第4話 月影の洞窟①
翌朝、お嬢様と俺は屋敷の訓練場で旅の準備を進める。
俺の装備はいつも持ち歩いている剣と短剣、それにエルド先生から借りた魔法の護符。お嬢様には軽量の防具と回復薬、それから念のため煙幕用の魔道具を持たせた。
「クラウ、これ重くない?」
「我慢してください」
荷物の重さを訴えるお嬢様に俺は容赦なく言い放つ。命に関わる問題だ、多少の不便は我慢してもらわないと困る。
屋敷の玄関前には、バルド師匠、エルド先生、ロアンさん、それに親父と母が集まっていた。
「本当に二人だけで大丈夫なんですかい?」
ロアンさんが心配そうに声をかけてくる。
「クラウス一人なら余裕だろうが、お嬢様を守りながらとなると話が全然違うぞ」
「あたし別に足手まといなんかじゃありませんけど!」
文句を言うお嬢様を横目にバルド師匠も腕を組んで険しい顔をしている。
「せめて私も同行させてもらえないだろうか」
エルド先生まで珍しく申し出てくるが―—
「それには及ばない」
レオン伯爵が執務室から姿を現した。
「これはクラウスくんとレティの試練だ。周囲が口を出すべきではない」
こういうときの旦那様の声には有無を言わさぬ威厳がある。
「二人で乗り越えてこそ意味がある。そうだろう、クラウスくん?」
「……はい」
俺は頷いた。旦那様の言う通りだ。これは俺とお嬢様の覚悟の問題だ。他の誰かを頼る訳にはいかない。
「よし、では行ってきなさい」
伯爵様はそう言って、お嬢様の頭を撫でた。
「……ただし」
そういいながら旦那様の表情が突然変わった。
「クラウスくん。もし、ダンジョンの中で、万が一にも、レティに——いや、レティの髪一本にでも触れた場合は——」
「パパ!?」
「それから夜は二人きりになるだろうが、決して、決して変なことは——」
「レオン!!」
助かった。颯爽と現れたセシリア夫人が旦那様の耳を掴んだ。
「痛たたた!!」
「あなたはどこまで娘離れできないんですか! 二人ともこの娘馬鹿は気にせず早く出発なさい」
夫人はそういって穏やかに微笑んだ。
「はい、行ってまいります」
俺たちは深々と一礼し屋敷を後にした。
背後から伯爵様の悲鳴が聞こえてきたが気にしないことにした。
―——
リオネール領東の森は、領地の端から徒歩で半日ほどの距離にある。
森の入口までは馬車で向かい、そこから先は徒歩だ。御者に礼を言い別れを告げると俺たちは深い森の中へと足を踏み入れた。
「クラウ、ねえねえ」
「何でしょう」
「マジでうち、足手まといにならない?」
お嬢様が不安そうに聞いてくる。
「……正直に申し上げますと、戦力にはなりません」
「うわ、容赦ねえ。そこは否定しようよ笑」
「...ですが」
俺はお嬢様の方を向いた。
「お嬢様がいなければ、魔光石は手に入りません。それに——」
少し言葉を濁す。
「それに?」
「……お嬢様がいるだけで私は普段やれないこともできる気がします」
「は?」
お嬢様が目を丸くした。
「あんた、マジでそれ言ってる?」
「事実ですから」
俺は真顔で答えた。
”お嬢様のために”——俺はこれまでもその一言で頑張ってこれた。それはこれからも変わらないだろう。
「まったく...急にそんな真顔でそんなこと言われたら何も言い返せないじゃんか...」
お嬢様が何かぶつくさ文句を言っているが事実だから仕方ない。
それから、森を進むこと二時間。木々が鬱蒼と茂り、日の光もほとんど届かなくなった頃、目的地が見えてきた。
崖の中腹に、ぽっかりと口を開けた洞窟。ダンジョンの入口だ。
「……行きますよ、お嬢様」
「うん」
俺は剣を抜き、お嬢様を背後に庇いながら洞窟へと足を踏み入れた。
―——
ダンジョン内は思った以上に広かった。
天井は高く松明の明かりでも全体を照らしきれない。湿った空気と、どこか生臭い匂いが漂っている。
「お嬢様、絶対に私の後ろから離れないでください」
「あいよー」
お嬢様の返事が少し適当で心配だったが、いざとなればちゃんとやる人間だからまあいいだろう。
前方から気配がした。低い唸り声。複数だ。
松明の明かりの先に、緑色の小さな人影が五つ。
ゴブリンだ。
奴らはこちらに気づくと、棍棒を振り上げて突進してきた。
「お嬢様、下がって——」
そう言いかけた瞬間、背後から柔らかな光が俺を包んだ。
「身体強化!」
お嬢様の声が響く。
途端に、身体が軽くなった。筋力も、反射神経も、全てが一段階上がったような感覚。
これは——支援魔法!?
「お嬢様、いつの間に——」
「後で説明するから、今は集中して!」
その通りだ。今は考えている場合ではない。
最初のゴブリンが棍棒を振り下ろしてくる。
俺はそれを軽々と躱し、剣を一閃。ゴブリンの首が綺麗に飛んだ。
二体目、三体目も同様に。
支援魔法のおかげで、いつもより遥かに楽に動ける。支援の効果が昨日今日覚えたような連弩ではない。俺の知らないところで相当努力していたのだろう。
最後の二体が同時に襲いかかってきたが、俺は地面を蹴って跳躍し、空中から斬り下ろした。
「……すごい」
お嬢様が呟いた。
「いえ、お嬢様の魔法のおかげです」
俺は剣を鞘に納めた。
「結構前から練習されていたのですか?」
「へへっ。守られてばかりのお嬢様になりたくなくて」
お嬢様は少し恥ずかしそうに笑った。
……らしい。
いつもそうだ。このお嬢様は、誰かのために自分を磨く。これだからお嬢様の従者はやめられない。
「ありがとうございます」
「え?」
「頼りになります」
俺が言うと、お嬢様は顔を真っ赤にして俺の背中を叩いた。
「な、なに急に! デレるにはまだイベントこなしてないよ!!」
「……失礼しました」
俺たちは気を取り直して再度ダンジョンの攻略を続けていく。
ダンジョンを進むにつれ、奇妙なことが続いた。
☆
通路を進んでいると、お嬢様が突然石に躓いた。
「きゃっ!」
そのまま俺に突っ込んできた。
「うおっ! お、お嬢様!?」
何とかお嬢様がケガをしないように支えつつ、お嬢様が仲良く地面に転がる。
ガシャン
「「 」」
俺がさっきまでいた場所に槍が突き刺さった。壁から飛び出した罠だ。
冷や汗が背中を伝う。もしお嬢様が躓かなければ、俺は今頃串刺しになっていた。
「ご、ごめん! 大丈夫!?」
「……い、いえ、むしろ助かりました。ありがとうございます」
☆
暫く何事もなく歩いていると、暇を持て余したお嬢様が何気なく蹴飛ばした小石が壁をすり抜けた。
「……え?」
俺たちは顔を見合わせた。
壁に近づいて手を伸ばすと、確かに手が壁をすり抜ける。
幻影魔法だ。
中に入ると、そこには宝箱があった。開けてみると、中には高価な魔石が五つも入っていた。
「.........」
「マジで? 超ラッキーじゃん!」
「……ええ、まあ」
本来攻略されてから何年も経過するダンジョンで今更隠し部屋が発見されることなど滅多にないのだが...。
☆
絶対にこのお嬢様はおかしい。さっきからありえないことばかりが起こる。どんな星の元に生まれてきたのだこの人は...。
などと考え事をしながら歩いていた時、
「……は...クシュン!!」
お嬢様が盛大にくしゃみをした。
「!?」
お嬢様の口を慌てて抑えたがもう遅い。
通路の先にいたオークの群れがこちらに気づいて突進してくる。
まずい——
だが、オークは俺たちの数メートル手前で、突然地面に消えた。
ドスンという鈍い音が下から聞こえてくる。
落とし穴だ。
俺とお嬢様は、穴の縁に立って呆然と息絶えるオークを見下ろした。
……お嬢様の運は異常だ。俺は心の底からそう思った。
「う、うちのせいじゃないし!」
俺は何も言っていないのだがが、お嬢様は顔を真っ赤にして反論していた。
これまでの出来事を考えると説得力がまるでない。まぁ全て自分たちのプラスに働いているからきっと天運なのだろう、と納得するしか俺にはできなかった。
―——
ダンジョン中層に到着した俺たちは、予定通り広めの空間を見つけそこで野営することにした。
入口にエルド先生胃特性の結界を張り焚火を起こす。これでその辺の魔物は近寄ることもできない。
「はい、お嬢様。どうぞ」
俺は温めた携帯食をお嬢様に手渡した。
「ありがと」
お嬢様は嬉しそうに受け取り、もぐもぐと食べ始めた。
焚火の明かりが、お嬢様の顔を優しく照らしている。
しばらく無言で食事を続けた後、お嬢様が口を開いた。
「ねえ、クラウ」
「はい」
「いい加減その堅苦しい言葉やめてくれない?」
またその話か。
「無理です」
「なんでよ! 昔はもっと普通に喋ってたじゃん!」
「昔は昔です」
「二人の時くらい別にいいじゃんクラウのケチ!」
お嬢様はわざとらしく怒りを俺にぶつけてくる。しばらくその流れで二人の共通の思い出話で盛り上がった。
会話がひと段落し静寂が訪れると、お嬢様が再びぽつりぽつりと語りだす。
「今回の街道整備のプロジェクト、絶対成功させたいんだ」
「……ええ」
「みんな、うちのこと信じて支えてくれてるから。領民も、パパもママも、家臣のみんなも」
お嬢様の表情が真剣になる。
「人の移動がスムーズになれば、みんなの可能性がもっと広がるんだよ。商人は商売の幅が広がるし、職人は技術を学びに行ける。家族に会いに行くのだって楽になる」
「物流の発展は、経済の発展に直結しますからね」
「そうそう! でもね、クラウ」
お嬢様は俺を見た。
「うちが一番大事にしてるのは、それを強要しないこと」
「……強要しない?」
「うん。可能性を広げるのはうちの仕事。でも、それを使うかどうかは、みんなが自分で考えて決めること」
お嬢様は膝を抱えた。
「貴族の本当の務めって、民に命令することじゃないと思うんだ。みんなが自分の人生を自分で選べるように、道を作ってあげることだと思う」
——ああ、やっぱりこのお嬢様は...。
「だから、絶対成功させる。みんなのために」
焚火の光の中で、お嬢様は決意に満ちた顔で微笑んだ。
その横顔があまりにも眩しくて、俺は思わず零してしまった。
「……俺が一生、支え続けます」
「え?」
お嬢様が目を丸くしてこちらを向く。
「今、なんて——」
「何も言っておりません」
俺は顔を背けた。
「嘘! 絶対今、なんか言った!」
「気のせいです」
「クラウ!!」
お嬢様の顔が真っ赤になっている。
こんなやり取りを旦那様に見られた日には...。
途端に猛烈な寒気に襲われ俺は焚火の番を言い訳に、お嬢様からの追求を必死に逃れるのであった。
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