第6話調律の森へ

怒りの稲妻が空を裂いた方向へ向かう途中、

ルフェリアはふいに足を止めた。


「ここから先は、きちんと“感情物理”を理解しておかないと危ないわ。」


街の端――森の入り口だった。


木漏れ日は金色の粒子と混ざり合い、

空間そのものが静かに揺れている。


「……この森、なんか呼吸してないか?」


「ええ。感情粒子が豊富なの。

ここなら、基礎を教えやすいと思って。」


ルフェリアは胸の前で両手をそっと組んだ。

その動きに合わせて、金色の粒子が周囲から集まってくる。


「まずは“感情素(エモート)”の性質から説明するね。」


胸が自然と息を飲んだ。



◆●《五つの感情素》


空中に、ふわりと五つの光の球が浮かび上がった。



■金:喜び


「これは“拡散”。

光のように広がって、人を明るくする力があるの。」


金の粒子がぱっと広がり、空間が少し暖かくなる。



■青:悲しみ


「これは“吸収”。

痛みや負荷を静かに取り込む性質ね。」


青い霧が漂い、周囲の空気がしっとりと落ち着いた。



■赤:怒り


「“爆発”。

一点に集中したエネルギーが稲妻や火炎に変わることがあるわ。」


森の奥で、赤い稲妻が短く走った。



■紫:恐怖


「“圧縮”。

小さな粒子を固めて、薄い結界のような膜を作れるの。」


紫の粒が収束し、透明な膜が生き物みたいに震えた。



■緑:嫉妬


「“侵食”。

これは扱いが難しいの。触れた相手に強く影響が出るから。」


緑の棘のような粒子が地面を這うように動く。


見た瞬間、直感で分かった。

――これは危ない。



五つの球が、ゆらゆらと漂っている。


「ここまでは誰でも習う基礎。

でもね、シンには……もっと深い仕組みを教える必要があると思うの。」


「深い仕組み?」


「ええ。この世界で最も大事なことよ。」


ルフェリアは金と青の粒子をそっと重ねた。


光が淡い白へと変わる。


「感情素は、単体では“安定しない”。

混ざることで初めて……“意味”になるの。」


森の空気が静かに震えた。


ここから先は、ただの基礎じゃない。

この世界の根っこそのものに触れる話になるのだと、

胸の奥が勝手に理解していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る