第九話 真実

「……魔物は、予定どおりこの国へ移動してきているか?」


 低く響く声に答えたのは、男爵の側近だ。


「はい。現在も、周辺地域へ順調に魔物を誘導しております」


「クックク……」


 不敵な笑みを浮かべたのは、ガイベル・スカーレット男爵。

 この国に名を置く貴族の一人だが、その目だけは異様な光を宿していた。


「しかし……一体誰が、何のために魔物を集めているのでしょうか?

治安も悪化し、人が国外へ逃げはじめておりますが……」


 側近の疑問を聞き流すように、ガイベルはジョッキのビールを一口あおった。


「騎士というものは、強くなければならん。

では――老いぼれた俺がどうやって強くなると思う?」


 側近は答えられず、黙り込む。


「正解はな……“操りし者”というギフトマジック持ちと契約することだ」


 操りし者。

 自分より弱い同種、あるいは“自分を受け入れた者”の

 脳や体をいじり、操ることができ、そう簡単に生まれて事ないが、危険視されている魔物の一種。

 ガイベルは、体を弄れると言うところに目をつけた。

 魔物に弄られるという事は、魔物に近づける体になれるのだ。


「ですが、“操りし者”が人族で発芽したという話は……」


 ガイベルは椅子からゆっくり立ち上がり、月光の差し込む窓へ歩く。


「知っているさ。だから――魔物と契約する。

そうすれば、魔人になれる」


「ま、魔人……!?」


 側近は絶句した。


「魔人というのは、“人族が魔物に近づいた状態”のことだ。

人間は魔物より弱い。ならば、魔物に寄ればいい。単純な話だろう?」


 その瞬間、部屋全体を薄暗く照らしていたロウソクの炎が、まるで恐れおののいたかのように掻き消えた。

 闇に浮かぶ男爵の声だけが、やけに鮮明に響く。


「だがな……魔人になるには、血縁者を“受肉”しなければならん。

血縁は濃ければ濃いほど良い」


「ですが、男爵のご両親はすでに……」


「ルナを使う。

 そのため、あれには死なれては困る。

 だから――適当な理由をつけて監禁したのだ」


 あまりにも平然と言ってのける男爵に、側近は言葉を失った。


「――ああ、そうだ。さっきの質問だったな。“誰が、何のために”魔物を呼んでいるのか」


 ガイベルは酒をもう一口飲み、愉悦に染まった声で続けた。


「人里離れた場所でな、偶然“操りし者”と出会ったのだ。

俺は願いを告げた。

すると向こうは言ったよ――“強くしてやる代わりに、人間たちを喰うための手助けをしろ”とな」


「つ、つまり……?」


「魔物を操ってここまで連れてきているのは、“操りし者を所持している者”。

そして、効率良く集められるルートを教えたのは俺だ」


 側近は震える声で尋ねた。


「……わ、私たちの命はどうなるのでしょうか……?」


「クックク……心配いらん」

 男爵は楽しげに笑った。


「事前に馬車を手配してある。二ヶ月後、それに乗って国を出ろ」


「で、では……ガイベル男爵は?」


「俺は、もう少しで手に入る“力”を確保してから、この国を出るとしよう」


 不気味な笑みが、月明かりに照らされて浮かんだ。


「――三ヶ月後だ。血祭りになるぞ」


 ****

 

 ――あれから三ヶ月。


 そんな今の俺は、ダンジョンの入り口にいた。

 この3ヶ月間何があったのか、その話は攻略しながら語るしよう。


 俺は指先に魔力を集め、パッと火を灯す。

 ぼんやりと照らされた通路は、相変わらず陰気で薄暗く、幽霊の一体や二体出てきても文句は言えない雰囲気だった。


 ここに潜るのは、もう五回目になる。

 初めて来たときは本当に怖かった。

 一人だったこともあって、不安は喉までせり上がっていたけど……

 その反面〈ダンジョンでザコ敵を無双する俺〉を想像して、体が震えるほどワクワクしていた。


 だが現実は、そんな妄想を裏切ってくる。


 敵、あんまり出ねえ。


 異世界弱小モンスター筆頭のスライムさえ、出ては来るけど2体ぐらいだ。

 代わりにあるのは、罠、罠、罠。

 足を踏み外せば奈落に落とされる床、

 縄に引っかかった瞬間、矢が百本レベルで飛んでくる鬼仕様。


 でも、そんな理想とは程遠いダンジョンにも魅力はある。

 そう――財宝だ。


 初回のダンジョンでは金貨二十枚。

 二回目は三十枚。

 潜るランクが上がるほど、お宝も豪華になっていく。


 あ、もちろんボスは毎回いる。

 財宝守りのボス。

 デカすぎるスライム、岩のゴーレム、巨大な大蛇……種類は多種多様で、出会うたびに肝が冷える。


 ――来た。


 魔力探知が、通路の奥から小さな反応を捉えた。

 渦を巻くような魔力の流れ……あれはゴブリンだ。


 魔力探知って本当に優秀だ。

 生き物が持つ魔力の“流れ”で種類を判別できるし、魔力の痕跡さえ追える。

 どんな強敵でも、例外なく魔力は残すから逃げ隠れはほぼ不可能だ。


「よし、サクッといくか」


 ゴブリンがギャッと叫びながら突進してくる。

 が、俺とゴブリンとでは、強さは歴然


 俺は滑るように踏み込み、一閃。

 スパッ、と音もなくゴブリンの首が飛んだ。

 転がる頭が床にぶつかり、ビシャッと血が跳ねる。


 剣に付いた血を軽く振り落として鞘に戻す。


 何で俺が剣使ってんの?って思うだろうが、理由がある。

 確かに、この3ヶ月で魔法は集めまくったし、制御もほぼ完璧になった。

 けど――出るのが遅い。ついでに魔力の消費がエグい。


 その点、剣は出が早いし、魔力を“込めるだけ”で強化できる。

 込めるだけなら、そこまで魔力も減らない。

 つまり、剣は魔法の弱点を全部克服してるわけだ。


 もちろん剣にも弱点はある。遠距離が終わってる、ってこと。だが、高速で近づけばいい話だ。だから、基本は剣で十分なのだ。剣の技量? ガルリロス(悪魔)の身体能力で全部カバーしてる。問題なし。


 俺は、魔力で作られた罠をサクサク避けて進む。

 罠には例外なく魔力が込められてる。

 異世界には魔法という便利システムがある以上、何でも魔法仕込みだ。罠もその一つ。


 俺みたいに“人族のくせに魔物の魔法を使うやつ”なんて想定されてない。

 だから、魔力探知で全ての罠が俺にとっては丸わかりなのだ。

 そんな俺はこの世界じゃ異質な存在だ。


 だからこそ――正体は隠す。

 でも、それがまた良いんだよな。


“ 皆から見れば平凡、しかし裏では魔物の魔法を操る異質な存在”

 こういう厨二設定、一回はやってみたかった。

 完全に俺TUEEEだ。


 俺は、トコトコと、ロウソクに照らされた階段を降りていく。

 この火、誰が補充してんだろ。インフィニティ燃焼とかあるんか?

 ……いや、あるわけねぇか。


 罠をくぐり抜け、途中の魔物も刈り取り、とうとうボス部屋へ。


 うむ。何度来ても、この雰囲気は飽きない。

 茜色の絨毯、レンガの壁、明らかに“戦闘用”の広い空間。

 そして、中央にドンと構えるボス。

 そこへ颯爽と現れる俺――完璧だ。

 皆が憧れるシチュだろ。

 今、それをリアルで体験してるわけだ。


 ボスは鉄鎧を着た騎士っぽい魔物。

 片手に持った円錐の槍が光を反射してる。

 俺をじっと見据えている。隙がねぇ。


 なら、作るまで。


「ディクリクション」


 魔法が一直線にボスへ飛ぶ。

 この魔法、一回でも当たると“デバフ”が一定時間付く。

 威力低下、速度低下、防御低下……。

 この魔法強すぎて、一回当ててしまうと敵が死ぬせいで効果に気づきにくかった。


 回復が早かろうと、当たれば相手が完全に不利になる。避けるしかない。


 案の定、ボスは避ける。

 だが、よろめいた。そこが隙!


 俺は地面を思い切り蹴り、距離を一気に詰めた。

 ボスは後退して距離を取ろうとするが、許すかよ。


「エレル」


 詠唱と同時に、ボスの周りの床が隆起し、行き場を奪う。

 逃げられなくなったボスは、槍を構える。

 そして槍の先を地面に突き刺した。


 ヒビがメキメキ広がり、床全体へと波及する。


「これでは、剣を使う上で大事な踏み込めができない……」


 だが、甘い。


 俺は壁へ張り付く。


「踏み込める場所、ここにあるじゃねぇか」


 壁を蹴り、剣を抜く。

 壁がへこむほどの踏み込みで、一気に間合いへ。

 ボスは音速超えの速さで槍を突き出すが、全部弾く。


 狙うは――首。


 剣に魔力を込める。

 漆黒の波動が刃から溢れる。


 空中で体を捻り、そのまま首を斬り飛ばした。

 ガラン――と甲冑の体が崩れ落ちる。


 その瞬間、奥の壁がドアのように開いた。

 中には金貨が金ピカと光っている。


「よし……今回の目当ても回収っと」


 宝を拾い、外へ出ると――魔物がズラッとお出迎え。


 パッと見で40体。

 多すぎんだろこれ。

 普段はせいぜい5体だぞ。

 国、大丈夫か? 魔物近づきすぎじゃね?


 幸い、目立って強いのはいない。

 なら、一撃で終わらせる。


「バーストレンド」


 爆発が起こり、魔物が木っ端微塵になった。


 この魔法は俺のお気に入りだ。

 手に入れるのに時間かかったけどな。


 使い手が皆、自爆系だったから、魔法が中々取れない。

 結局、不意打ちで殺して奪ったけど。


 爆発って、マジでカッコいいよな。

 厨二心にぶっ刺さる。


 ギルドの仲間に見せびらかしたい……けど、無理だ。


 仲間……そういえば。

 ルナ、泣いてどっか行ったっきり見てないな。

 俺が泣かせてしまい、少し負い目があるのだ。

 帰ったらアリスに聞くか。

 

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