第20話
栄太達が現在導入している則夫の開発途中というアプリは、将来的に痴漢から女性を守りたいとの意思を持つ人達と、守って欲しい人達とをマッチングさせるものである。
マッチングと言えば、結婚したい、または恋人が欲しいと思う者同士で利用するアプリが有名だ。
しかし仕事を任せたい人と職を探している人とを繋いだり、ビジネスに役立つ人脈を広げる為のものだったりと、様々な利用方法が存在している。則夫の会社でも、介護関係や育児などで困っている人達のニーズに応えたアプリなどを既に提供していた。
今回新たに開発したアプリは、導入した会員同士で位置情報の把握が可能な仕組みになっている。
例えば痴漢に怯える会員が、乗りたい電車に同じ会員がいると分かれば、そこに近づけばよい。見守る側で登録した会員が守られたい会員の位置を把握できれば、傍に立ち周囲に注意を払える。則夫はそういうシステムを構築しようと考えていたというのだ。
既にある、徘徊癖の老人を探す人と、見つけた場合に保護してくれる人、逃走した犬猫を探す人や犬猫を引き取って欲しい人などのマッチングアプリの応用から考えついたらしい。
もちろんこれにはいくつか課題がある。
一つは例えばマッチングできても、守られる側と見守る側の降車駅が異なる場合だ。つまり最後まで目的が達成できないケースが発生する。
そうした問題解消の為には、栄太達以上に多くの見守る側の登録者が必要なのだ。複数いれば、一人が降りても他でカバーできる。また見守る側が多いと、守られる側が多くても対応が可能だ。
こうした痴漢防止に限らず、犯罪防止や抑止などにも役立つアプリを開発し世の中に広めれば、辰馬が言いだした社会貢献をさらに発展させられる、と則夫は考えているようだった。
「まだまだ開発途中だし、乗り越えなければいけない課題は沢山あるから、そんな褒め殺しは止めてくれよ。恥ずかしいじゃないか」
どうやら栄太達のやりとりを、則夫も遠隔操作で聞いていたらしく会話に入って来た。
「何よ、お父さん。盗み聞きしないで」
未知留は同じマイクとイヤホンを装着している。もし騒動になった時、生徒の立場から直接指示を出せるようにしたほうが良い場合もある、との意見があったからだ。「い、いや、盗み聞きじゃないだろう。聞かれたくないなら、そんな話をするんじゃないよ」
「まあまあ、こんなところで親子喧嘩は止めよう。他も聞いているんだからな」
栄太がそう言うと、マイクからはそれぞれの声が聞こえた。
「そうそう。うらやましすぎるぞ、こんな可愛い子とさ」
「うちの子となんて、しばらく会話すらしてないよ」
「俺のところはとっくに家を出ているし、ここ何年か声さえほとんど聞いてないからな」
則夫は四十で結婚し、遅く生まれた娘が二人だ。栄太自身に子はいないが、六十過ぎで子供を持つ家庭のほとんどは、既に社会人となり独立しているか、既に結婚するなどの理由で家を離れている。だから女子高生という若い娘がいる事自体、羨ましいのだろう。
栄太達の会話に他のCMT達が加わった上、女生徒集団内でもお喋りが活発になり始めた。安心感から緊張が緩んでしまったようだ。
これはまずい。そう思った時だ。〝ん、〝うんっ、と大きな咳払いが聞こえた後、栄太の傍に立っていた男性から
「ちょっと、煩いんだけど」
と注意されてしまったのである。
年齢は五十前後位だろう。そこで栄太は
「すみません」
と頭を下げ、謝罪した。
目が合った彼は、少し驚いた表情をして首を振った。
「いや、あなたじゃなくこの子達です。全く、どこの学校だ。どんな教育を受けてんだよ」
後半部分は吐き捨てるように言った為、先程まで騒がしかった車内が静まり返った。
そうした男の態度に腹を立てたのだろう。CMTの一人が噛みついた。
いい年になったとはいえ、元魔N侍だ。相手は間違いなく年下であり、その上辰馬達を含めた昔の仲間が集まっていたからか、かつての血が騒いだらしい。その証拠に、そいつの言葉は関西弁だった。
「そんな言い方、ないやろ。車内では、もう少し静かにしようって言えばええだけやないか」
「な、なんだ。あんたには関係ないでしょう」
反抗したのが逆効果だった。仲間の前で舐められたと思い、かえって火が点いたようだ。
「なんやと、わりゃ」
ああ、確かこいつ、誠の下の奴だったな。高校卒業後、大阪で土木建築会社に就職したが、結婚を機に東京の同業他社へ転職したんだったか。元特攻隊所属は血の気が多いから困るんだよ。
そう心の中で呟きつつ溜息を吐き栄太は仲裁に入ろうとしたが、先に別の奴が加勢した。
「おい、兄ちゃん、おもてぇ出ろ」
あちゃぁ、こいつも元特攻隊所属だ。則夫、もう少し考えてメンバー編成しろよ、と栄太は再び心の中でぼやいたが、直ぐに訂正した。いや、あいつは魔N侍じゃないから、そういう裏事情を知らなくて当然だ。面倒事を全て丸投げした俺らがまずかった、と反省する。
「え、え、どうしてですか」
下から舐めつけられるように二人からガンを飛ばされ、男は慌てふためく。殴り合いなどの喧嘩や、絡まれた経験が余りないのだろう。しかも五十近くになった社会人が、さらに上のおじさん達に関西弁で因縁を付けられるなんて、思ってもいなかったに違いない。
「アホ。お前ら黙れ、ボケ」
栄太がぐずぐずしていた為、辰馬が先に小さく切れた。さすが元総長だ。たった三言に含まれた凄みは二人を振るえ上がらせ、彼らは直ぐに頭を下げて声を揃え、謝った。
「すみませんでした!」
「すみませんでした!」
同時に、注意していた男の顔が青くなる。当然だ。普通の人なら、間違いなく堅気じゃないと思っただろう。栄太は苦笑しつつ、間に入った。
「すみません。こいつら短気でして。ああ、私らは別に怪しい者じゃないです。お兄さんの言うことが正しい。電車内の私語は周りに迷惑だから、控え目にしないといけませんよね」
そう言いながら、胸元から身分証を出して見せた。それを目にした彼は驚いていた。近くにいた人までが、目を丸くする。
「こ、交番相談員って、け、警察関係の方ですか」
「元警官です。OBってやつですね。ああ、こいつらは違いますよ。でもヤクザでもない、ただのおっさんで私の友人達です。すみませんね、驚かしちゃって」
「あ、ああ、そうですか」
そう言っていると駅に着いた為、彼はどっと出て行く人波に紛れ、ホームへと降りて行った。ただその行方を目で追うと、隣の車両へ乗りこむ列に並んでいる姿が見えた。どうやらただ栄太達を避け、逃げただけらしい。
吐き出た群衆と同程度の人の塊が車内に押し寄せ、再び
ただ今度は皆、意識的に小声で話をしていた。
「そうそう。今度から注意しような。おっさん達も気を付けるから」
栄太が彼女らに向かってボソッと告げる。すると
「そうや。栄太の言う通りやぞ。お前ら、アホやろ。ええ年して、何をいきっとんのや」
「タッチャン、すみませんでした。栄太さんもすみませんでした」
彼らが再度頭を下げ小声で謝る姿をみて、他の女生徒達もそれに
「すみませんでした」
「ごめんなさい」
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