第2話 愉快犯的な閃き

《アストラル・シティ》の一角にあるこぢんまりとしたギルドハウス。《クローバー》のリビングルームには広場の喧騒とは裏腹に、まったりとした空気が流れていた。

 ソファに腰を下ろし、メイは仲間たちが持ち帰った情報を整理していた。目の前にはセカンダリージョブ実装の詳細を映したホログラムウィンドウが浮かんでいる。

「ふむ……やっぱりメインと同じジョブを選んで『進化』する方が単純に強いみたいね」

 メイが冷静に分析する。ウィンドウには進化によって得られるであろう新たなスキルやステータスボーナスの予測が並んでいた。

「だよねー!『アークウィザード』は詠唱速度アップとか、消費MP軽減とか、地味だけど超ありがたい効果ばっかり!」

 アリスが前のめりになって言う。メガネの奥の目がキラキラしていた。

「『ハイプリースト』も、回復量とバフの効果時間が延びるみたいで……パーティーの安定度がぐっと上がるかなって」

 フィリアが恥ずかしそうに、でも嬉しそうに報告する。努力家の彼女にとって自分の成長は最大の喜びだ。

「じゃあ私も『ヘヴィウォリアー』で決まりだな!攻撃力マシマシで、もっと敵をぶっ飛ばせるようになるぜ!」

 ルーナが戦斧を模したクッションをブンブン振り回しながら、やる気満々で叫ぶ。

 王道。それが最も効率よく強くなる道。誰もがそう考えていたし、ギルドメンバーも同様だった。メイ自身も「モンクマスター」になって、さらに回避性能を極めるつもりでいた。

「よし、じゃあみんな、実装されたらすぐにそれぞれの進化ジョブに……」

 メイが話をまとめようとした、その時だった。

「待って、メイちゃん」

 ルーナがクッションを止めて、真剣な顔でメイを見た。

「私たち《クローバー》ってさ……」

「うん」

「……タンク役、いないじゃん?」

 その言葉に、アリスとフィリアも「あ!」と声を上げた。

 確かにその通りだった。

 ウォリアー(ルーナ)、ウィザード(アリス)、プリースト(フィリア)という攻撃・魔法・回復の鉄板構成。そこに、防御を捨てた回避特化のモンク(メイ)が加わるという極端なパーティーだ。メイがどれだけ避けようと、範囲攻撃や不意打ちで仲間が狙われたら、たちまちパーティーは崩壊の危機に陥る。

「今までも、メイちゃんが敵を引きつけながら全部避けて、うまく立ち回ってきたけど……限界もあるよね」

 アリスが神妙な面持ちで呟く。

「メイちゃんは回避特化だし、盾なんて持たないもんね」

 フィリアも心配そうにメイを見つめる。

 メイは苦笑した。不人気職のモンクを選んだ時点でこの課題は理解していた。リアル武術で培ったスキルは確かにこのゲームでチート級の回避性能を発揮するが、それでも「絶対」はない。

「そこでだ!」

 ルーナがニヤリと笑った。何か悪いことを思いついた時の顔だ。

「セカンダリージョブって違うジョブも選べるんだよね?ただし装備制限とかスキル効果半減のデメリットあり」

「そうね。例えば、ウォリアーがウィザードのセカンダリージョブとっても、斧と杖は一緒に装備できないから魔法の威力半減、とか」

 アリスが補足する。

「じゃあさ……」

 ルーナはホログラムウィンドウに表示されていたジョブリストの一番上を指さした。そこには「シールダー」の文字。

「……私たち全員、セカンダリージョブに『盾(シールダー)』を選んでみない?」

 静寂が訪れた。メイですらその突拍子もないアイデアには少しだけ驚いた。

「全員……盾?」

 フィリアがオウム返しのように呟く。

「そう!メインジョブはそのまま使えるけど、セカンダリーに盾。普段は使わないけど、ヤバい時だけ盾を構えるとかさ!」

「なるほど……メリットは両方のスキルが使えること。デメリットは装備の問題」

 メイが冷静に整理する。ウィザードやプリーストは杖がメイン武器だ。盾と同時装備はできない。ウォリアーは両手武器。モンクのナックルも両手武器扱いだ。

「でも、武器を切り替えれば使えるんでしょ?それに、私たち盾装備できないジョブばっかりだし、逆にデメリットあんまりないんじゃない?」

 アリスがメガネをクイッと上げながら悪だくみ顔で言う。

「普段はメイン武器で戦って、いざって時に武器を盾に持ち替えて防御スキルだけ使うってわけか」

 ルーナの目がさらに輝く。

「うちのパーティー、回避特化のモンクがタンク役(笑)なんだから、もういっそ、ネタに走ってもいいんじゃない!?」

「た、確かに……」

 フィリアが笑い出す。

「私たち防御力ないもんね」

 メイは仲間たちの楽しそうな顔を見て、フッと頬を緩めた。冷静沈着と言われる彼女だが、仲間とワイワイ騒ぐ時間は嫌いではない。それにこの突拍子もないアイデアは、ゲームのセオリーを無視した彼女らしい挑戦のようにも思えた。

(リアル武術の応用で盾スキルも使いこなせるかも……)

「賛成」

 メイが短く告げると、三人は「やったー!」と声を上げた。

「「「全員一致で、セカンダリージョブは『盾(シールダー)』に決定!」」」

 リビングルームに楽しげな笑い声が響き渡る。ギルドクローバーの由来は、四つ葉のクローバーのように四人で一つだからだ。このクレイジーな選択も四人一緒なら悪くない。

「よし、じゃあ実装されたらすぐに《シールダー》にジョブチェンジ!」

 ルーナが立ち上がって叫ぶ。

「せっかくだからさ、セカンダリージョブの練習も兼ねて、全員『盾スキル縛り』でダンジョン行ってみようよ!」

 アリスの提案に全員が賛成した。

「初心者ダンジョンなら初期装備の盾だけでもなんとかなるでしょ!」

「いーねー!じゃあ、準備しよっか!」

「はいっ!」

 こうして《クローバー》の四人は広場に集う他のプレイヤーたちが真剣に「進化」を検討する中、ゲームのセオリーを無視した全員「盾」装備という奇妙な冒険へと出発することになった。この選択が彼らを通常ではあり得ない「最強の壁」パーティーへと変貌させることになるとは、まだ誰も知らなかった。

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