第10話 派閥崩壊/表では静かに、裏では全て終わっている
翌朝の学園は、妙に空気が軽かった。
昨日の呪術襲撃の痕跡が、まだ芝生に残っている。
だが、誰もそれに気づこうとしない。
それより、生徒たちは別の話題でざわついていた。
「昨日の夕方、領主会議が急に招集されたらしいぞ」
「貴族科のアルノス家、なんか揉めてるって……」
「派閥の連中、今朝ほとんど顔見せてないよな?」
曖昧な噂。
断片的な情報。
だが、俺には“理由”が分かっていた。
(昨夜の呪術兵……あれは“家門直属の兵”だ)
つまり、敵派閥が勝手に使える駒ではない。
本来は王都でも扱いに慎重になる兵を、学園の一件で投入した。
家門側が怒らないわけがない。
(さて、どこまで崩れたか……)
廊下を歩いていると、周囲の視線が微妙に変わっていた。
嫌悪だけではなく、警戒。
そして、ごく薄い畏怖。
(昨日は誰も見ていないはずだが……)
呪術兵の扱いは極秘。
だからこそ、家門側は裏で“誰を処罰するか”判断したのだろう。
俺が関わったという事実は、表には一切出ていない。
だが、敵派閥は──内部で音を立てて壊れているはずだ。
◇
昼休み前。
「……リュクス様」
背後から声がした。
振り返ると、生徒会長ソフィア・イルミナが立っていた。
整った顔。
まっすぐな姿勢。
そして、いつもの冷静な瞳。
だが今日は、瞳の端に“迷い”があった。
「少し、お話をよろしいでしょうか」
「構わない」
人気のない階段脇に移動する。
ソフィアは迷った後、はっきりと言った。
「……敵派閥の三名が、家門から厳重叱責を受けました」
やはり、そう来たか。
「学園裏庭の件。
そして、昨夜の“呪術妨害の疑い”も含めて──
彼らはしばらく表に出られない状態だと、聞きました」
「俺は何もしていないが」
淡々と言う。
これは本当だ。
俺は“戦った”。
だが“報告”はしていない。
“証拠”も出していない。
家門が勝手に自分の兵の動きを知り、勝手に処罰しただけだ。
ソフィアは、わずかに目を伏せた。
「……それが、逆に恐ろしいのです」
「恐ろしい?」
「裏庭の事件。
学園結界の件。
そして昨夜の件」
一つずつ指を折りながら言う。
「あなたは、どれも“表に出ない形で”対処している」
「そうか?」
「そうです。
本来なら、もっと事件が大きくなっていたはずでした。
怪我人も、処罰も、評判も──悪い方向へ連鎖するはずだった」
ソフィアの瞳が真正面から俺を射抜く。
「それが、すべて未然に消えている」
「偶然じゃないのか」
「……偶然が三つも続けば、それは偶然ではありません」
息を吐き、彼女は声を落とした。
「あなたの評価……再考する必要がありそうです」
「勝手にどうぞ」
感情を込めずに返すと、ソフィアは小さく笑った。
皮肉でも嘲笑でもない。
ただ、肩の力が抜けたような笑い。
「あなたは、表向き何もしていない。
けれど──“結果だけ”が動いている」
「知らん」
「……それが、余計に厄介なのです」
そう言い残し、ソフィアは去っていった。
◇
(敵派閥は、今日で“機能不全”だな)
呪術兵を勝手に使った件は、家門にとって重大問題。
処罰された三人は、もう派閥の顔として使えない。
残りのメンバーも萎縮し、動けなくなる。
(だが──終わりじゃない)
処罰された連中は、あくまで“駒”。
本体は王都の三家門。
そして、その後ろの政治勢力。
(次の破滅フラグは“婚約”と“王都”だ)
学園内のルートは大方潰した。
だが、ここから先が本番だ。
◇
放課後。
寮へ戻る途中、校庭の陰に微弱な魔力が残っているのに気づいた。
(……誰かがここで様子を見ていたな)
敵ではない。
もっと“冷たい目線”。
王都側の監視かもしれない。
あるいは──エリシア家だ。
(どちらでも構わない)
剣の層が、鞘越しにかすかに鳴る。
段階1の光膜が、以前よりも安定している。
この数日で、扱いが体に馴染み始めていた。
(段階2の入口も、もう見えている)
焦る必要はない。
一つずつ潰せばいい。
◇
寮の前に着くと、夕陽の中に影が一つ立っていた。
金髪の少女──ソフィアだった。
「……まだ用事が?」
近づくと、彼女はほんの少しだけ間を置いて言った。
「あなたは、“何もしないのに結果が残る人”ですね」
「……褒めてるのか、それは」
「いいえ。
ただ、そういう人は……“大きな渦”に飲まれやすいのです」
ソフィアはくるりと背を向けた。
淡々とした足取りで寮を離れていく。
残された空気だけが、夕焼けと共に揺れた。
(渦、ね)
確かに、俺の周囲は動きすぎている。
敵派閥。
家門。
王都。
婚約。
全部が“どこかで繋がる渦”だ。
(だが、それを切っていくのが俺の役目だ)
破滅フラグがいくつあっても、因果線は切れる。
問題は“どの順番で切るか”。
◇
寮の玄関に入りながら、ふと思う。
(……これで学園編の第一山場は越えたな)
呪術兵撃破。
派閥崩壊。
処罰会議の反転。
評判の改善。
全部“表では何もしていない”。
“裏だけで終わらせた”。
読者が好きな、静かな大逆転だ。
(次は──王都と婚約だ)
剣の層が、答えるように微かに震えた。
その震えは、まるで
“ここから先は、一段階上の戦場だ”
と告げているようだった。
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