第8話 処分会議の檻/嘘で固められた断罪
朝の学園は、妙に静かだった。
昨日の結界崩落事件の余波が、騒ぎではなく“沈黙”として残っている。
校舎へ入ると、生徒たちの視線が一斉にこちらへ突き刺さった。
「……やっぱり、あいつが結界を……」
「でも正式発表では“原因不明の自然修復”だったろ?」
「どう考えても偶然じゃない」
声を潜めているつもりだろうが、耳に入る。
ただ、そこに“悪意だけ”が詰まっているわけではなかった。
(完全な嫌悪じゃない。……でも疑念は消えてないか)
昨日の行動によって、“悪評一直線”のルートは大きく捻じ曲がった。
だが、だからこそ敵派閥は次の手を急ぐ。
──今日は“学園処分会議”がある。
前世では、リュクスが裏庭の暴力事件の責任を問われ、
弁明に失敗し、処罰が確定した日。
処分履歴 → 婚約破棄 → 王家からの嫌疑 → 処刑
という“破滅ルートの大動脈”が、ここで太く繋がる。
(今回は逆だ。ここで折る)
◇
「リュクス様。会議室へご案内いたします」
静かな声で近づいてきたのは、生徒会所属の補佐役。
敵派閥に近い立場のはずなのに、どこか怯えたような目で俺を見ている。
昨日の結界事件が、派閥の内側にまで動揺を広げている証拠だ。
「……案内しろ」
廊下を歩く間、壁の魔術灯の光が微妙に揺れている。
まるで空気そのものが緊張しているように感じた。
会議室の扉の前に立つと、補佐役は小さく息を呑む。
「お気をつけて」
その一言の意味を深く考える暇はなかった。
扉が開く。
◇
室内には、教師陣と学園運営側の監査官、そして貴族家門からの観察役が並んでいた。
中央の席に座るのは、処分担当の主任教師・アラステル。
その隣には──
エリシアの一族、ヴェルンハイト侯爵家からの使者。
(……ここまで“前倒し”するか)
本来、この段階で家門の使者が来ることはなかった。
結界事件によって、敵側が警戒を強めたのだろう。
視線が重たい。
悪意、恐れ、警戒、そして“排除したい”という思惑。
席に案内されると、主任が書類を静かに机に置いた。
「リュクス=ハルト。昨日の裏庭での行動について、複数の生徒より証言が届いている」
来た。
「証言内容を読み上げる。
──危険区域への立ち入り。
──同級生への暴力行為。
──生徒二名を落とし穴に突き落とし、魔術拘束の危険に晒した。
以上三点だ」
完全に嘘だ。
だが、前世のリュクスはここで感情的に反論し、会議の空気を最悪にした。
結果、弁明が成立しなくなった。
(怒りは捨てろ。事実だけを使う)
「まず質問だ」
静かに言うと、室内がわずかにざわつく。
「証言者は、誰だ?」
「匿名だ。安全のためだ」
「匿名の証言が三件同時に届き、内容が“全く同じ”というわけか?」
主任の眉がわずかに動く。
(まず一つ、矛盾を積み上げる)
「そもそも、裏庭は“立ち入り禁止区域”だ。
生徒が勝手に近づくことはあり得ない。
なぜ複数の生徒が同時にその場にいた?」
「……偶然だろう」
「偶然で立ち入り禁止区域の“奥”に三名。
その三名全員が、同じ内容を訴えた。
不自然だとは思わないのか?」
言葉を濁す教師陣。
観察役が小さく目を細めた。
◇
ここからが本番だ。
「次に、落とし穴の件だ」
俺は、机に置かれた書類へ視線を落とす。
「証言では“私が罠を発動させた”とされているが──
裏庭の落とし穴は、魔術陣が“劣化”しており、外部からの大きな魔力反応がなければ崩れない」
「それが、君の魔力反応で――」
「では、記録陣を確認すれば良い」
主任が固まった。
(ここで押し切る)
「裏庭の罠には、学園の安全対策として“魔術記録陣”が設置されている。
罠が作動した瞬間の映像が、自動で保存されているはずだ」
教師陣がざわつく。
「記録を確認すれば、私が罠を踏んだのか、
あるいは証言者側が踏んだのか、すぐに分かる」
「……記録は……その……」
主任が視線を逸らした。
(消去されてるな。敵派閥の仕業か)
だがそれも、逆に利用できる。
「記録が“存在しない”ということ自体が異常だ。
本来、誰の責任か判断するための証拠のはずだ。
それが、この場に出されていない。なぜだ?」
沈黙。
観察役が初めて口を開いた。
「学園側は、記録を確認したのか?」
「……現在、調査中でして……」
「では、責任を断ずるのは時期尚早では?」
一気に空気が変わる。
主任がちらりと使者を見た。
使者は静かに頷く。
(よし。流れが動いた)
◇
「リュクス=ハルト」
主任が重く息を吐く。
「本件については、証言だけでは判断が難しい。
本日、処分を確定することはしない。
記録陣の確認後、改めて判断する」
(……折れた)
前世では、ここで即日停学処分になった。
その後に来る学園内での孤立と悪評が、婚約破棄の引き金になる。
今は違う。
処分が保留されたことで、破滅ルートの“本線”が切れていく。
「ただし、誤解を招く行動は慎め。
学園は騒乱を望まない」
「肝に銘じよう」
席を立ち、深く礼をした。
◇
会議室を出ると、足が軽くなるのを感じた。
(……一つ、折った)
まだ婚約破棄のルートは残っている。
王都での動きも無視できない。
だが、今日の会議は確実に“破滅ルートの柱”をへし折った。
廊下を歩く途中、ふと気配を感じて振り返る。
誰もいない。
──いや、正確には。
(監視がまた一段深くなったな)
敵派閥は、俺の動きに対して確実に焦っている。
落とし穴事件も、結界事件も、全て狂わされたのだから当然だ。
(次は……強行手段を使ってくる)
呪術封鎖。
暗部の特殊兵。
因果を固定するタイプの罠。
前世ではあり得なかった脅威が、今の状況なら“十分起こりうる”。
(剣の層……もう一段階、制御しなきゃいけないな)
鞘越しに柄を握る。
昨日の青白い光膜が、まだ微かに残っている気がした。
階段の踊り場で立ち止まり、深く息を吐く。
(破滅ルートは弱った。だが死んではいない)
だから、こちらも次の一手を準備する必要がある。
(来いよ。敵派閥。
お前たちの“最強の駒”……全部斬り伏せてやる)
そう呟いて、会議棟をあとにした。
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