第5話 月影の洞窟②

「私はただの村人です。私はクラウが絶対に怪しいと思います……なぜならうちが村人だからです」

「……」

「ほら、黙っていることが何よりの証拠っしょ!? クラウ分かりやすすぎ笑」


 俺は何に付き合わされているんだろう。


 野営を終えた翌朝、俺たちはダンジョンの深層へと足を踏み入れた。そしてなぜか、お嬢様は人狼ゲームを始めていた。


「お嬢様、我々二人だけっでは推理ゲームとして成立していないのではないでしょうか」

「え、なんで? うちは村人だから、クラウが怪しいって分かるもん」

「それは単なる消去法であって推理ではありません。そもそも参加者が二人しかいない時点で成立しておりません」

「あー、もう! 理屈っぽい! 負けそうだからってそうやって難しい言葉らなべて有耶無耶にしようとしているのはわかってるよ」


 ダメだ。会話が成立しない。

 ...え? 俺がおかしいのかこれ??


「じゃあ次、クラウが占い師ね。うちを占って」

「村人です」

「えー、もっとドキドキする感じで言ってよ!」


 二人だけで緊張感も何もないだろう。


「……お嬢様は、村人でございます」

「なにその、めっちゃ棒読み。もういい、次! うちが霊媒師やる!」


 ダンジョンの薄暗い通路で、こんな会話を繰り広げているのは俺たちくらいだろう。


 しかし、お嬢様の突拍子もない遊びには、いつも不思議な効果がある。緊張が解け、警戒心を保ったまま心に余裕が生まれる。


「ねえねえ、このゲームって嘘つくの上手い人が勝つんだよね?」

「まぁ、そういう側面はありますね」

「クラウは嘘つくの得意?」


 お嬢様の何気ない質問に、俺は少し考えた。


「必要とあらば」

「へー。うちは苦手かも。だってすぐ顔に出ちゃうし」


 確かに、お嬢様は嘘が下手だ。公の場では完璧に振る舞えるが、それは嘘ではなく演技だ。本心を偽ることはできない人だ。何よりも俺には迷い人であること自体バレバレである。


「でもさ、世の中には悪い嘘つきもいるよね」


 お嬢様の声のトーンが少し落ちた。


「……そうですね」


「最近、なんか変なことない? 領地の周りとか、王国全体とか」


 俺は足を止めた。


 お嬢様も立ち止まり、真剣な表情で俺を見上げている。


「……何か、お気づきになられましたか」


「うーん、なんとなく。パパが最近忙しそうだし、商人さんたちの表情もちょっと曇ってる気がするんだよね」


 やはり、このお嬢様の観察眼は侮れない。


「実は、いくつか気になる動きがあります」


 俺は周囲を警戒しながら、ここ数ヶ月で集めた情報を整理して話し始めた。


「まず、商人ギルドによる穀物の買い占めが各地で報告されています」

「買い占め?」

「表向きは、来年の不作に備えた備蓄とのことですが……現時点で不作の情報はどこの地域からも出ておりませんので、何かしらの思惑があると考えられます」


 お嬢様の表情が険しくなる。


「それって、わざと品薄にして値段を吊り上げようとしてるってこと?」

「その可能性は否定できません。もしくは、特定の地域や国の弱体化を狙っているか。どちらにせよそれくらいではまだ様子見の域は出ていないのでしょうが」

「どっちにしても良くないね。自分達の都合で人に迷惑を掛けるのはダサいよ」


 お嬢様らしい表現に俺は頷きをもって返答する。


「もう一つ、聖教会の動きも活発化しています」

「教会が?」

「各地での布教活動が強化され、お布施の要求額も増加傾向にあります。表向きは『魔族の脅威に備えるため』とのことですが」


 お嬢様は眉をひそめた。


「魔族って、北大陸の?」

「はい。ここ百年ほど、北大陸との関係は良好とは言えませんが、直接的な衝突は避けられてきました。しかし最近、国境付近での小競り合いが増えているという報告もあります...が、現状それも教会側以外での目撃歩情報はまだつかめていません」

「……きな臭いね」


 お嬢様の言葉が状況を的確に表していた。


「ただ、これらはあくまで断片的な情報です。繋がりがあるのか、偶然なのかは分かりません」

「でも、クラウは何か感じてるんでしょ?」


 俺はお嬢様を見た。その青い瞳が、真っ直ぐに俺を見返してくる。


「……嵐の前の静けさ、という言葉がありますが」

「うん」

「今がまさにそれかもしれません。杞憂で終わることを願っていますが」


 お嬢様は少し俯いた後、顔を上げた。


「だから、今のうちに力つけとかなきゃだね」

「お嬢様...」

「街道整備もそう。経済を発展させて、領地を豊かにして、いざって時に困らないようにしておく」


 お嬢様は拳を握った。


「夢を見ているだけじゃうちの理想は守れない。現実的な力も必要だもん」


 ——ああ、やはりこのお嬢様は。


 理想を語りながらしっかりと現実も見ている。夢を追いながら、足元も固めようとしている。


「だからね、クラウ」


 お嬢様が微笑んだ。


「この魔光石、絶対手に入れよう。みんなのために」

「……はい」


 俺も大切な人を守るための力を求めている。

 それがお嬢様のためになるなら俺は喜んで修羅の道でも選ぼう。


「よーし、じゃあ気合い入れ直して——って、あれ?」


 お嬢様が前方を指差した。

 通路の先に、巨大な扉が見えている。


「……ボス部屋ですね」

「え、もう!? まだ全然戦ってないよ!?」


 確かに、深層に入ってから遭遇した魔物は数えるほどだ。


 人狼ゲームと会話に夢中になっている間に自然と最短ルートを辿っていたらしい。


「準備はよろしいですか」

「うん! クラウ、お願いね」


 俺は剣を抜き扉に手をかけた。


 重厚な音を立てて扉が開く。


 広大な空間の中央に、それはいた。


 高さ五メートルはあろうかという、鋼鉄の巨人。全身が金属の装甲で覆われ、両腕には巨大な戦槌を携えている。


 ゴーレムの一種だろうが、その威圧感は桁違いだ。


「うわ、でっか……」


 お嬢様が呟いた瞬間巨人がこちらを向き、地響きを立てながら戦槌を振り上げる。


「お嬢様、下がっていてください」


 俺は魔力を全身に巡らせた。

 父から学んだ武術、エルド先生から授かった魔法、バルド団長に叩き込まれた剣技。


 その全てを、今この瞬間に集約する。


 巨人の戦槌が振り下ろされる。

 俺はそれを紙一重で避け、足元に潜り込んだ。


「雷撃剣・破」


 魔力を纏った剣が、装甲の継ぎ目を正確に捉える。


 火花が散り、巨人の動きが一瞬止まった。その隙に、さらに踏み込む。


「お嬢様、支援を」

「了解! クラウ、頑張れー!」


 背後から暖かい光が降り注ぐ。

 お嬢様の支援魔法が、俺の身体能力を底上げする。


 次々と繰り出される連撃が、巨人の装甲を削っていく。


 最後に渾身の一撃を振り下ろした。


「終わりだ」


 剣が巨人の核を貫く。

 巨大な身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。


 静寂が訪れる。


「……終わった、んだよね?」


「はい」


 俺は剣を納め、お嬢様の元へと戻った。


「クラウ、めっちゃ強かった! 流石だね」

「お嬢様の支援があってこそです」


 崩れた巨人の残骸から、淡い光が漏れている。


 これまでのお嬢様の運を目の当たりにしてきた今なら、確認しなくてもそれが何なのか予想が付く。


「これ、もしかして……」

「魔光石、ですね」


 一発ドロップ。

 確率は一パーセント以下のはずだ。


「お嬢様の運、恐るべしです」

「ふふん、もっと称えてもいいよー」

「これで街道整備の計画の目途が立ちますね。これから忙しくなりそうです」

「無視するなし!!」


 猛るお嬢様の文句を聞き流し、これからのことを考え気を引き締め直す。まだまだ何も成し遂げていない。


「さあ、帰りましょう。皆が待っています」


 俺は魔光石をお嬢様に手渡した。

 お嬢様はそれを大切そうに抱え、満面の笑みを浮かべた。


「うん! これでみんなの夢、一歩近づいたね!」


 ——この笑顔を守るために。


 俺は改めて、心に誓った。

 どんな嵐が来ようとも、このお嬢様の理想を、この世界を、必ず守り抜いていく。


「帰りは”王様ゲーム”っていうのをやっていこうと思います」

「・・・・・」

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