第3話 森の暮らし

「僕、死んでたの?」

顔をこわばらせてそう言うリウに、ミウは一瞬言葉を詰まらせた。


「エッ、ア、アノ・・・イ・・・イキテタ ・・・リウ イキテタヨ」

ミウは自分が見たそのままを告げる。


「そ、そんな・・・僕は生きたまま棺に入れられたってこと? ねえ、この中にいたとき、僕はどんなだった?」


「・・・カオニ イッパイ アカイテンテン アッタ」


「そ、それって、・・・たぶん魔物の呪いだ。赤い発疹と高熱が出て、三日で死ぬって。死んだら魔物の森に捨てに行くって・・・誰かが言ってた・・・」


自分の状況がわかって来たリウは、何とも言えない気持ちになった。


「名前もどこの誰かも思い出せないのに、こんなことは覚えているんだ。ハハッ、僕は魔物の呪いにかかって、生きたまま捨てられたんだ・・・」


リウの紺碧の瞳に涙が滲んできた。滲んだそれは溢れだし、涙となって頬を流れ落ちる。


「僕、すぐに森を出ようと思ってたんだ・・・。町に戻ればきっと思い出すって・・・。でも、今は帰りたくない。僕を生きたまま捨てるような人のところに戻りたくない。ミウ、キミの言う通りだ。人間はコワイ。だけど、ミウは病気の僕を見捨てないで、看病してくれいたんだね。ねえ、ミウ、僕もミウと一緒に森で暮らしたい。一緒に暮らしてもいい?」


「・・・」

ミウは、しばらくじっと考えた。


「ミウ?」


「・・・イイヨ。リウト イッショニ クラス」

ミウは覚悟を決めたような顔をした。


「あ、ありがとう・・・。」


リウは歯を食いしばり、涙を止めようとしたが、涙は止まらず、腕で頬を拭いながらミウの小屋に戻った。


戻る最中、ふと、ある場面が脳裏に浮かんだ。


場所も人もぼーっと霞んでよくわからないのだが、誰かが、「さっさと魔物の森に捨てに行け!」と怒鳴っている。そして何やら自分に向かって話しているようなのだが、何を言っているのかわからなかった。




魔物の呪いにかかったら三日で死ぬと聞かされていたが、まだ生きたまま捨てられたとわかったときの衝撃はとても大きく、しばらく何も考えられなくなったリウであったが、まだ九歳の子どもである。順応するのも早かった。


涙が止まると、立て続けにミウへの質問が始まる。


「ミウは、僕と同い年ぐらいかと思うんだけど、どうして小さい子みたいな話し方するの?」


舌ったらずの語彙数の少ない話し方は、リウにとっては不思議なことに思えた。


「ミウ トウサンシンデカラ ズットヒトリ。ハナスヒト イナイ」


「ああ、そうか、小さいときにお父さんが死んで、ずっと一人だったから、そうなったんだね。ごめん、変なこと聞いちゃったね。ずっとひとりで、寂しかったよね。」


「サビシイ? サビシイッテ ナニ?」


「ずっと一人に慣れすぎて、寂しい気持ち、わからなくなってるんだ・・・。寂しいって、大切な人がいなくなって悲しくなるって感じ? かな? 僕も何て言って良いのかよくわかんないけど・・・」


リウは少し考えてから、ふと思いついた。


「ミウは、お父さんが死んじゃったとき、どう思った?」


「・・・トウサン・・・シンダ・・トキ?・・・ナミダ デタ カナシカッタ・・・」


「そのときに、きっと悲しくて寂しい思いをしたと思うんだ。」


「カナシクテ サビシイ?」


「うん、きっとそう。でもね、これからは寂しくないよ。僕がいるから・・・。」




リウの森での生活が始まった。

と言っても、何をして良いのかわからず、ミウと一緒に外に出て、ミウの真似をすることにした。


近くに生えているリンゴの木から実をとるには、木登りをしなければならない。


ミウは慣れた感じで手足を動かし簡単に木に登り、よく熟れた赤いリンゴをハサミを使って器用にとると、腰にぶら下げた袋に入れる。


降りる時は、上るときよりも慎重にゆっくり降りてくる。


とても簡単そうに見えるけれど、リウが実際にやってみたら、思うように登れない。


結局、実が生っているところまで登れず、降りるのも一苦労だった。




ミウは近くの川で魚を獲る。


細枝をツルで編んで作った筒状の仕掛けで、魚が入ると出られなくなる。それに重石をつけて川に沈めているのを引き上げるのだが、これはリウにも簡単にできた。


今日の収穫は魚二匹で、リウは嬉しそうに獲れた魚をバケツに移した。


ミウが言うには、食料は果物と魚と木の実からとれるナッツを食べているそうで、ナッツは保存がきくし、果物と魚は一年中とれるので、食べ物に困ることはないらしい。


いろいろ教えてもらいながら、リウとミウは食料を手に入れて家に戻った。




次にミウは、火起こし棒を使って火を点けた。その火を台所のかまどに移して大きくし、とって来た魚を焼き始める。


リウには、とても簡単そうに見えたので、同じようにやってみたが、何度やっても火は点かなかった。


「ミウ、ほんと、キミってすごいね。何でもできるんだ!」


「ソ、ソンナコト ナイ・・・デキナイコト オオイ」

魚を焼きながら、ミウは少し恥ずかしそうに答えた。




魚の焼ける芳ばしい匂いが胃を刺激し、食欲がどっと湧いてくる。リウは、魚も、リンゴも、ナッツも、美味しい美味しいと言いながら夢中で食べた。


リウにとっては全てが初めての体験で、食事が終わった頃には疲れてウトウトし始めた。


辺りが暗くなり始め、ミウはかまどの残り火を移してテーブルに置いているランタンのろうそくに火を灯す。仄暗かった家の中は、ランタンの灯りでぱあっと明るくなった。


「リウ ベッドデ ネテ」


「ああ、そうだね。もう寝るよ。ミウ、明日もいろいろ教えてね。」


リウはベッドに横になると、一瞬で眠ってしまった。




翌朝、窓から差し込む朝日の光でリウが目を覚ますと、隣のベッドは空だった。


「あれ? ミウ・・・、もう起きたの?」


リウが、隣のベッドをよく見ると、そこで寝ていたような跡がない。


「あれ? ミウ、ここで寝なかったの? どこに行ったの? ねえ、ミウ、どこ?」

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