第十話 救いの手

ルナはどうしたのか――そのことを考えていると、胸騒ぎがした。

 ギルドに戻った俺は、アリスにルナのことを尋ねてみた。

 彼女はその話が出ると暗い顔をしたが、意を決したように言った。


 「ここではあれなので……物置部屋でお話ししませんか?」


 やはり何かあるのか。俺は承諾した。


 物置部屋は薄暗く、本が積み重なり、埃もひどい。

 アリスは奥から木箱を二つ取り出し、座るよう促した。


 「すみません、こんな汚い所で」


 「いえ。それで、ルナの件ですが……」


 「ルナは貴族の子なんです」


 俺は驚いた。

 最初に会った時の服装も口調もギルドに通うことも、貴族とはかけ離れていたからだ。


 アリスは続けた。


 「彼女は父親に逆らえないんです。兄のことがあってから……。

  多分、今ルナは父親の勝手な事情で監禁されてるんだと思います」


 彼女からルナの家庭事情をすべて聞いた。

 父親が騎士だったこと、兄のこと、そしてルナがその出来事を引きずっていることも。


 ――俺は、救うことを決心した。ルナには恩がある。

 何より許せなかったのは、優しい人の弱みに漬け込むこと。

 そんなこと、あってはならない。


 だが、救うにしてもルナは弱みを握られている。

 下手に動けば事態を悪化させる。

 本末転倒だ――悔しいが、今は様子を見るしかない。


 ふとアリスの方を見ると、彼女は唇を強く噛んでいた。

 唇から血が滲んでいる。

 きっと彼女も、俺と同じ気持ちなのだ。

 いや、ルナの事情を知っている者は皆そうだろう。


 だが、相手は腐っても貴族。簡単には手が出せない。


 「あの……ルナの家、教えてもらっていいでしょうか?」


 アリスは悔しそうに言った。


 「行ったとしても、何も変えられないと思います」


 「どうであろうと、家の場所は教えてほしいです」


 「何をする気で……?」


 「ルナはこの状況をどう考えているか、聞きに行くんですよ」


 「どうやって……?」


 「秘密です」


 アリスはむすっとしたが、教えてくれた。


 「あなたが何をしようとしているか分かりませんが……

  あなたなら、何とかなりそうな、そんな気がするんです」


 ――あれ? 俺、期待されてる?

 ……俺、プレッシャーに弱いんだけど。


 アリスは拳を握りしめて言った。


 「だって、私が無理だと思ったことを全部成し遂げるんですもん。勿論、私が出来ることは何でもします!」


 その目は輝いていた。

 ここまで言われたら、やるしかないだろ。


 「ルナを助けたい気持ちは皆一緒です。任せてください」


 俺はギルドを飛び出した。

 アリスに簡易的な地図も描いてもらった。

 多分、貴族の家なら相当目立つはずだ。


 月光が石畳を銀色に染め、魔導灯が青く街路を照らす。

 行き交う人々の影が揺れ、夜にしか見せない街の表情があった。


 やがて、石畳の先に白い大邸宅が姿を現す。


 「ここか」


 思わず声が漏れた。

 高い鉄柵の門には家紋、左右には衛兵が二人。

 広い庭は隅々まで手入れされている。


 俺は鉄柵を軽々と飛び越え、敷地に侵入した。

 貴族ともなると庭も広い。

 鉄柵には魔法が仕込まれていて、触れれば警報が鳴るのだろう。

 触れなくてよかった。


 さらに、家全体にさまざまな魔法が施されており、干渉魔法が阻害される。

 これでは魔力探知が使えない。魔法対策に特化しすぎだろ。


 ここからは身を隠そう。


 「ヴェルシード」


 唱えると、俺は影に同化した。

 影がある場所でしか使えないが、効果は長く、簡単には見破られない。

 自分にかけるタイプの魔法のため、外壁の阻害魔法の影響も受けない。


 外壁に張り付き、中を見た。


 ……これ、不審者レベル100ムーブじゃないか?

 いや、仕方ない。うん。


 俺は隈なく探した。

 だがどこにもルナの姿はない。


 仕方なく窓を開けて家の中へ入った。


 そこは剣やトロフィー、鉄の鎧が置かれた部屋だった。

 父親が騎士と聞いているので、恐らく彼の部屋なのだろう。


 俺はトロフィーに唾を吐いた。


 「何が騎士だ。子供を守らず、縛ることばかりして」


 家の中には阻害魔法は無いようだから、魔力探知使えるな。


 どれどれ――


 「っ……!」


 メイドらしき人しかいない。

 ルナがいない。


 アリスの話では監禁されているはず……

 いや、昨日までは確かにルナの痕跡がある。


 まさか父親にどこかへ連れ去られた……?


 俺はメイドに気付かれないよう慎重に玄関へ向かった。

 ルナの魔力の痕跡はそこへ続いている。


 これは長期戦になりそうだ。


****


 「ね、ここどこよ!」

 少女の叫び声が地下深くに響いた。


 「目覚めたか。すまないな。私情でルナ……お前の体を鉄で拘束してるんだ」


 トコトコと歩いてきたのは、ガイベル・スカーレット男爵だった。


 「なんでこんなことするのよ!」


 ルナは睨みつけながら言う。


 「それは言えないさ。もうすぐ分かる時が来る。

  それまで待ってなさい」


 ルナは顔を赤らめた。


 「しかも、こんな姿で……」


 ルナは下着姿で監禁されている。

 年齢相応の体つきで、太ももはむっちりとしている。


 「すまないね。儀式を行う上で服が邪魔でね。

  下着はお情けというやつだ。実の父に見られるのは恥ずかしいか?」


 ガイベル男爵は嘲笑しながらルナを舐め回すように見た。


 「助けて、誰か!!」


 「ここは地下深くだ。助けなど来るはずがない」


 「なんでよ……私はお父様の言うことを聞いてたじゃない……」


 ルナは泣きそうな声で言う。


 「まだ俺の話は終わってねぇぞ」


 ガイベル男爵の声が低く響いた。


 ルナは怒りに任せて叫ぶ。


 「このクソ親父!!」


 その瞬間、男爵はルナの顔へ平手打ちを叩き込んだ。

 一度では終わらず、何度も何度も。


 息を荒げてようやく手を止めた時、ルナの顔は赤く腫れ上がっていた。


 「あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ、クソガキ」


 ルナは怯えた目で父親を見ていた。


 「お前はギフトマジックを受け取っていたくせに、俺の期待に応えなかった。

  だから最後くらいは裏切るなよ」


 笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。


 「……来たわ」


 暗い通路から現れたのは、細身だが神々しいオーラを放つ、どこかグロテスクな魔物だった。


 「よう、操りし者。こいつが“使う器”だ」


 「使う器……?どういうこと?」

 ルナは震えながら呟く。


 「お前、俺が強くなるために死ぬんだわ」


 ガイベル男爵はクッククと笑った。


 「死ぬって……? 父親が子供を殺すの……?」


 魔物が割って入るように言った。


 「ここに長居するつもりはない。早くするぞ」


 ルナは暴れた。鉄の拘束を振りほどこうと、肉が裂けそうなほど力を込める。


 「バカか」


 男爵はルナの体を押さえつけた。


 「おい魔物、早く儀式をしろ!!」


 「人間の分際で我に指図するな」


 魔物は不機嫌そうにルナへ近づき、手を置いた。


 「今から儀式を始める。離れていろ」


 手から金色の魔法があふれ出す。


 「お願い……やめて……誰か……助けて……」

 ルナは震える声で懇願した。


 その瞬間――天井の一部が崩れ落ちた。


 埃の向こうに、人影。


 「おいルナ、探したぞ」

 若々しい少年の声が聞こえた。


 埃が落ち着くと、そこにいたのはルイだった。


 「ルイ!?」


 ルナの声は驚愕に染まる。


 「バ、バカな!?

  ここは人里から20km離れてるんだぞ!?

  来れるはず……!」


 ガイベル男爵は小物感満載の声を上げた。


 ルイはニヤリと笑い、言い放つ。


 「おいジジイ。今日がお前の命日だ。」

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