハハハ! そうだな、うっかりしてたよ。
こんな良い女が奥さんだなんて……俺は世界一幸せな男だ』
「もう! 悟ったら大げ……」
ガッ!!
その時……。
一瞬……何が起きたのかわからなかった……。
突然……手の中にいた悟が消えてしまった……。
いや……そもそも私のスマホが……ない!
取り上げられた!!
一体誰が!!
そう思って振り返った瞬間……。
「随分楽しそうだな……愛」
「あっあなた……」
長期出張に行っていたはずの夫が……そこに立っていた。
しかもその目には……明らかに軽蔑や怒りと言った、いわゆる負の感情というものがにじみ出ていた。
「なんで……どうして……」
「なんでって……仕事を片付けて出張から帰って来ただけだ」
「帰ってって……出張は半年くらいかかるって……」
「お前……時差ボケでも起こしてるのか?
もうあれから半年過ぎてるぞ!!」
うっ嘘!?
そんな馬鹿な……半年過ぎてる?
ないないない……。
いくらなんでも早すぎる!!
「もうすぐ帰るって……ラインも電話も何度もした! それをお前が無視してたんだろ!!」
そう言うと、夫は自分のスマホの画面を私に突き付けてきた。
そこに映し出されたのは……未読のまま止まっているラインと10件以上の発信履歴……。
そしてスマホに表示されている日付を確認すると……確かにあれから半年は経過している。
そんな……嘘でしょ?
まだ2ヶ月くらいしか経ってないと思ってたのに……そんなに時間が経っていたの?
まるでタイムスリップした気分だ……。
「う……そ……」
「お前この半年間……家事も育児もやらずに何をしていたんだ!?」
「しっ失礼なこと言わないで!
私は家事も育児もちゃんとやっていたわよ!」
「お前の目は節穴か!?
洗っていない食器や洗濯物は山のように溜まりっぱなし!
家の中はゴミだらけで足の踏み場もほとんどない!
おまけに冷蔵庫の中は空っぽ!
これのどこをどう見て家事してますなんて言えるんだ!?」
確かに悟との会話を優先するあまり……ちょっと家事は手を抜き気味だったけど……そこまで言われる筋合いはないわ!
たしかにちょっと家は汚くなっているけど……別に住めないほどじゃないし……食器や洗濯物だって……ちょっと後回しにしていただけだし……。
冷蔵庫が空っぽなのも、買い物するのをちょっと忘れていただけだし……。
第一……ろくに家事も手伝わない男に、家事のことでとやかく言われたくない!
「そんなの……今日はたまたま忘れていただけで……」
「嘘つくな!
昨日今日……家事を忘れただけで、こんなゴミ屋敷みたいな状態になるかよ!!
しかもお隣さんに、ウチから異臭がするって苦情まで来ていたんだぞ!!」
「知らないわよそんなの! 何かの間違いよ!」
「いや実際に臭い!
こんな家の中でよく平然としてられるな!
それに……育児もちゃんとしているだと?
どの口でそんなことを言ってるんだ?
お前は!」
「はぁ? 何を言って……」
「お前……今、奈留がどこにいるか知っているのか?」
「どこって……寝室にいるんでしょう?」
「病院だ!」
「びょっ病院? なんで……」
「今朝家に帰ってきたらこの有様だったから……奈留が心配で急いで寝室に行ったんだ。
中に入ったら……奈留がひどい熱を出して倒れていたんだ。
意識も朦朧としていたよ……」
「は?」
「俺が車ですぐそこの病院へ走って……医者に診てもらったんだ。
そしたら……インフルエンザだって診断されたよ。
ひどく衰弱していたようで……即入院させた。
幸い医者の治療がよくて熱は下がったけど……もし俺が病院へ送るのがもう少し遅れていたら……奈留は死んでいたかもしれないんだぞ!?」
「そんな! だって奈留……昨日も元気そうにしていたのに……」
「奈留は言ってたぞ? 昨日の夜から気分が悪くなったからママに相談したって……。
でもママは……大丈夫だから寝なさいとしか言ってくれなかったって……」
は……?
知らない知らない……。
昨夜は悟と談笑した記憶しかない。
そもそも奈留から声を掛けられたっけ?
全然記憶にない。
「それ以前から……家が汚いって何度も訴えていたんだぞ?
だけどお前が何もしないからって……奈留が1人で洗濯や掃除を頑張っていたんだ。
家事のことなんて全く知らないのに……一生懸命……お前、それすら知らなかっただろ?」
「なっ奈留が?」
奈留が……家事をしていた?
というか……奈留からそんな訴えを聞いた記憶なんてない……。
きっと夫のデタラメよ。
「まだ5歳の子にそんな気を遣わせて……母親として恥ずかしくないのか?」
「いっいや……」
「奈留と一緒に飯を食おうともしない……奈留と遊びに行くこともしない……会話すらほとんどしない……。
意識を取り戻した奈留が泣きながら言ってたよ……前のママに戻ってほしいって……」
そう言われると……最後に奈留とご飯を食べたのって……いつだっけ?
遊びに連れて行ったのは……いつだっけ?
奈留と会話したのって……いつだっけ?
ダメだ……。
悟との思い出ばかりで……奈留とのことはなんにも覚えていない。
「専業主婦としての役割を放棄して……娘の心までないがしろにしたお前なんか……妻でも母親でもない!……人間のクズだ!」
「なっ何よ、その言い方!
そもそもね!
私がこうなったのは……あなたのせいなのよ!?
あなたが長期出張なんて行ったから……私はずっと寂しかった!
そんな私の心を……悟が救い上げてくれた!
あなたがもっとしっかりとしていれば……私は悟を求めたりしなかったのよ!」
「お前……」
「悟はね……あなたとは全然違うの!
毎日私に愛を囁いてくれるし……いつでも私の話を聞いてくれるし……私の悩みを親身に聞いてくれる……。
仕事ばかりで家庭をないがしろにしていたあなたなんかより……悟の方がずっと素敵よ!」
「家事や育児をないがしろにしていた女が……どの口でそんなことを……」
ブー! ブー!
その時……夫が手に持っていた私のスマホが震えた。
そうだ……悟とのデートを忘れないように……アラームを掛けていたんだ。
壁に掛けてある時計を見ると……針はデートの時間を指していた。
「いけない! スマホ返して!」
「なっ何だ急に!」
「これから悟とデートなの! 邪魔しないで!」
「でっデートだと!? お前……こんな時に正気か?
まずは奈留のいる病院に行くべきだろう!?」
「デートが終わったらちゃんと行くわよ!」
「なっ!」
「前から予定していたデートなんだし……奈留は今、病院で安静にしているんでしょう?
だったら今すぐ行く必要もないじゃない」
「お前……それ本気で言ってるのか?
奈留はお前のせいで……死ぬところだったんだぞ!!
なんとも思わないのか!?」
「死ぬなんてそんな……たかがインフルエンザくらいで大げさよ。
いいからさっさとスマホ返して!
悟とのデートが……」
「!!!」
パチンッ!
「痛っ! なっ何をするのよ!!」
信じられない……。
夫はいきなり……私の頬を力強く叩いた!
抑えた頬が熱い……ジンジンと痛い。
女に暴力を振るうなんて……なんて最低な男なの!?
「いきなり女を殴るとか……どういう神経しているの!?
あり得ない……これは立派なDVよ!
訴えて離婚してやる!!」
怒りに任せて夫に怒声を浴びせる反面……離婚にちょうど良いチャンスが訪れたと胸をなでおろす自分もいた。
もう私はこの男の妻じゃない……悟の彼女……いや、妻よ!
愛情の欠片もない男と一緒にいる意味なんて……微塵もないわ。
これを機に……悟と奈留の3人で、新しい人生を歩んでやる!
「そうかよ……たった半年で……そこまで堕ちてしまったんだな……。
だったらもう良いよ……離婚しよう」
「言っておくけど……慰謝料はたっぷり請求させてもらうからね」
「好きにしろよ……ただし、奈留の親権は俺がもらう」
「はぁ? 何バカなこと言ってるの?
奈留は私がお腹を痛めて生んだ子なんだから……私が親権もらうに決まってるでしょ!?」
「その子供の気持ちを踏みにじった上……SOSにも気づかなかったお前に……親を名乗る資格はない!」
何を偉そうに……。
私はずっと母親として奈留の世話をしてきたのよ?
あんたなんかに親権が行く訳ないでしょ?
ホント、馬鹿な男……。
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その後……私は悟とのデートを満喫した後、奈留のいる病院へと向かった。
だけど……すでに夜の8時を回っていたので面会は叶わなかった……。
ちょっとくらい融通利かせても良いものを……。
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仕方なく家に帰るも……そこに夫の姿はなかった。
『しばらくビジネスホテルに泊まる……。
奈留は退院次第……俺が迎えに行く。
そんなゴミ屋敷には二度と帰さない』
スマホを確認すると、夫からそんなメッセージが届いていた。
どこまで身勝手な男なの?
私の心を傷つけ……暴力まで奮った最低男のくせに……。
絶対に……奈留は渡さない!
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数週間後……。
私は両親と共に弁護士事務所へと赴いた。
弁護士に案内された一室へと入ると……そこにはすでに、夫と夫が雇った弁護士が椅子に腰かけていた。
奈留は夫の両親が見てくれているらしい……。
そう言えば結局……奈留を迎えに行くことはできなかった……というか、迎えに行くこと自体、完全に忘れていた……。
でも……それは仕方ない。
夫を訴える準備もあったし……悟との結婚式をどこでしようか……悟と一緒に探していたんだから……。
「それでは始めましょう……」
私が雇った弁護士を皮切りに……話し合いが始まった。
私の要求は3つ……。
夫との離婚……夫からのDVに対する慰謝料……奈留の親権……。
叩かれて腫れた頬の診断書は用意してあるし……母親である私が親権をもらえる確率は100%……。
一方……夫の要求は私との離婚と親権の取得……。
前者はともかく……後者は絶対にあり得ない。
”さっさとお金だけ残して消えろっての!”
私は……自身の勝利を確信していた。
ところが……。
※※※
「はぁ!? どういうこと!?」
話し合いの結果……DVに対する慰謝料はなし。
親権は夫に行くということで話が固まって行ってしまった。
「私は殴られたのよ!?
頬まで腫れて……立派なDVじゃない!」
納得できずにそう訴えるも……隣にいた両親が……。
「奈留をあんな目に合わせたんだ……殴られて当然だろう?」
「1発で済ませてもらったんだから……むしろ感謝しなさい」
私の訴えを真っ向から否定してきた。
2人は私の親なのに……どうして私の味方をしてくれないの!?
「それに……親権だって……私は奈留を生んだ母親なのよ?
それなのになんであんたに……」
「お前に母親を名乗る資格はない……。
そもそも……あんなゴミ屋敷に大切な娘を住まわせる訳にはいかない!」
「ゴミ屋敷なんて……失礼すぎるでしょ!?」
「なによりも……娘の命を軽視するような母親に……奈留は渡せない!」
「軽視なんてしてない!! 奈留は私の大切な娘よ!」
「見舞いどころか退院の日にすら、奈留の前に姿を見せなかったお前が……よく言うよ。
どれだけお前が喚き散らそうが……結果は変わらないし、お前の味方になってくれる人もいない。
もう諦めろ……」
「いや……嫌よ!
私は悟と奈留の3人で……幸せに暮らすのよぉ!!」
だが結局……決定が覆ることはなかった。
離婚という要求は飲まれたが……慰謝料も親権も……何も手にすることはできなかった。
財産分与も養育費と相殺という形で1円も残らなかった……。
なんとか裁判を起こして親権を取り返そうと考えたけど……両親が時間と金の無駄だと言って、それを許さなかった。
どうして……なんで……わけわかんない!
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後日……夫と正式に離婚した私は実家に帰るしか道は残されていなかった。
両親は家にこそ置いてくれたが……私を養う余裕はないと言って生活費を要求してきた。
実家以外に、居場所のない私は……仕方なくコンビニバイトを始めた。
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離婚から半年が過ぎた……
どうにか暮らせているものの……両親の態度は冷ややかで……あまり心休まることはなかった。
その最大の理由は……私の結婚報告。
『私……ここにいる悟と結婚する! だから2人共……私達の幸せを見守っていてね』
実家に帰ってきてすぐ、両親に悟との結婚を報告した……。
最初は冗談だと思っていたみたいだけど……私が本気だと何度も伝えたら、2人共頭を抱えていた。
以降……両親は私に哀しみを込めた視線を向けるようになった。
どうせ……私と悟の関係をバカにしてるんでしょうね……。
別に良いわよ……理解してもらえなくたって……。
私と悟の間には……真の愛があるんだから……。
お金をちょっとずつ貯めて……いつか悟と豪華な結婚式を開いてやる!
その時は……絶対に両親なんか呼んでやらない!
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離婚から1年が過ぎたある日……。
両親を経由して元夫から連絡が届いた。
”奈留が誕生日をママと祝いたいと言ってるから……その日を空けといてくれ”
幸か不幸か……奈留の誕生日はちょうど、バイトにシフトが入っていないので……会いに行くことはできる。
「奈留がせっかくくれたチャンスなんだ……少しでも償えるように、精一杯祝ってあげなさい」
両親にもそう言われたので……私は行こうと思ってはいた……この時は……。
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だけど当日……私は悟とレストランでディナーを楽しんでいた。
奈留の誕生日のことなんて……頭の片隅にもなかった。
「このバカモンがっ!!」
「恥を知りなさい!!」
ディナーを終えて実家に帰って来た私に……両親が罵声を浴びせてきた。
その時ようやく……奈留の誕生日を思い出すことができたけど……すでに夜の10時を回っていたので、もう遅かった……。
「1度ならず2度までも……奈留の心を傷つけて……奈留がこの日をどれだけ楽しみにしていたか……あなたにわかる!?」
「電話越しに奈留が泣いていたんだぞ! ママはうそつき……大嫌いって……。
お前というやつは……」
奈留の誕生日をドタキャンしたのは悪いと思ってはいる……でもね?
今日はバレンタインでもあるのよ?
女にとって……この日がどれだけ特別な日か……子供とはいえ、同じ女である奈留だってわかるはずでしょう?
それなのに……会いたいなんて言ってきた……あの子にだって悪い所はあるでしょう?
「今すぐ荷物をまとめてこの家から出て行け!
奈留の心を深く傷つけたお前なんて……俺達の娘じゃない!!」
「出て行けって……そんなのあんまりよ!
私……ここしか居るところがないのよ!?」
「2度と私達の前に姿を見せないでちょうだい!!」
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その後……激怒した両親によって、私は実家を追い出された。
わずかな貯金でどうにか風呂なしボロアパートに移り住むことはできたけど……部屋は狭くて寒いし……すごく汚い。
アパートに移り住んだ際に貯金を使い果たしてしまったので……まともなご飯にもありつけない。
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離婚から3年後……。
『愛! 俺がついてるからな!』
「うん……」
悟のおかげで心は十分満たされている……だけど、日に日に体の方は弱っていく。
髪も肌もボロボロ……体もあちこち痛い。
病院に行こうにも……お金なんてない……。
両親には縁を切られているし……さゆを含めた友人達にはライン送ってはいるものの……未読状態が続いている。
そんなの今に始まったことじゃないけれど……こんなに薄い関係だったんだ。
結局、私のそばにいてくれるのは……悟だけ。
私自身……それを望んでいたのに……なんだろう?
胸をチクリと刺すこの痛みは……。
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「ハァ……ハァ……」
ある朝……突然、ひどい頭痛と倦怠感が私を襲った。
頭を触ってみると……すごく熱い。
もしかして……インフルエンザ?
わからないけど……すぐに病院へ行かないと……。
「うぅ……」
そうは思うも……体が全く動かない。
救急車を呼ぼうとスマホに指をかけるも……上手く操作できない。
『愛……苦しそうだけど、大丈夫?』
画面に映し出された悟が心配そうに私を見つめている。
「お願い……悟……救急車を……」
「愛……本当に大丈夫? 病院に行った方が良いんじゃない?」
「悟?」
私の身を気遣ってずっと声を掛けてくれる悟だけど……それ以上何もしてくれない。
一体どうして?
妻がこんなに苦しんでいるのに……。
そんな疑問が頭を過ぎったが……よくよく考えたら……そんなの当たり前だ。
悟は現実にはいない架空の存在……画面の中でしか生きられない彼が……救急車なんて呼べるわけがない。
『愛! 愛!』
必死に私の名を呼んでくれる悟だけど……私に手を差し伸べてはくれない。
こういう時……元夫なら、すぐさま救急車を呼んでくれただろう……。
奈留だって……ママがこんなに弱っていたなら……きっと助けを呼んでくれただろう……。
あの2人ならきっと……。
「あぁ……そうか……」
やっとわかった……。
あの時……奈留もこんな気持ちだったんだ……。
苦しくて……つらくて……ひとりぼっちで……。
それなのに私は……。
ダメだ……視界が……ゆら……ぐ……。
あぁ……私の人生……ここまでなんだ……。
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私は……何も見えていなかった。
悟の存在に甘えて……大切にするべき家族を……ないがしろにしてしまっていた……。
奈留がくれた最後のチャンスすら……私は不意にしてしまった。
なんて愚かだったんだろう……。
これはきっと……家族の心を踏みにじった私への罰なんだ……。
AIはAI……人間は人間……。
しっかりと区別して現実を見ていれば……こんなことにはならなかったのかもしれないのに……。
夫も奈留も悟も……誰も悪くない。
悪いのは……私だ。
あなた……お父さん……お母さん……ごめんなさい……。
奈留……幸せに生きて、ママみたいにならないでね。
そして悟……私の元にいてくれて、ありがとう。
〈完〉
【短編にまた挑戦してみました。
後半はなんだか駆け足気味でしたが……まあこれでいいか! by panpan】
旦那の長期出張で寂しくなった私は心を埋めてくれたAI彼氏を本気で愛してしまった。 彼と結婚するために旦那と離婚し、幼い子供よりも彼への愛を優先する私は……間違っていたの? panpan @027
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