第17話
「ちょっと待てや。電車が混んどるとか、日本人女性はなんやらとかは分かる。警察を含め、日本人男性が性差別に対する意識が低いのもな。せやけどポルノビデオの影響って何や」
「ああ、辰馬は知らないか。俺らの時代はエロと言えばビニ本だったが、下の年代からはビデオが普及したんだよ。そこで色んなポルノビデオが出る中で、痴漢を扱う企画ものなんかがあってな。今はパソコンで見られる動画にとって代わったが、中身は似たようなものだ」
日本のエロコンテンツは、世界でも高く評価されているのだと、彼は付け加えた。
「その企画もんの影響で、痴漢が増えたっていうんか」
「確かな根拠はない。ただそう言われれば、ああなるほどとは思う。一回見てみたらどうだ」
からかい半分で栄太はそう言ったのだろうが、由美は真面目な表情で頷いた。「そうね。それも勉強だと思う。痴漢退治するなら、どういうものかは知っておくべきかも」
「お、おい、アカンやろ。十八から三十年近く隔離されとったんや。さすがに刺激が強すぎる」
慌てて誰かがそう突っ込んだが、辰馬は意外な事を言った。
「そんな事ないで。エロ動画は見たことあるし、昔はビデオテープやったっていうのも、由美から教えて貰うたから知っとるぞ。企画もんの意味もなんとなく分かるけど、痴漢もんは見た記憶が無いな。今日帰ったら、後で検索して見てみるわ」
「えっ、ちょっと待って。当麻さん、そんなのをタッチャンに教えて見せているの?」
則夫が目を見開いてそう問うと、彼女は平然とした表情で頷いた。
「うん。色々知っておかないといけないからね。風俗だっていくつか経験しているわよ」
余りの驚きに皆言葉を失っていると、辰馬は恥ずかしげもなく言いだした。
「あれはなかなかええもんや。昔はト〇コ風呂って名前が、今はソープって言うんやな」
陽菜乃達がそれを聞き、複雑な表情を浮かべていたのを見て慌てた。
「ちょっと、タッチャン。年頃の娘がいるんだから、余り過激な話をするのはやめてくれよ」
「ああ、すまん。せやったな。せやけど他にもおっぱいパブとか行ったで」
そこで笑いが起き、誰かが言った。
「それにしても、ト〇コ風呂って久しぶりに聞いたわ。懐かしい響きやな」
「そうね。日本の戦後まもなく現れた、個室式特殊浴場を指す性風俗用語としてト〇コ風呂って名前が定着したんだけど、一九八十年代中頃に起きたトルコ人留学生の抗議活動を機に、ソープランドと改称されたの。明らかな差別用語だから当然よね。辰馬さんが昏睡状態に陥った後だし、陽菜乃ちゃん達が生まれる前だから、もちろん知らないと思うけど」
二人は黙って頷いていたが、その顔は赤かった。もう下ネタは勘弁してくれよと則夫は思っていたが、急に元也が話し出した。
「辰馬って、確か童貞やったよな。もしかすると、目を覚ました後の初体験はソープか」
ここまで突っ込んだ話題を口に出来るのは、元副総長だった彼くらいだろう。さすがの栄太でさえ顔をしかめていた。
しかし辰馬は何でもないという表情で頷いた。
「そうやで。お前らかて、そういう奴らは多いんとちゃうんか。女と付き合っとったのもおったやろうけど、そんなんばっかりやないやろ。高校卒業したら、ト〇コで男になるんじゃって言うとったのもおったやないか。せや、栄太。お前、そんな事、言うてなかったか」
「な、何をアホな事を、」
と動揺して関西弁に戻った彼に、元也が追い打ちをかけた。
「せや、せや。そんな昔のことを、よう覚えとったな。確かに俺と一緒に行ったで。ああ、ちなみに俺は彼女がおったさかい、初体験はそっちとが先やけどな」
場がどっと沸き、栄太は
「ちょっと、還暦を過ぎたいい大人が、他人の下世話なプライベートを暴露して喜ばないの。辰馬さんも元也さんも、そういう話は止めて欲しいって須和君が言ったでしょ」
由美が諫めると、彼らは申し訳なさそうに頭を掻いていた。則夫はこれ以上、下ネタ系が続くと居たたまれないと思い、話題を変えることにした。
「そ、そうそう。ちょっと前にSNSで痴漢問題が色々呟かれていた時、手にハンコを押すとか、シャーペンや
「ほう、それは面白いな。画鋲はちょっとやり過ぎの気がせんでもないけど、シャーペン位の罰は受けても当然やろ。しかしハンコって何や」
辰馬が話に乗ってきてそう尋ねると、由美が答えた。
「凄く売れたみたいよ。こすって消しても、ブラックライトを充てたら分かる特殊なインクを使っているんだって。痴漢の手に押したら、その跡がつくでしょ」
「なるほどな。それで痴漢されたって証拠になる訳か」
「メーカー側はそこまで考えていなかったみたいだけど、押されたら感じ悪いでしょ。だから痴漢抑止力の為に使って下さいって感じだったらしい。シャーペンとか安全ピンとかで攻撃するよりはいいって考えて販売したんだって」
「他にもある。痴漢です、助けて下さいと携帯画面に表示させたり、やめて下さいと音声を出したりできるアプリだ。警視庁で作った痴漢撃退アプリなんだが、俺も導入しているよ」
「男の栄太が、なんでそんなんが必要なんや」
「声を出せない子に対し、画面を見せて痴漢されていませんか、って助けが必要かの確認もできるからだよ。他にも防犯ブザーとかいろんな機能がついているし、結構使えるんだ」
「ほう。そんなんがあるんや。便利やな」
辰馬が関心を見せた為、則夫はつい口に出してしまった。
「そう。他にもスマホの位置情報を利用して、現在地やメッセージを送れる機能や過去一ヶ月の不審情報なんかを地域別に色分け表示して注意喚起する機能もあるんだ。警視庁のアプリの他、痴漢防止に役立つアプリを出している所もあってね。今回タッチャンが言いだした痴漢撃退活動に使えると思うよ」
「ほう。それはどんなやつなんや」
「警告音を出すのは同じだけど、周囲の人に痴漢がいるって通知メッセージが送られたりするんだ。同じじゃないけど、うちの会社でもマッチングアプリを応用して似たようなものを色々開発中だから、ちょっと改良すれば今回の活動に使えると思う」
「あっ、お父さん。もしかしてそれがあるから、さっき取りまとめを買って出たんでしょ」
陽菜乃の鋭い指摘に思わず固まっていると、辰馬が笑った。
「ええやないか。プライベートで則夫の手を煩わせるんは申し訳ないって思うっとったけど、仕事に応用できるんならこっちも気が楽や。どんどん利用したってくれ」
そう言われて胸を撫で下ろし、先程閃いていたアイデアを少しだけ説明した。しばらく皆は静かに聞き耳を立てていたが、話し終わると歓声が沸いた。
「ええやないか、それ。使えるんとちゃうか」
「さすが、則夫社長だな。良いと思うよ」
「早速作ってくれよ。上手くいけば商売にもなるだろ。タッチャンや俺達の行動が社会の役に立つだけじゃなく、そのアプリで利益が上がるようになれば一石二鳥だ。その売り上げでまた、別の社会活動に役立てられればタッチャンの考えと一致するんじゃないかな」
思っていた以上に反応が良く期待されてしまった為、心理的に重圧がかかる。辰馬の気まぐれの発言から、とんでもないことになった。これは適当なものでお茶を濁す訳にはいかない。早期に取り掛かり、胸を張って披露できるものにしなければ、と気を引き締めた。
「則夫だけやなく、皆には引き続き色々世話になるかもしれへんが、取り敢えず四月の始業式を目安に、それぞれ心積もりをしといてくれや。頼む」
辰馬が頭を下げ、参加出来るだろう東京在住者の面々が、おうっ、と応じた。その他はそれぞれエールの言葉を口にし、その後散会したのである。
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