第7話 感情が混ざるとき
五つの光の球が、ゆらゆらと漂っていた。
金は温かく、
青は静かに沈み、
赤は絶えず脈打ち、
紫は震えるように収束し、
緑は細かく揺れて侵食の気配を放つ。
そのどれもが、
独立しているように見えて――どこか不安定だった。
「ここまでは誰でも知っている“基礎”。」
ルフェリアはそう言って、
金と青の粒子をそっと手のひらにすくった。
「でもね。本当に大切なのはここからよ。」
金と青の粒子が重なった瞬間、
淡い白い光が生まれた。
「……色が変わった?」
「そう。“混ざった”の。」
光は揺れながら、感情とも言葉ともつかない“余韻”を放っている。
「喜びと悲しみが混ざると“慰め”が生まれる。
怒りと恐怖なら“防御”。
嫉妬と喜びなら“渇望”……」
粒子たちは互いの色を吸い合い、
ゆっくりと新しい意味へ変化していく。
「感情は、混ざることで初めて“意味”になるの。」
「意味……?」
「うん。人の心はね、いつも混ざり合ってる。
綺麗な色だけでできてる人なんていないわ。」
ルフェリアの声は、静かで落ち着いていた。
それなのに俺の胸のどこかが、ひどくざわついた。
(……俺は、現実世界でもずっと“混ざりすぎた感情”を感じてたのか?)
ルフェリアは続ける。
「だからこそ――
あなたの“構造視”は危険でもあるの。」
「危険……?」
ルフェリアが手元の粒子をそっと散らした。
「シン。あなたは“本音”が見えてしまう。」
「本音……?」
「感情の裏側。
誰にも言えなかった悲しみ、
抑えている怒り、
隠した嫉妬、
自分でも気づいていない恐れ……」
淡々とした口調なのに、
言葉は鋭く胸の奥を刺した。
「表面じゃなく、その人の“根”にある感情まで視えてしまう。
それはね、この世界では……調律師でも扱えない領域なの。」
風が止まり、森の空気が少し揺れた。
――その揺れに、黒い線が混ざる。
(……まただ)
俺の視界が勝手に反応していた。
構造視が、森の奥の“何か”に触れている。
黒いノイズが地面の下をずるずると這い、
細い線が木々の根元へ染み込むように広がっていく。
「それが“未処理の感情”よ。」
ルフェリアが静かに言う。
「未処理……?」
「誰にも言えなかった想い、
抱え続けた痛み、
消化されずに残ってしまった揺れ……」
ルフェリアの視線が森の奥へ向く。
「それが歪むと、“影(シャウル)”になる。」
森の奥がわずかに脈動した。
影の正体が、
ただの怪物や魔物じゃないことを悟った。
――誰かの“心”の、残骸。
胸の奥が冷える。
「だからね、シン。」
ルフェリアは振り返り、まっすぐに俺を見た。
「あなたの力は、この世界で……とても貴重で、大切で……」
言葉が途中で震えた。
「……本当に、必要なの。」
そのとき、森の奥で黒いノイズがふっと膨らんだ。
微かな音が低く響く。
(……来る。)
鼓動がひとつ跳ね、
俺の構造視は勝手に“影の根”を捉えはじめていた。
次の瞬間、空が赤く染まる。
街の方角で、怒りの稲妻が再び爆ぜた。
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