第4話 ドタバタ盾縛り

《始まりの洞窟》の内部はじめじめとした岩肌と微かに松明が燃える薄暗い空間だった。出現するのはレベル一桁台のコボルトやジャイアントバットといった最弱クラスのモンスターたち。

「うわぁ、コボルト懐かしー!ちっさくてかわいい!」

 アリスが無邪気に笑う。普段なら一撃で灰燼に帰す相手だが、今日の彼女の得物は小盾のみ。

「さーて、記念すべき初戦闘だ!メイちゃん、指示プリーズ!」

 ルーナが小盾を構えてメイを見る。他の二人も同様だ。

(仕方ないわね。みんな盾なんて持ったことないんだから)

 メイは内心苦笑しつつ、冷静に指示を出す。

「最初の三体は私が引き付ける。ルーナは『シールドバッシュ』の練習。アリスとフィリアは下がってスキルを使ってみて。詠唱はないからクールタイムだけ注意して」

「了解!」

 メイはそう言うと、自分からコボルトたちの群れに駆け寄っていく。

「グルルル……!」

 コボルトが持った棍棒が振り下ろされる。だがメイはそれを紙一重で避ける。システム的な回避ではなく、リアル武術で培った、完全にプレイヤー自身の反射神経による回避だ。モンクジョブの素早さ補正も相まって、彼女の動きはもはやこのダンジョンではオーバースペックだった。

「わっ、メイちゃん速っ!やっぱチートだわ!」

 アリスが感嘆の声を上げる。

「よっしゃ、私のターン!『シールドバッシュ!』」

 ルーナが叫びながらコボルト一体に小盾を思い切りぶつける。ガキィン!と鈍い音が響き、コボルトの頭上に星マークが表示される。スタン状態だ。

「おぉ!決まった!スタンって超気持ちいいな!」

「やったねルーナちゃん!次は私の番!『アイアンウォール!』」

 アリスが小盾を掲げると、彼女の体に薄い光の膜が張られた。スキル発動成功だ。

「わ、私も!『アイアンウォール』!」

 フィリアも続く。二人の普段のジョブは、防御力が紙切れ同然のウィザードとプリースト。固定値とはいえ防御力が上昇するこのスキルは、彼女たちにとって新鮮な体験だった。

(私の『回避』とみんなの『防御』。この組み合わせ、意外とアリかも)

 戦闘は序盤のドタバタが嘘のように、スムーズに進んでいく。モンクのメイが敵の攻撃を引きつけ、仲間たちは盾スキルでサポートしたり、スタンさせたり。普段の戦闘とは全く違う新鮮な感覚だ。

 中ボスエリアに差し掛かると、少し大きめのオークが出現した。普段ならルーナのウォリアースキルやアリスの魔法で瞬殺だが、今は小盾縛り。

「ルーナ、オークの攻撃は重いから、バッシュは狙わず防御に徹して!フィリア、アリスは『アクセルガード』の準備!オークがルーナを攻撃したら、3人で防御して!」

「「了解!」」

 オークの巨大な棍棒がルーナめがけて振り下ろされる。ルーナは慌てて小盾を構える。

「きゃっ!」

「今よ!『アクセルガード』!」

 メイの指示が飛ぶ。アリスとフィリアがオークに向かって一瞬で距離を詰める。三人の小盾がオークの棍棒を受け止める。ガァン!と衝撃音が走るが、三人の連携によってダメージは通らない。

「す、すごいです!ノーダメージです!」

 フィリアが目を丸くする。

 だが盾スキルだけではダメージが通らない。オークは何度か攻撃を仕掛けてくるが、その度に三人の連携防御で防がれてしまう。まるでコントのような光景だ。

「このままだと、ラチが開かないわね……」

 メイは冷静に状況を分析する。盾スキルには攻撃手段がほとんどない。シールドバッシュはスタン効果がメインでダメージはきたいできない。このままでは、時間切れか、スキルクールタイムが明けて防御が間に合わなくなる。

 オークが再び棍棒を振り上げる。

(防御と回避はできる。問題は攻撃手段……)

 メイはルーナが使った「シールドバッシュ」を思い出す。あれは「盾で殴りつける」スキルだ。

(待てよ?スキルじゃなくても、物理的に盾で殴ればいいんじゃない?)

 モンクであるメイの脳裏に浮かんだのは、リアル武術での護身術だった。盾は防御だけでなく、攻撃にも使える。腕に装着した小盾を手で握り直す。本来ならあり得ない装備の持ち方だが、このゲームでは物理的に可能だ。

「みんな、私が攻撃する隙を作るわ!『アイアンウォール』!」

 メイはそう言うと、自分に防御バフをかける。

(ルールは「セカンダリージョブの盾スキルのみ使用可」。だけど、物理攻撃は縛ってない!)

 オークがメイに狙いを定め、棍棒を振り下ろす。メイはそれを紙一重でかわし、オークの懐に飛び込んだ。

「メイちゃん!?」

 驚くルーナたちをよそに、メイは盾を握りしめた拳を、オークの頭部に思い切り叩き込んだ。

 ガッ!という、肉を打つような鈍い音。

 オークの体が、カチコチに固まったように動きを止める。頭上には、スキル発動時と同じ星マーク。スタンだ。

「なっ!?」

「きゃー!盾パンチ!?」

「物理バッシュです!」

 驚く仲間たち。システムメッセージが流れる。


[物理攻撃:10ダメージ!]

[追加効果:スタンを付与!]


 ダメージは微々たるものだが、スタン効果は絶大だ。

(いける!)

 メイはニヤリと笑う。もはやシールダーではない、モンクが盾というナックルを使っている。そんなプレイスタイルだ。

「みんな!連続攻撃よ!」

 メイの指示に従い、全員がオークに群がる。小盾で連続パンチ、パンチ、パンチ!

 ガシガシガシガシ!

 普段の華麗な戦闘スタイルとは真逆の泥臭い肉弾戦。だがオークはスタン状態から抜け出せず、為す術もなく攻撃を受け続ける。

 そして、ついにオークは力尽き、光の粒子となって消えていった。

「「「やったー!!」」」

 ボス部屋に勝利の歓声が響き渡る。メイはクールに息を吐きながら、拳に装着した盾を見つめた。

(やっぱり、このゲームは私のリアルスキルが通用する。そしてこの「盾」は、予想以上に面白いおもちゃになりそうだわ)

 彼女たちのこの奇妙な挑戦は、ゲームシステムが想定していない、ある「隠された要素」を引き寄せようとしていることには、まだ気づいていなかった。

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