第8話 処分会議の檻/嘘で固められた断罪

 朝の学園は、妙に静かだった。


 昨日の結界崩落事件の余波が、騒ぎではなく“沈黙”として残っている。

 校舎へ入ると、生徒たちの視線が一斉にこちらへ突き刺さった。


「……やっぱり、あいつが結界を……」

「でも正式発表では“原因不明の自然修復”だったろ?」

「どう考えても偶然じゃない」


 声を潜めているつもりだろうが、耳に入る。

 ただ、そこに“悪意だけ”が詰まっているわけではなかった。


(完全な嫌悪じゃない。……でも疑念は消えてないか)


 昨日の行動によって、“悪評一直線”のルートは大きく捻じ曲がった。

 だが、だからこそ敵派閥は次の手を急ぐ。


 ──今日は“学園処分会議”がある。


 前世では、リュクスが裏庭の暴力事件の責任を問われ、

 弁明に失敗し、処罰が確定した日。


 処分履歴 → 婚約破棄 → 王家からの嫌疑 → 処刑

 という“破滅ルートの大動脈”が、ここで太く繋がる。


(今回は逆だ。ここで折る)



「リュクス様。会議室へご案内いたします」


 静かな声で近づいてきたのは、生徒会所属の補佐役。

 敵派閥に近い立場のはずなのに、どこか怯えたような目で俺を見ている。


 昨日の結界事件が、派閥の内側にまで動揺を広げている証拠だ。


「……案内しろ」


 廊下を歩く間、壁の魔術灯の光が微妙に揺れている。

 まるで空気そのものが緊張しているように感じた。


 会議室の扉の前に立つと、補佐役は小さく息を呑む。


「お気をつけて」


 その一言の意味を深く考える暇はなかった。


 扉が開く。



 室内には、教師陣と学園運営側の監査官、そして貴族家門からの観察役が並んでいた。


 中央の席に座るのは、処分担当の主任教師・アラステル。


 その隣には──

 エリシアの一族、ヴェルンハイト侯爵家からの使者。


(……ここまで“前倒し”するか)


 本来、この段階で家門の使者が来ることはなかった。

 結界事件によって、敵側が警戒を強めたのだろう。


 視線が重たい。

 悪意、恐れ、警戒、そして“排除したい”という思惑。


 席に案内されると、主任が書類を静かに机に置いた。


「リュクス=ハルト。昨日の裏庭での行動について、複数の生徒より証言が届いている」


 来た。


「証言内容を読み上げる。

 ──危険区域への立ち入り。

 ──同級生への暴力行為。

──生徒二名を落とし穴に突き落とし、魔術拘束の危険に晒した。

 以上三点だ」


 完全に嘘だ。

 だが、前世のリュクスはここで感情的に反論し、会議の空気を最悪にした。


 結果、弁明が成立しなくなった。


(怒りは捨てろ。事実だけを使う)


「まず質問だ」


 静かに言うと、室内がわずかにざわつく。


「証言者は、誰だ?」


「匿名だ。安全のためだ」


「匿名の証言が三件同時に届き、内容が“全く同じ”というわけか?」


 主任の眉がわずかに動く。


(まず一つ、矛盾を積み上げる)


「そもそも、裏庭は“立ち入り禁止区域”だ。

 生徒が勝手に近づくことはあり得ない。

 なぜ複数の生徒が同時にその場にいた?」


「……偶然だろう」


「偶然で立ち入り禁止区域の“奥”に三名。

 その三名全員が、同じ内容を訴えた。

 不自然だとは思わないのか?」


 言葉を濁す教師陣。

 観察役が小さく目を細めた。



 ここからが本番だ。


「次に、落とし穴の件だ」


 俺は、机に置かれた書類へ視線を落とす。


「証言では“私が罠を発動させた”とされているが──

 裏庭の落とし穴は、魔術陣が“劣化”しており、外部からの大きな魔力反応がなければ崩れない」


「それが、君の魔力反応で――」


「では、記録陣を確認すれば良い」


 主任が固まった。


(ここで押し切る)


「裏庭の罠には、学園の安全対策として“魔術記録陣”が設置されている。

 罠が作動した瞬間の映像が、自動で保存されているはずだ」


 教師陣がざわつく。


「記録を確認すれば、私が罠を踏んだのか、

 あるいは証言者側が踏んだのか、すぐに分かる」


「……記録は……その……」


 主任が視線を逸らした。


(消去されてるな。敵派閥の仕業か)


 だがそれも、逆に利用できる。


「記録が“存在しない”ということ自体が異常だ。

 本来、誰の責任か判断するための証拠のはずだ。

 それが、この場に出されていない。なぜだ?」


 沈黙。


 観察役が初めて口を開いた。


「学園側は、記録を確認したのか?」


「……現在、調査中でして……」


「では、責任を断ずるのは時期尚早では?」


 一気に空気が変わる。


 主任がちらりと使者を見た。

 使者は静かに頷く。


(よし。流れが動いた)



「リュクス=ハルト」


 主任が重く息を吐く。


「本件については、証言だけでは判断が難しい。

 本日、処分を確定することはしない。

 記録陣の確認後、改めて判断する」


(……折れた)


 前世では、ここで即日停学処分になった。

 その後に来る学園内での孤立と悪評が、婚約破棄の引き金になる。


 今は違う。

処分が保留されたことで、破滅ルートの“本線”が切れていく。


「ただし、誤解を招く行動は慎め。

 学園は騒乱を望まない」


「肝に銘じよう」


 席を立ち、深く礼をした。



 会議室を出ると、足が軽くなるのを感じた。


(……一つ、折った)


 まだ婚約破棄のルートは残っている。

 王都での動きも無視できない。


 だが、今日の会議は確実に“破滅ルートの柱”をへし折った。


 廊下を歩く途中、ふと気配を感じて振り返る。


 誰もいない。


 ──いや、正確には。


(監視がまた一段深くなったな)


 敵派閥は、俺の動きに対して確実に焦っている。

 落とし穴事件も、結界事件も、全て狂わされたのだから当然だ。


(次は……強行手段を使ってくる)


 呪術封鎖。

 暗部の特殊兵。

 因果を固定するタイプの罠。


 前世ではあり得なかった脅威が、今の状況なら“十分起こりうる”。


(剣の層……もう一段階、制御しなきゃいけないな)


 鞘越しに柄を握る。


 昨日の青白い光膜が、まだ微かに残っている気がした。


 階段の踊り場で立ち止まり、深く息を吐く。


(破滅ルートは弱った。だが死んではいない)


 だから、こちらも次の一手を準備する必要がある。


(来いよ。敵派閥。

 お前たちの“最強の駒”……全部斬り伏せてやる)


 そう呟いて、会議棟をあとにした。

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