進化
「頭が痛い、ものすごく痛い。」
口をへの字に曲げる。目の前には、笑い転げているデカイケンタウロスが1匹。
あの後、私は鼻から鼻血を出しながら倒れたと聞いた。頭を捻り潰されたからだと思う。
「すまない。君は人馬族とは違って柔らかいことを失念していたらしい」
「柔らかい…」
「アヴニ様にもキツく言っておく。生まれてまもない赤子同然の魔物を、あまり怖がらせてはならないと」
「生まれてまもない赤子同然の魔物……」
私は柔らかくて、生まれてまもない赤子同然の弱っちい生き物ってことか……。
悲しみに打ちひしがれてうなだれた。そんな様子を見たアヴニに、また笑われる。
コイツ、綺麗な皮を着た悪魔かもしれない。しかも真面目な顔をしているのに愉快だ。
「プロキオン、そこまでにしてあげなさい。はあ、こんなに笑ったのは何十年ぶりかな」
目尻に浮かぶ涙を指ですくって、笑顔でこちらを向くアヴニ。私はこの人に何をされたんだ。
「私に何をしたんですか?」
「君に
新しいスキルを獲得したというアナウンスが、意識を失う直前に、頭に鳴り響いたことは覚えている。
「『ステータス・オープン』」
個体名:無し
種族名:ドラゴニュート(E) Lv.4/5
防具:⬛︎⬛︎の衣 武具:無銘の刀
HP:30
MP:40
撃力:42(+2)
防護:30(+20)
魔力:15
抗魔:30(+20)
俊敏:120(60×2)
スキル
抜刀 Lv.1 抜刀術 Lv.1 ドラゴンテール Lv.1
偽・見通す者 Lv.1
「俊敏120!?!?」
とてもじゃないが信じられない値が出てきた。この着物、俊敏の数が倍になる魔法の着物だ。
防具『⬛︎⬛︎の衣』
防護+20 抗魔+20
俊敏の値を2倍にする。
⬛︎⬛︎⬛︎が⬛︎⬛︎の頃、まとっていた衣。
薄く汚れ、かつての力はほとんどないが、今もただただ待ち続けている。
俊敏の値を2倍。この、2倍にする元の値は何を基準にしているんだろうか。
バフ込みで2倍にしてくれるなら、馬鹿みたいな数字の俊敏が見れるかもしれない。
そしてスキル『見通す者』だ。
『見通す者』Lv.1 消費MP:0〜99999 CT:10秒〜365日
全てを見通す者。その贋物。
相手のみを見通す瞳を発動させる。消費MPにより効果が変動。
取得条件
『見通す者』アヴニールから
「
「そうか、分からないよねぇ。まだまだ生まれたばかりだから。限られたひと握りだけが持つスキルを、劣化コピーとして他の者に与えることさ」
ちなみにうちの村の子達は成人の儀で貰うよ。なんせ可愛いからね。
と言われたので、プロキオンさんに、どんな雰囲気の儀式か聞いてみた。
「君みたいに気絶しているような人は見たことがない」
目を逸らされながら言われた。プロキオンさんに向けていた視線を勢いよくアヴニに向ける。
素知らぬ顔だ。この老獪馬、シラを切る方向に舵を取っている。
「まあまあ、もう過ぎたことだし良いじゃないか」
「私が良くないですけどね」
手を叩いて無理やり雰囲気を変えたアヴニは、こちらに向き直る。にこやかな笑みだ。
「実を言うと、君をずっとこの村へは置いておけないんだ。生態系としての問題さ」
ルルスト平原と呼ばれていた人の住んでいた村近辺には、スライムとゴブリン以外の魔物は見ていない。そしてこの森には人馬族というケンタウロス。
私のような生き物は見たことがない。
「君が他の場所でもしっかり生きていけるよう、プロキオンに稽古をつけさせるよ。それに君、もう一段階上を目指せるだろう?」
まだまだ雛なんだから、期待しているよ、と言うような目線を向けられた。
「そうなると、名前が無いと不便だよねえ。つけてあげようか」
瞳をじっと見つめられる。あの時に見た虹の瞳と、瞼越しに目が合っている気がした。
「リンドウ。リンドウはどうだい?君にピッタリだ」
瞳の色の名前。ここに来て、初めて見た
「センス、良いですね」
「そうだろう?褒めたたえてくれていいよ」
これは、前の自分との決別だ。
《個体名:リンドウを認識しました》
「プロキオンの特訓は厳しいよ。耐えられるかい?」
「上等!」
「今日はここまで!」
「ありがとうございました…」
《レベルアップしました》
「プロちゃん先生、ありがとーございましたー!」
「ありがとー!」
「プロちゃん遊ぼー」
前の宣言通り、村の子供たちに混ざって、プロキオンもとい、プロキオン先生に稽古を付けられている。
昼前から夕方まで、とにかく子供たちと戦う。1戦終わるごとに、先生からの講評を貰う。講評を参考にして、もう1戦。
これを毎日何回も、何回も続ける。
しかも毎回子供たちにはボコボコにされている。でも、その甲斐あってか今回の稽古でレベルが5になった。最高レベルだ。
「『ステータス・オープン』……」
今の私からは、疲れきった声しか出ない。もう3日はこの稽古を続けていて、精神的な疲れがものすごい。
個体名:リンドウ
種族名:ドラゴニュート(E) Lv.5/5(進化可能)
防具:⬛︎⬛︎の衣 武具:無銘の刀
HP:50
MP:80
撃力:62(+2)
防護:40(+20)
魔力:30
抗魔:40(+20)
俊敏:200(100×2)
スキル
抜刀 Lv.2 抜刀術 Lv.2 ドラゴンテール Lv.1
偽・見通す者 Lv.1
この稽古では木刀を使っていたけど、『抜刀』と『抜刀術』のレベルも上がっている。どうやらこのレベルというのは、使い続けることによってレベルの上がる、習得度のようなものっぽい?
しかも、レベルマックスになったことによって、進化ができるようになった。ゲームで進化と言えば、大幅強化が定番だ。
「プロちゃん、私プロちゃんのおかげで、もっと強くなれる!」
この稽古をするようになって、私たちの距離はグッと縮まった。お互いをプロちゃん、リンドウと呼びあって、私が扱かれている。
「ああ、リンドウはよくがんばっているからな。えらいぞ」
少々子供扱いどころか赤ん坊扱いされている気もするけど、そこには目をつぶろう。
宙に浮かぶスクリーンをタップし、進化できるものを確認する。
ドラゴフォーク(D)
ドラゴニュート、その進化。その牙と爪は敵を切り裂き、より戦いをと赴く。
進化条件
種族:ドラゴニュートのレベル上限達成。
サラマンダー(D)
炎を吹く機関を手に入れ、自在に操る。直接的な力はあまりないが、魔力に長け、炎熱系の魔法などを得意とする。
進化条件
種族:ドラゴニュートのレベル上限達成。
ドラグーン(D+)
虹をまとい、魔法で戦う竜の戦士。だが、他の竜種と比べると力が弱く、搦手を使う。
進化条件
スキル『偽・見通す者』を獲得。種族:ドラゴニュートのレベル上限達成
刀以外を扱えず、守りを捨てた武芸者。武を極めようとする、その一歩目。
進化条件
武具『刀』以外を1度も装備せず、スキル『抜刀術』を獲得している。そして、種族:ドラゴニュートのレベル上限達成。
いや、これは一択。
私は説明文を読んだ瞬間、即決した。
私が選んだ進化先は、武竜者だ。守りを捨てたと書いてあるので、多分攻撃全特化型の種族なんだろう。
元々の私のゲームスタイルは、速戦即決。早く、重い一撃でキメることが好きなんだ。
スクリーンで武竜者をタップすると、《進化しますか?》という確認が出てきた。答えはもちろんYESだ。
「新しい、私になるんだ…!」
私の周りが白い光に包まれる。私を中心として、球状に展開された光が、外界と私を区切る。
「やっぱり、観た通りだね」
「アヴニ様、わざわざこちらへ?」
「楽にしてくれプロキオン。なに、見物だよ」
蹄の音が外から聞こえる。体が作り替えらているが、心地のいい感覚だ。
「これから、面白いことになる。これは言わば、始まりの狼煙さ」
ゆっくりと目を開けた。遠くの空まで、よく見える。
「気分はどうだい?リンドウ」
私は自信たっぷりに笑って、朗らかに答えた。
「最っ高の気分です!」
ただ、一太刀を ミジンコ次郎 @mijinko_jiro
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