第10話 派閥崩壊/表では静かに、裏では全て終わっている

 翌朝の学園は、妙に空気が軽かった。


 昨日の呪術襲撃の痕跡が、まだ芝生に残っている。

 だが、誰もそれに気づこうとしない。

 それより、生徒たちは別の話題でざわついていた。


「昨日の夕方、領主会議が急に招集されたらしいぞ」

「貴族科のアルノス家、なんか揉めてるって……」

「派閥の連中、今朝ほとんど顔見せてないよな?」


 曖昧な噂。

 断片的な情報。


 だが、俺には“理由”が分かっていた。


(昨夜の呪術兵……あれは“家門直属の兵”だ)


 つまり、敵派閥が勝手に使える駒ではない。

 本来は王都でも扱いに慎重になる兵を、学園の一件で投入した。


 家門側が怒らないわけがない。


(さて、どこまで崩れたか……)


 廊下を歩いていると、周囲の視線が微妙に変わっていた。


 嫌悪だけではなく、警戒。

 そして、ごく薄い畏怖。


(昨日は誰も見ていないはずだが……)


 呪術兵の扱いは極秘。

 だからこそ、家門側は裏で“誰を処罰するか”判断したのだろう。


 俺が関わったという事実は、表には一切出ていない。

 だが、敵派閥は──内部で音を立てて壊れているはずだ。



 昼休み前。


「……リュクス様」


 背後から声がした。


 振り返ると、生徒会長ソフィア・イルミナが立っていた。


 整った顔。

 まっすぐな姿勢。

 そして、いつもの冷静な瞳。


 だが今日は、瞳の端に“迷い”があった。


「少し、お話をよろしいでしょうか」


「構わない」


 人気のない階段脇に移動する。


 ソフィアは迷った後、はっきりと言った。


「……敵派閥の三名が、家門から厳重叱責を受けました」


 やはり、そう来たか。


「学園裏庭の件。

 そして、昨夜の“呪術妨害の疑い”も含めて──

 彼らはしばらく表に出られない状態だと、聞きました」


「俺は何もしていないが」


 淡々と言う。

 これは本当だ。


 俺は“戦った”。

 だが“報告”はしていない。

 “証拠”も出していない。


 家門が勝手に自分の兵の動きを知り、勝手に処罰しただけだ。


 ソフィアは、わずかに目を伏せた。


「……それが、逆に恐ろしいのです」


「恐ろしい?」


「裏庭の事件。

 学園結界の件。

 そして昨夜の件」


 一つずつ指を折りながら言う。


「あなたは、どれも“表に出ない形で”対処している」


「そうか?」


「そうです。

 本来なら、もっと事件が大きくなっていたはずでした。

 怪我人も、処罰も、評判も──悪い方向へ連鎖するはずだった」


 ソフィアの瞳が真正面から俺を射抜く。


「それが、すべて未然に消えている」


「偶然じゃないのか」


「……偶然が三つも続けば、それは偶然ではありません」


 息を吐き、彼女は声を落とした。


「あなたの評価……再考する必要がありそうです」


「勝手にどうぞ」


 感情を込めずに返すと、ソフィアは小さく笑った。


 皮肉でも嘲笑でもない。

 ただ、肩の力が抜けたような笑い。


「あなたは、表向き何もしていない。

 けれど──“結果だけ”が動いている」


「知らん」


「……それが、余計に厄介なのです」


 そう言い残し、ソフィアは去っていった。



(敵派閥は、今日で“機能不全”だな)


 呪術兵を勝手に使った件は、家門にとって重大問題。

 処罰された三人は、もう派閥の顔として使えない。


 残りのメンバーも萎縮し、動けなくなる。


(だが──終わりじゃない)


 処罰された連中は、あくまで“駒”。


 本体は王都の三家門。

 そして、その後ろの政治勢力。


(次の破滅フラグは“婚約”と“王都”だ)


 学園内のルートは大方潰した。

 だが、ここから先が本番だ。



 放課後。


 寮へ戻る途中、校庭の陰に微弱な魔力が残っているのに気づいた。


(……誰かがここで様子を見ていたな)


 敵ではない。

 もっと“冷たい目線”。


 王都側の監視かもしれない。

 あるいは──エリシア家だ。


(どちらでも構わない)


 剣の層が、鞘越しにかすかに鳴る。


 段階1の光膜が、以前よりも安定している。

 この数日で、扱いが体に馴染み始めていた。


(段階2の入口も、もう見えている)


 焦る必要はない。

 一つずつ潰せばいい。



 寮の前に着くと、夕陽の中に影が一つ立っていた。


 金髪の少女──ソフィアだった。


「……まだ用事が?」


 近づくと、彼女はほんの少しだけ間を置いて言った。


「あなたは、“何もしないのに結果が残る人”ですね」


「……褒めてるのか、それは」


「いいえ。

 ただ、そういう人は……“大きな渦”に飲まれやすいのです」


 ソフィアはくるりと背を向けた。

 淡々とした足取りで寮を離れていく。


 残された空気だけが、夕焼けと共に揺れた。


(渦、ね)


 確かに、俺の周囲は動きすぎている。

 敵派閥。

 家門。

 王都。

 婚約。


 全部が“どこかで繋がる渦”だ。


(だが、それを切っていくのが俺の役目だ)


 破滅フラグがいくつあっても、因果線は切れる。


 問題は“どの順番で切るか”。



 寮の玄関に入りながら、ふと思う。


(……これで学園編の第一山場は越えたな)


 呪術兵撃破。

 派閥崩壊。

 処罰会議の反転。

 評判の改善。


 全部“表では何もしていない”。

 “裏だけで終わらせた”。


 読者が好きな、静かな大逆転だ。


(次は──王都と婚約だ)


 剣の層が、答えるように微かに震えた。


 その震えは、まるで

 “ここから先は、一段階上の戦場だ”

 と告げているようだった。

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