第2話 聖なる夜をブラックサンタと

 ひょんなことから引き受けた手伝いについて、僕は既に帰りたくなっていた。

 この女の子、シュバルツという名前らしいが、そんな事はどうでもいい。問題は今、何をさせられているのかと言えば。

 

「さぁ、贖罪の時間だよ! くらえーぃ」

 

 彼女が手にしているのは、灰がたくさん詰まった本来ならプレゼントを入れる為の袋だ。それを容赦なく振り下ろした先は、コンビニ前で陣取っている不良連中の頭だ。

 まず絶対に痛くないだろうし、この後の展開も容易に想像がつく。

 

「悪い子には贖いを! 良い子にはプレゼントを! ブラックサンタ、シュバルツちゃん!」

「か、帰りたい……!」

 

 Vサインしてる場合じゃないし! 目の前見ろよ!   額に青筋浮かべてこっちを見てくる連中の顔が見えないのか!

 

「なんだよこのガキ」

「すい、ませんでしたぁ――――!」

 

 連中の一人がシュバルツを掴むよりも早く、小脇に抱えて文字通り脱兎の如く逃げた。

 後ろで怒声が聞こえていたが、そんなことに構っていられない!

 

「あぁ〜、しんどぉ〜」

 

 やっとの事で落ち着いた僕はその場に座り込んで休憩する。

 隣に下ろしたシュバルツは、きょとんと不思議そうに見てくるし、全然危機感がない。

 

「あのな〜シュバルツ。君は僕を逃走用の足として同行を依頼したのかな?」

「そんな事ない、あるわけない! 今回はちょぉっと成熟した子どもを選んだだけで、次からが本番」

「いや、どう見てもさっきの連中は高校か大学行ってるし」

 

 次も似た結果になるようなら、無責任かもしれないが帰らせてもらおう。

 密かに心の中で決めた僕の考えには気付かず、シュバルツは次の子どもの所へ案内する。

 場所は、商店街から出た住宅地のマンション。その一室だ。

 

「不法侵入は立派な犯罪だぞ!」

「シーっ、静かに」

 

 いや、静かにしろって、君ね〜

 間違いなくこっちが悪い子になろうとしてないか?

 一抹の不安を感じながらもついて行けば、子ども部屋に入っていく。

 何をするつもりなのだろうと、僕が見守る中、シュバルツは別の黒い袋から取り出した物を子どもの枕元に置く。

 それはなんの変哲もない、ただの木の棒だった。

 

「え? なんで?」

 

 予想外のプレゼントに目を点にした僕へ、シュバルツは懐から帳面を取り出して広げて読む。

 

「この子はイタズラが多く、両親や周りに多大な迷惑をかけた為、お仕置きとしてこのがらくたを贈るの」

「いや、まだ小さいし、仕方なくないか?」

 

 見たところ小学生の低学年だ。この歳の子どもはイタズラをするものだろうし、僕も昔はよくしていてその度に両親や先生から叱られていた。

 

「ところがどっこいしょ。この子は両親にあまり叱られていなくて、イタズラもエスカレートしてきたからサンタの世界から依頼が来てしまったの」

「ん〜でもさ、やっぱり年に一度のクリスマスが木の棒だけっていうのも」

 

 どうしても腑に落ちない僕を見たシュバルツは肩をすくめて見せる。

 

「やれやれ、途中で大人に見つかった時の説明係として雇ってみたけど、必要なかったわね」

「説明係って、……どう考えても囮」

「さあ、次、つぎ〜」

 

 誤魔化すようにセリフを遮ったということは、図星だな。

 まったく、無垢な女の子の姿をしてなんて恐ろしいサンタ……ブラックサンタだ。

 シュバルツが部屋を出た後、僕は上着のポケットからそっと、ここへ来る前に商店街でなんとなく買ったクッキーの詰め合わせを木の棒の側に置いた。

 

「これやるから、明日からは良い子にするんだぞ」

 

 寝ていて聞こえないだろうが、小声で言い残した後に僕も遅れて部屋から出た。

 


 結局それから、何件も手伝わされ、気付けば日付けを超えようとしていた。

 

「あぁ〜、もう、なんてクリスマスだよ」

「ふっふっふ、よくここまでついて来れたわね、褒めてあげる!」

「いや、途中で何回か他所の家に取り残されそうになった時は肝が冷えたけどな」

 

 恨めしそうに見やるが、シュバルツは知らんふりだ。

 ふと思い出したように振り返ると、不思議そうに質問された。

 

「ところで貴方、最初の不良以外、全員にお菓子を配っていたけど、なんで?」

「あぁ、気づいていたのか。……いや大した事じゃない。ただ、小さい時に一回だけ、欲しい物とは違う、お菓子の詰め合わせがプレゼントだった時があってさ。ショックだったけど、食べてみたらまたその菓子が美味くてさ」

 

 あの味はきっと一生忘れないだろうな。

 最初はショックで泣きそうになったけど、悔しくてお菓子の一つを手に取って食べてみたら、甘くて美味しいけど、ほんの少し苦かった。そう、手作りのお菓子だったんだ。少し焦げた。

 

「だから僕は菓子の専門学校に進むことにした……って、聞いてるのか?」

「はいはい。聞いてるから……と。じゃあこれ、バイト代ね」

 

 渡してきたのは、茶封筒だった。

 ブラックサンタと言いながら、渡し方は普通だ。

 てっきりクリスマスプレゼントのような物を渡されると思っていたからこれは予想外だ。

 

「それじゃ、お疲れ様。また来年、縁があれば手伝ってね〜」

「いや、それは無理。いきなり不良に突っ込んで行くスタイルを改めない限り」

「むぅ〜素直じゃない!」

 

 シュバルツの不満な声は夜の町に溶けていった。

 今年のクリスマスは彼女とはあまり一緒に居られなかったし、おかしなバイトには付き合わされるし。来年こそは平穏なクリスマスを過ごせるといいな。

 

「いいものね〜、勝手に探してこっちから迎えに行けばいいし!」

「さすがにそれは理不尽だろ!」


 fin

 

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聖なる夜をブラックサンタと 朱雪 @sawaki_yuka

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