第9話 呪術封鎖兵の襲撃/線の外側にあるもの
夜の学園は、やけに静かだった。
寮の灯は落ち、校舎の魔術灯だけが淡く青い光を広げている。
その中を歩くと、靴音がやけに大きく響いた。
(処分会議は“保留”。敵派閥にとっては最悪の展開だ)
だからこそ、次の手を早めてくる。
会議で折れなかった以上、“外側から潰す”方向へ舵を切るはずだ。
(来るなら……今夜だな)
剣の層が、鞘越しに微かに震えている。
魔力の流れではない。
もっと“深いところ”の反応だ。
因果の縫い目に触れる直前の手触り。
(段階1の光膜……まだ完全には安定していない)
昨日の結界事件で強制的に引き出した光膜。
本来なら、もっと後のレベルで触れるはずだった力。
扱いを誤れば、自分の線まで削る。
だが──
(今夜は、迷っている余裕はない)
寮の外の芝生に出たとき、空気がひとつ歪んだ。
◇
音もなく、三つの影が降りてきた。
黒い軽装鎧。
顔を覆う仮面。
腰には細身の呪符束。
足の運びに、殺気はほとんどない。
(呪術封鎖兵……前世では王都イベントで初めて出た連中だ)
本来なら学園レベルの事件には出てこない“外部戦力”。
敵派閥がどれだけ焦っているかがよく分かる。
「リュクス=ハルト。命令により拘束する」
感情のない声。
人間というより、処理装置に近い。
同時に、三人の周囲に“膜”が張られた。
魔術結界ではない。
もっと重く、粘度の高いもの。
(呪術封鎖──魔力の流れを遮断し、行動予測を奪う系統か)
身体の感覚がわずかに重くなる。
魔力操作の速度が半分以下に落ちる。
といっても、普通の生徒なら“魔法が使えない”だけで済む話だが──
「剣士相手に魔術封じか。悪手だな」
俺は剣の柄に触れた。
その瞬間。
視界の奥で、線が広がる。
敵三人の体に通っている魔力の流れ。
呪符に刻まれた結び目。
封鎖膜の支点。
そして──
そのすべてをまとめて支えている“中心線”。
(この膜の構造……雑だな)
「拘束開始」
三人が一斉に踏み込む。
一撃目は手刀。
腕に呪符を貼り付け、魔力経路を“固定”するための攻撃。
二撃目は足払い。
三撃目は首元への呪符射出。
同時三方向。
呪術兵の典型的なコンビネーション。
普通なら、一発でも食らえば“動けなくなる”。
だが、俺の視界には──
三つの攻撃線を束ねる“母線”が一本見えていた。
(この一点を折れば全部崩れる)
鞘のまま、横払い。
金属の音はしない。
だが、“線が欠ける”感覚だけが手に伝わった。
「っ……!?」
三人の動きが一斉にずれる。
手刀は俺の肩を掠めず、空を切る。
足払いは地面を掘るだけになる。
呪符射出は軌道が逸れ、遠くの樹 bark を焦がした。
(攻撃と支点を結ぶ“流れ”を切っただけだ)
反撃に移る。
一歩踏み込み、最も近い呪術兵へ。
腕を狙う必要はない。
胸の中心を横に撫でるだけ。
ドン、と空気が揺れ、兵が後ろへ吹き飛ぶ。
(膜ごと剥がれたか)
封鎖膜を支えていた“結び線”が切れ、
呪符の効力が一瞬で停止している。
「……想定外。対象の能力、危険度再評価」
残り二人が距離を取り、呪符を複数展開する。
空中に淡い文字列が浮かぶ。
呪術特有のねじれた魔力。
魔術とは違い、効果の発動源が“因果方向”に寄っている。
(やっと“見せ場”か)
剣を抜く。
青白い光膜が、刃の内側に薄く揺れた。
昨日より濃い。
(段階1……まだ不完全だが十分だ)
「──呪術固定陣、発動」
二人が同時に呪符を投げる。
空中に浮かんだ陣が回転し、
俺の足元に“冷たい重さ”が落ちてきた。
魔力ではない。
もっと“外側”から圧迫される感覚。
(これが“因果固定”か)
前世のゲームでも数度しか見なかった。
相手の行動可能性を“固定”し、選択肢を奪うタイプ。
剣を握る指先が少しだけ痺れる。
だが──
「悪いな。これは逆に……分かるようになった」
視界の端に、“太い三本の線”が浮かんだ。
一つは、俺を固定しようとする呪術の中心線。
一つは、その効果を維持するための“循環線”。
もう一つは──
呪術兵自身の生命線と繋がっている“代償線”。
(代償型か。なら、ここを切れば──)
光膜を帯びた刃を、地面すれすれに水平に払う。
金属音はない。
呪術陣が、ぱん、と破裂する。
「っ……!?」
「固定が……切れた?」
呪術兵たちの顔に初めて焦りが生まれた。
その瞬間、俺は距離を詰める。
一撃。
ただし斬らない。
刃の先端で、胸元の呪符を掠める程度。
だが──
呪符の内部に刻まれた“因果拘束の始点”だけが切れ、
呪術構造が一気に崩壊する。
「がっ──!」
二人の膝が同時に崩れた。
呪術は、本来自分の生命線を少し削って効果を出す技法。
俺が切ったのは、その“繋ぎ目”だった。
(本来なら、見えるはずのない場所だよな)
剣の層が、いつもより静かに揺れていた。
まるで
──「ここから先が段階2だ」と告げるように。
◇
倒れた呪術兵たちは、まだ意識がある。
「……対象、危険度……最上位……」
「報告……必要……」
「家門……計画……修正……」
断片的な言葉。
だが、十分だ。
(“最上位”か。扱いが一段上がったな)
敵派閥は、今夜の結果を受けてさらに強い手を打ってくる。
それでいい。
むしろ望むところだ。
呪術兵を無力化した時点で、処罰対象は“完全に敵側”へ移る。
学園結界事件。
呪術による学園襲撃。
そして生徒への危険行為。
(これで、処罰会議はもう俺を断罪できない)
あとは、敵の虚偽証拠を“因果ごと断つ”だけだ。
◇
寮へ戻る途中、剣を鞘に納めながら、深く息を吐く。
刃に灯っていた光膜が、まだうっすらと残っている。
(段階1……安定してきたな)
だが、油断はできない。
今日の戦闘中、
刃がわずかに“未来の線”に触れた感触があった。
つまり──
段階2の入口に触れかけている。
(焦るな。まずは段階1の制御からだ)
視界の端で風が揺れる。
どこかで、誰かがこちらを見ている気配。
(監視が増えるだろうな)
王都。
三家門。
そして──エリシアの家門。
(全部まとめて来い。斬り分けてやる)
寮の灯が見えてきた。
剣の層は、静かに、しかし確実に震えていた。
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